最終話 人形は名付けられて恋をする?
番外編【人形に『愛』を知ってもらいます。】の最終話になります。
その日の放課後、彬は妃那と行きつけのホテルに来ていた。
いつものように抱き合って、シャワーを浴びて、ベッドに戻ってくる。
あまりの変わらなさに、結婚前提の付き合いも夢だったのではないかと思ってしまう。
「……ねえ、ここで会うのは変わらないの?」
「彬は変えたいの?」
「どう変えたいっていうのがあるわけじゃないけど。ちゃんと付き合ってるのに、この密会感がどうも違和感あるというか……」
「平日は彬も習い事があるから、あまり時間もないし、ホテルで会うくらいがちょうどいいと思ったのだけれど」
「放課後デートってわけにはいかないの?」
「わたし、すぐに発情してしまうから、結局、ホテルに行くことになってしまうわ。だから、デートは時間のある週末か、生理中がいいのではないかしら」
「僕とデートしたいと思うの?」
「ええ、したいわ」
あまりにあっさり答えられて、彬の方が唖然としてしまった。
「それほど驚くことかしら? わたし、彬とでかけるの、とても楽しいのよ。また行きたいと言ったでしょう? もっともセックスの方が優先だけれど。他の人とデートしていても、彬と一緒の方がずっと楽しいのに、と思っていたわ」
「けど、プラネタリウムに行ったりして、星を見に行きたいとか言ってたよね? またデートしたくなる相手もいたってことじゃないの?」
「ええ、そう言ったわ。だから、彬、今度一緒に行きましょう。あちこちデートに出かけたおかげで、他にも彬と一緒に行きたいところがたくさんできたわ」
「……ええと、それはつまり、最初からあの人たちとはデートする気はなかったということになるんだけど?」
「お父様に言われたからしただけよ。彬と比べなければならなかったし、圭介にも人を知るというのは大切だから、デートはした方がいいと言われて。
彬に言われたので、あらかじめ質問票とその答えを用意して、実際に答え合わせをしてみたの。ずいぶん違う答えが返ってきて、大変興味深かったわ。
人というのはウソもつくし、隠し事もする。そういう意味で、とても楽しいデートになったわ。彬のおかげよ」
無邪気に笑う妃那に、彬はやはり唖然としてしまった。
「ええー……。僕、そういうつもりで質問を用意しろって言ったつもりなかったんだけど」
「あら、違うの?」
「うん、まあ、当たらずとも遠からずってとこだけど。ちなみに僕はそういう質問票を用意されたら、正答率は高いの?」
「ええ、そうね。彬はわたしの推察と違う行動はめったに取らないし、言っていることと合わせても誤差は少ないわ。でも、お父様の条件を飲んでしまったり、孝太郎を殴ったのは想定外だったけれど」
妃那はふふっと笑って彬に口づけてきた。
「それは君が僕の気持ちを全然わかっていなかったっていうことでしょ?」
「ええ、彬は必ずしも言葉通りの行動をとらないということが分かったわ。でも、うれしい想定外だったわ」
「そう?」
「だって、彬はわたしのことがとても好きだということでしょう?」
そう言ってにっこり笑う妃那を抱きしめた。
「そうだよ。だから、お父さんにもちゃんと認めてもらいたかったし、かけがえのないって思ってる人が他の人とデートしたりするのも気に入らなかった。これでも結構ガマンして、平気な顔してたんだよ」
「わたし、そういう彬を分析には全然入れてなかったの。お父様の愛情も過小評価していた。
わたしの計画でも同じ結果は得られたと思うけれど、この過程を経ることでいろんなことを知ることができて、もっとずっと幸せな結果を得られたと思うわ。過程が大事って、前に彬が言っていた通りよ」
「君にも僕じゃなくちゃダメって、わかってもらえてよかったよ」
「ええ。だから、これからの計画はもっと正確に成功率の高いものになっていくわ」
