33話 最初から話してくれれば……
前話からの続きです。
妃那は何もなかったかのようにニッコリ笑って、そこにいた面々に向き直った。
「彬、改めて紹介するわ。一番奥がわたしのおじい様、神泉家当主よ。それから、おばあ様。お父様はもう会っているわね。その隣が圭介のお母様の百合子叔母様。それから、圭介ももちろん知っているからいいとして、わたしの家族は以上よ」
「初めまして。藍田彬です。姉ともどもよろしくお願いいたします」
彬はぺこりと頭を下げる。
「では、あいさつも終わったことですし、お食事にしましょう。そちらの3人は別室なので退出を。わざわざ来ていただいてありがとう」
妃那に言われて、婿候補の3人はすごすごと出ていく。
「では、彬はこちらに座って」
妃那に引っ張られて隣の席に座らされた。
「あんま、緊張しなくても大丈夫だぞ」と、向かいに座っている圭介が言った。
「いや、でも……」
「ほら、うち、儀式ばってるから、他人がいる時は堅苦しいけど、基本的には普通の家族だから」
「まあ、最近になってからだけどねー」と、圭介の母親、百合子が続ける。
「ところで、おまえんちは大丈夫なのか? おまえが婿に来るって話したの?」
「いえ、まだ。今日、帰ったら話すつもりなんだけど、問題ないと思うよ。ずっと応援してくれてたから」
「なら、よかった」
圭介はほっとしたような笑顔を向けてくれた。
「ふーん。お父さん似なのね。きれいな顔して。見事な美形兄弟じゃない」
百合子がじいっと彬の顔を見つめてくる
「性格は全然違うよね?」
妃那の父親に言われて、彬はうなずいた。
「僕、家族の中でも1番ぽやんとしてるって言われているので」
彬が言うと、妃那が笑った。
「ええ、薫子もよく言ってるわ」
「それ、笑い事? 『彬くんはぽやんとしているから、妃那さんみたいな人に簡単にダマされる』って言ってたんだよ?」
「あら、わたしはダマしたことなどないわ。聞かれないことを話さないだけで」
「そうだよねー。だいたい、僕に神泉家の血が流れているって、いつ知ったの?」
「かなり前よ。一生一緒にいると約束したでしょう? 約束を守るためにきちんと準備はしていたのよ」
「なんで言ってくれないの……」
「お父様が婿候補など連れてこなければ、それほど急ぐ話ではなかったでしょう?」
「そうかもしれないけど。それ知ってたら、お父さんだって心配しなくて済んだんじゃない?」
「あら、それもそうね」
あっさりと妃那に言われ、頭を落としたのは彬だけではなかった。
圭介と妃那の父親もあぜんとした顔をしている。
(僕たちのした苦労って……。結局、全部任せておけばよかったって話じゃないか)
「なあ、妃那、もしかして遺伝子を調べていたのも、そのためだったのか?」
圭介が気を取り直したように妃那に聞いた。
「ええ。もともとはそこから始まったわ。家族のDNAを調べたところ、皆さんがあまりに異常がなかったから、おかしいなと思ったのよ」
「ええと、じゃあ、君も長生きするってことでいいんだよね?」と、彬は聞いた。
「ええ、突発的な事故が発生しない限りは」
「なら、よかったけど」
「だからね、おじい様、ひ孫は心配しなくても大丈夫よ。彬の――」
「余計なこと言わないで!」と、彬はあわてて妃那の口をふさいだ。
家族の前で再び元気さを語られたら、一生の恥だ。
「どうして? とても大事なことでしょう?」
「食事中にする話じゃないよねー?」
「おまえ、まさか調べられたの?」
圭介は妃那のデートの一件を知っている。おかげで何を言いたいのか、すぐに気づいたらしい。
「……知らない間に」
圭介は「そうか」と、彬にかわいそうと言わんばかりの目を向けてきた。
「なーに、子種の話? そんなコソコソ話しちゃって」と、百合子がうふふと意味ありげに見てくる。
「母ちゃん! 下世話な話はなし!」と、圭介が恥ずかしそうに怒鳴る。
「もう、若い男の子ってば、恥ずかしがり屋さんなんだからー」
「叔母様、彬はとっても恥ずかしがり屋さんなのよ。外で手をつなぐのも恥ずかしいって言うの」
「あらあ、そんなにウブじゃ、妃那さん相手に大変でしょう?」
「いえ、その辺りは慣れれば……」
