2話 お姫様がアイドル系先輩にさらわれた
藍田家訪問(第1章29話)の翌日の話です。
月曜日の休み時間、桜子は持ってきた中学時代の名簿や小学校の卒業アルバムを圭介に見せてきた。
呪いを解く手助けをすると約束をした昨日の今日で、桜子はさっそく行動に移したのだ。
「二人目は先輩だったから、名前しかわからなくて。三人目はこの子。小学校の時は一緒のクラスだったの」
桜子は卒業アルバムを開いて、1枚の写真をの指さした。
写真の下に『池崎冬馬』と書かれている。
色白で目鼻立ちの整った顔をしている男の子だ。
その隣に映っているのは、小学6年生の桜子。
今と同じふわふわの長い髪に、頭のてっぺんには小さな赤いリボン。
人形のようにかわいらしく、その隣の池崎冬馬と妙にお似合いなのが圭介のシャクに障った。
「おまえ、もしかしてメンクイだったりする?」
圭介が一応聞いてみると、桜子はうっすら顔を赤くして、怒ったように目を吊り上げた。
「わ、悪い? 遺伝なんだから、しょうがないでしょ!」
「……否定しないんだな」
圭介はがっかりしながらつぶやいた。
せめて桜子が『男の人は顔じゃない』タイプだったら、圭介も少しは望みを持てたのだが――。
(しかも、遺伝って……)
桜子の父親の顔を思い出して、桜子母がかなりのメンクイなのは間違いないと思った。
つまり、『遺伝』というより母親からのすり込みに違いない。
(最高の男って、容姿まで要求されるのか!?)
「それに、冬馬くんは顔だけじゃなくて、学級委員とかやってて、やさしくて、頼りになって、女の子に人気あったんだよ。
中学入って陸上部に入ったんだけど、走ってるとことか、超カッコよかったんだから」
続けられた桜子の言葉は、圭介にとって痛いだけだった。
(そこは『顔だけで中身はカラッポ』だった方がよかったんだけど……?)
「で、そんな大人気の冬馬くんに、桜子嬢も一緒になってキャアキャア騒いでたわけ?」
圭介は気を取り直して聞いてみた。
「この年頃の女の子なんて、そういうものじゃないの?」と、桜子の眉が不機嫌そうに上がる。
「まあ、そうかも」と、圭介は同意した。
確かに圭介の中学時代もイケメンで特にスポーツのできる男は、女子にちやほやされていた。
(おれ、関係なかったけど)
「で、おまえのそういう好意みたいなのが相手に伝わって、告ってきたってことか」
「そこはわかんないけど、たぶん?」と、桜子はぴんと来ないのか、小首を傾げた。
「てかさあ、こいつに告られる前に、二人も転校してるんだろ? この時点ではまだ『呪い』とか言われてなかったのか?」
圭介の問いに、桜子は束の間思い出すように遠い目をしてから口を開いた。
「この頃はあたしに告白すると、転校しなくちゃいけなくなるとか、冗談みたいな感じだったっけ」
「それでもこいつはおまえに告白してきたと。勇気あるな。よっぽど好きだったってことか」
「そういうことになるのかな……。
ほんと、その後すぐに冬馬くんの家の工場が倒産して、ご両親が自殺して……。その頃からだよ、『呪われる』って言われるようになったのは」
「それで、こいつは親戚に引き取られたんだっけ。親戚じゃ、どこの誰か調べるのは大変だな。
ネットで名前は検索してみたか?」
「うん。でも、同姓同名しか見つけられなかった。もしかしたら、親戚の家に引き取られた時に、苗字が変わっちゃったかもしれないし。
だからね、まずは工場のあったところに行ってみようかと思って。工場ならそれなりに近所づきあいもあっただろうし、誰か詳しい人がいるかもしれないでしょ?」
「確かに」
「じゃあ、今日の放課後、さっそく行ってみよう」
「……いきなり?」
「善は急げって言うでしょ?」
「おまえにとって善でも、おれは?」
「圭介にもいいことあるかもよー」
「適当なこと、言いやがって」
うふふと、いたずらっぽく笑う桜子に、圭介は「やっぱり手伝いたくない」とは言えない。
ぐずぐずしているうちに手伝う羽目になる。
(おれ、もともとこの笑顔に弱いんだよな……)
ふと教室が女子の黄色い声で湧きあがり、圭介は顔を上げた。
「きゃあ、羽柴様よ!」
「最近、学校でお見かけしませんでしたけど、どうされてたんですかー?」
雪崩を起こしたかのように女子が教室の入口に殺到する。
「羽柴って誰だ?」
「さあ」と、同じく顔を上げた桜子が肩をすくめる。
「藍田桜子ちゃん、このクラスでしょ?」と、男の声が聞こえる。
「桜子さんに御用ですかー?」
「あそこですー」
そんな声と同時に桜子までの道が開き、戸口に立つ人物が圭介にもようやく見えた。
細身で高身長、大人びた顔に、どこか甘さのある色気を漂わせる男だった。
制服を着崩しているというのに、だらしなく見えるどころか、サマになってしまうようなイケメン。
クラスのお嬢様たちの反応を見れば、憧れの対象になれる時点で、金持ちの家柄だということもわかる。
「カッコいい人だねー」と、桜子がぽうっと見惚れているのを見て、圭介はゴンと、殴られた気分だった。
(『呪い』はまだ完全に解けてねえのに、もう恋は解禁なのかっ?)