「……まだ何か計画するの?」と、彬の顔は引きつってしまう。
「ええ、もちろん。幸せになる計画は、死ぬまで立てなければならないでしょう?」
彬はうれしさに、あっという間に頬がゆるんでいた。
「それはいい計画だね。けど、犯罪なしだよ?」
「あら、そんなこと計画に入れたりしないわ」
「……て、盗聴器、ちゃっかり使ってたよね? あれ、本当に犯罪だよ?」
「軽犯罪くらいは、笑って許してくれないの?」
妃那はぶうっと口をとがらせる。
「可能な限り軽犯罪もなしで、幸せの計画立ててよ」
「わかったわ。善処します」
やはり妃那はこういうことは素直に聞いてくれる。
そういう時は、頭をなでてやると喜ぶことを知っていた。
「あのさ、これからは名前で呼んでもいい?」
「わたしの名前、ちゃんと覚えているの?」
妃那は驚いたように目を丸くする。
「普通に知ってるけど、なんで?」
「いえ、いつも『君』としか呼ばないので、性欲に頭を支配されて、どうでもいいことを忘れてしまうのかと思っていたわ」
「そこまで、僕、ぶっ飛んでないから! 単にどう呼んでいいかわからなかっただけだから!
年上だから呼び捨てってのも失礼かなとか、かといって『さん』付けもよそよそしいし、『ちゃん』とかじゃバカにしてるって思われるかなとか」
「彬って、どうでもいいことで悩むのね。だいたい年上といっても、わたしたち学年が違うだけで、2カ月しか誕生日が違わないのよ。ほとんど同い年と判断するものではないの?」
「あれ、そうか……」
3月生まれの妃那と、5月生まれの自分。
学年をまたいでいるせいで、そんなことには気づけなかった。
「じゃあ、これから『妃那』って呼び捨てでいい?」
「……なんだか奇妙だわ」
妃那はきれいな眉をかすかにひそめた。
「やっぱ、イヤなの?」
「いえ、あなたの口からわたしの名前が出ることが、ほとんどなかったから。『君』というどこにでもいる存在が、突然『わたし』という個を表すものになったせいかしら」
「……それは深いね。ていうか、難しく考えすぎじゃない?」
「そうかしら。なら、もう1度、呼んでみて」
「妃那?」
顔を覗き込むと、妃那の顔は真っ赤になっていた。落ち着かなげに目をきょときょとと泳がせている。
(……どうして、こんなにかわいくなっているんだろう)
「わたし、変だわ。胸がドキドキしている」
「発情した?」
「少し違うわ。でも、あなたに触れたいわ」
「もう触れてるよ」
「もっと触れたいわ」
彬は口づけてそのままベッドに押し倒した。
「妃那、好きだよ」
妃那はうれしそうに笑って彬の首筋に腕を絡めた。
どうやら人形は名前を付けられて、ようやく感情を持つ人間になったらしい。
これからは彬のほしい言葉を少しずつ口にしてくれることだろう。
いつもと同じ部屋、やることも変わりない。
けれど、少しずつ二人の関係は変わっていくものなのだと、彬は実感した。
番外編、最後までお読みいただきありがとうございました!
本編では微妙な関係だった彬&妃那を書き切ることができて、作者としてはすっきりです♪
現在、カクヨム様にて改稿版を連載中です⤵
https://kakuyomu.jp/works/16817330667333376999
こちらの進捗に合わせて、次回の番外編も連載したいと思っています。
時系列的にはこの番外編の続きになります。
圭介と本編には出てこなかった圭介父のドタバタ育児劇(誰の子!?)の予定です。
その際は活動報告、X(旧ツイッター)@ao_kojiyaなどで告知させていただきますので、「読みたい」と思って下さったら、ぜひフォローお願いいたします。
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また圭介たちの物語に出会っていただけることを祈りながら……
改めて、最後までありがとうございました!