「おまえ、全部順序が逆じゃないか?」
圭介に言われて、しみじみとうなずいてしまった。
「……ほんと、その通りです」
初めての神泉家での顔合わせも、そんなこんなで圭介と妃那がいるおかげで、かしこまることもなく、あまり緊張せずに自然に過ごすことができたのだった。
その夜は妃那の部屋に寄ってから彬は家に帰ったので、婚約についての報告は翌朝となった。
「――というわけで、あちらの家にも了承いただいて、結婚を前提にお付き合いすることになりました」
「ほんとに?」
「もう?」
「そんなにあっさり?」
「朝からびっくりよ」
家族の反応はそれぞれだったが、驚いているのは一様だった。
「別に今すぐ婚約とかの話はしてないけど、僕、神泉の血が流れているらしいから、わりとすんなり話はまとまったよ」
「あんたは拾ってきたわけじゃないわよ。あたしが産んだのよ?」
母親が大真面目な顔で言う。
「知ってるよ。ていうか、ここまで父さんと薫子に似てたら、疑いようなくない?」
「そんなこといったら、あたしにも流れていることになるじゃない」
「うん、そう。まあ、流れているっていっても、かなり薄ーくだけど。江戸時代に一度だけ姻戚関係があったんだってさ」
「江戸時代って……。神泉ってそんなところまで遡って同族って認めるの? そんなの日本中にいそうじゃない」
母親はいまいち納得できない顔をしている。
「相手が『知る者』だからいいんだって」
「けど、今さらながら、妃那さんの婿になるって、大変なんじゃない? 神様だよ?」
神泉家を知っている桜子が心配そうに言った。
「うーん、時々怖いけど、普段はあの通りで、問題ないし」
「問題ないの? あの妃那さん相手に?」
「ほとんど子供のおもりしているのと同じだよ」
「そう? 彬も来年の新年会は顔出すだろうから、その時どうなるんだろうねー。あの妃那さんの伴侶、なんて紹介された日には」
「面白がってる?」
「ちょっとだけ」と、桜子はふふふっと笑う。
「けど、婿に入って相手の家を継ぐより、ずっと楽じゃないか? あのお嬢さんが会社継いで、当主になるんだから、彬は子供だけ作れば、あとはご自由に、だろ?」
父親の言葉に、彬は「うーん」とうなってしまった。
「将来的にはそうなるのかな?」
「藍田の男って、結局そうなっちゃうわけ? 後継者になることなく、野心も持たず、さらに楽な人生を選んで謳歌していくって感じ」
「そうねえ。彬はプラプラしないように育てたつもりだったのに、結局、プラプラできる相手を選ぶあたり、どうしようもないのかもしれないわ」と、母親も同意する。
「ちょっとー! 僕、プラプラする予定ないから! 目標、ブレてないし。これからだってちゃんと勉強して、政界に入るつもりでいるんだから!」
この目標だけは絶対に変えることはないと、彬ははっきりと宣言した。
「けど、圭介に比べたら、彬の将来はずっと自由で気ままよね」
桜子がしみじみ言う。
「……そりゃあ、圭介さんに比べたら、ねえ。確かに僕はあそこまでの努力はできません」
「ちなみに、あの婿候補たちはどうなるの?」
「今後の身の振り方については、おいおい決めるみたいだけど。なんか、よからぬ企みをしていたらしくて、あんまりいい条件ではお金とか得られないかも」
「何、よからぬ企みって?」
薫子が興味津々に身を乗り出してくる。
「誰が選ばれても恨みっこなしで、財産山分け、みたいな感じ」
「そういえば、あの3人、競争相手同士の割にはいっつも一緒にいて、仲良くやってたわね」
同じクラスにいる桜子が思い出したように言った。
「そういうの、あの人は全部知ってたみたいで……。僕、ほんと何にも知らされてなかったんだよねえ」
「結局、あの程度の男の子たちでは、太刀打ちできない相手だったってことでしょ」
桜子がけんもほろろに言い放って、軽く肩をすくめる。
「というわけで、彬くんの一人勝ち。あたしもようやく愛のキューピッドになれました。
彬くん、あたしには一生頭上がんないね」
薫子にニヤリと笑顔を向けられて、彬は背筋がぞっと寒くなったような気がした。
次話、エピローグで番外編最終話となります。
ぜひ最後までよろしくお願いいたします<m(__)m>