羽柴と呼ばれた男は周りには目もくれず、まっすぐ桜子の元へさっそうと歩いてくる。
机を挟んで座っている圭介など、道に転がっている石くらいにしか思われていない。
そして、羽柴は桜子の前まで来て、慣れたようにその左手を取った。
「やっと見つけた。僕のプリンセス」と、どこまでも甘美な笑みとともに桜子の手の甲に優雅に口付けたのだった。
(な、なんだ、こいつは!?)
それ以上に、顔を真っ赤にして目をキョトキョトと落ち着かなげにさまよわせている桜子に、圭介はバケツの水をかけて目を覚まさせてやりたいと思ってしまう。
「あの、初めましてですよね?」と、桜子は赤い顔のまま戸惑ったように言った。
「羽柴蓮です。どうぞお見知りおきを」
そう言って片目を閉じる仕草も完璧。
この男は自分の魅力がどうやったら引き出されるか、よく知っているらしい。
女の扱いも慣れている。
どうやったら女心をくすぐれるかも知っている。
普通の男が吐いたら爆笑されるか、ドン引きされるようなキザなセリフを許される男。
『アイドル系』という言葉がぴったりとくる。
桜子はというと、この男の魅力に取りつかれてしまったのか、顔を赤くしたまま、羽柴と圭介をちらちらと交互に見ている。
「じゃあ、行こうか」と、羽柴が突然言った。
「え? 行くってどこに?」
「もちろん初めて会った二人がゆっくり話ができるところ」
羽柴は驚く桜子の手を引っ張って立たせたかと思うと、圭介の目の前からあっという間に彼女をさらって行ってしまった。
残された圭介は呆然としてしまい、何が起こったのか理解するのにかなりの時間がかかった。
(ちょ、ちょっと待てー!)
追いかけようとしたのも束の間、圭介にその権利がないことに気づいてしまった。
学校では薫子のカレシなのだ。
桜子が誰と付き合おうと、文句を言える立場でない。
ただでさえ圭介は『ただの友達』の立場に辟易しているところだというのに、踏んだり蹴ったりとはこのことだ。
「羽柴様、桜子さんのこと狙ってたのねえ」
「わたし、悲しい」
「でも、お似合いの二人よね。羽柴商事は商社では最大手。単独決済を見れば、藍田商事の上でしょ?
二人が結婚すれば、さらに事業拡大のために合併とかもあるんじゃない?」
「そうね。羽柴様、次男だからお婿に入れるし」
「羽柴商事の御曹司と藍田グループのご令嬢、これ以上ないビッグカップルの誕生?」
キャアという女子たちの歓喜の悲鳴も、圭介には地獄から聞こえる阿鼻叫喚以外の何物でもなかった。
羽柴がこんな風に桜子にわざわざ会いに来たということは、藍田家の婿、つまり、次期総帥のイスを狙っていると見ていい。
チャラそうな風体でありながら、中身はかなりの野心家と見える。
もしも圭介が婿に入ったら厳しい風当たりも、羽柴ならかなり和らぐことだろう。
バックに親の経営する大会社があると思えば、経営陣も桜子の相手としてあっさり認めるかもしれない。
それどころか会社の規模拡大となれば、万々歳で迎えてくれる。
たとえ次期総帥になるための試練があったとしても、それは圭介の比ではない。
桜子が家柄の釣り合う相手と結婚するのが誰にとってもいいことで、自分のような人間が望むのがそもそも間違いなのかもしれない。
圭介も頭ではわかっているのに、どうしても期待してしまう。
あきらめるという選択肢はどうしても考えられない。
『呪い』が解けなくても、羽柴なら降りかかる不幸など、自分の持っている金と権力で覆してしまうだろう。
そのことに桜子が気づいてしまったら、恋するアクセルは全開。
圭介の手の届かないところに行ってしまう。
圭介は胸に襲い掛かる不安に翻弄されて、桜子不在のまま始まった授業も全然集中できなかった。
次話は、羽柴に連れ去られた桜子の話になります。