29話 どうしたらいいのかわからない
彬視点です。
彬はさっさと家に帰ってくると、ベッドに転がっていた。
夜は剣道の稽古が入っているし、夕食の時間まで少し休みたかった。
何かする気になれなかったというのもある。
1日学校でいつものようにクラスメートに囲まれ、作り笑いを浮かべていたせいで、疲れてしまった。
昨夜の寝不足も相まって、うとうととしていた。
人の気配にはっと目を開くと、薫子が顔をのぞき込んでいた。
「な、なに!? びっくりするじゃん!」
「元気なのかと思って」
薫子は身を起こして、彬の顔をじっと見ている。
「いや、うん、元気だけど。ちょっと寝不足気味なだけ」
「昨夜、Hのし過ぎで?」
「……あのねえ」
「彬くん、何隠してるの? 妃那さんと何かあったでしょ? ダーリンが妙に心配しているし」
「圭介さんが?」
「彬くん、先に帰っちゃうし、何かあったんじゃないかって。あの婿候補が原因?」
「それは、まあ、心穏やかでいられるものじゃないだろ?」
「彬くんがそうやって悩んでいる割には、妃那さんは平然としているよね」
「そういう人だから……」
「だから、彬くんも気にすることないんじゃないの?」
「いや、だから、余計に気にするんじゃないか」
「どうして?」
「だって、平然としているってことは、あいつらとデートすることに対して何とも思わないってことだろ?」
「そうだね」
「結局、あの人は誰も特別に好きになったりしないんだよ」
薫子は難しい顔で首を傾げる。
「それ、彬くんのことも含まれてるって言いたいの?」
「そうだけど?」
「だから、落ち込んでるの?」
「付き合ってるっていっても、僕の片思いにしか過ぎなくて、誰でもいいなら、神泉の血筋の人とだってかまわないってことじゃん。あっちの家の人だって、それを望んでいるわけだし」
「なるほど」
「だからってあきらめられるものじゃないし、けっこう頑張ってたつもりなんだけど……。
婿候補たちより僕じゃなきゃイヤだって、あの人が思ってくれれば、結婚前提に付き合っていいって、あっちのお父さんが言ってくれたから」
「この間、妃那さんのお父さんと会った時、そういう話だったのか。けど、妃那さんは誰でもいい的なところがあって、彬くんの頑張りにも関わらず、婿候補のところへ行ってしまいそうだと。それで、落ち込んでるわけだね」
「なんか、ムダなことをした気分で……」
「ねえ、彬くん、それこそムダに落ち込むことないと思うよ」
「なんで?」
「妃那さんが自覚しているかどうかはともかく、はたから見ていれば、妃那さんは彬くんのこと、特別に好きだと思うよ」
「どこら辺が?」
「だって、彬くんのことはうれしそうに話すもん。この間、ひまわり園に一緒に行ったんだって? その後、ゲーセン行って、UFOキャッチャーで大きなぬいぐるみを取ったとか。プリクラも見せてくれたよ」
「あの恥ずかしい写真を見たのか……」
「彬くんのラブラブ写真見るのは、微妙に気持ち悪いと思ったけど、妃那さん、いい顔していたし、楽しそうだったよ」
「気持ち悪かったんだ……」
「それはあたしの主観で、桜ちゃんなんかは、自分も撮りたいってダーリンを誘ってたよ。
まあ、そんなこんなで彬くんとのデートは大変楽しかったらしく、延々お昼の時間に語ってくれました」
「実際、楽しそうだったし」
「ところが、他の人とのデートの話を聞いても、どこに行ったかは教えてくれるし、楽しかったか聞けば、楽しかったって答えるよ。でも、それ以上の詳しい話は、こっちから聞かなければ話する気なし。
どう見ても彬くんとのデートは特別なんだって、誰の目にも明らかに映ったんだけど?」
「それはたまたま行った先が気に入っただけじゃないの? あの人、デート先は相手に決めてもらってるから」
「帰り際のチュウは?」
「そんなこともあの人は言うの !?」
「そんなに驚くこと? 妃那さん、彬くんの顔見るだけで発情するとか平気で言う人だよ? キス程度で恥ずかしがるわけないじゃない」
「ああ、そういう人かも……」
「で、他の人とキスしても何も感じなかったけど、彬くんにはチュウされたら発情してしまったと。それって、特別ってことじゃないの?」
「ちょっと待って。あの人、他の人とキスしてたの !? 僕、知らないよ!」
「そうなの? でも、どっちにしろされただけで、自分からしたわけじゃないんだから、しょうがないんじゃない? 桜ちゃんは激ギレしてたけど。無防備なあなたが悪いって」
ぐらりと頭が揺れた。
(なんかやっぱり、大事なことをすっ飛ばして話をする人なんだ……)
「……とはいえ、なんにも感じなかったっていっても、特別って理由にはならないよ。僕とはすでにその先まで行ってる関係だから、ある意味自然なことだと思うし」
「そう? けど、妃那さん、前に言っていたよ。彬くんと始めてキスした時、すぐにHしたくなったって」
「初めての時って……?」
「ずいぶん前のことだから、忘れちゃった?」
「覚えてるけど……」
いきなりホテルに連れていかれて、その前で妃那はキスをしてきた。
妃那の言葉に惑わされて、誘いに乗って部屋まで行ってしまった。
思い出してみれば、あの時の妃那はある意味、冷静だった。
彬をその気にさせるように、言葉巧みに誘うだけの余裕があった。
彬がホテルに行く気になるまで、興奮した顔は見せなかった。
(あのキスで、あっちもその気になってたんだよな……)
「ほら、あたしがけしかけたりしたから、一応気になって、遊びに行ったりした時とかに聞いたりしたんだけど。その時の話を合わせると、その婿候補の人とキスしても何も思わないっていうのは、やっぱりどうでもいい人たちなんだってことにならない?」
「そう、なのかな……。けど、だったらどうしてその先まで行こうとするんだよ」
「……その先って、Hするってこと?」
「僕と比べるためにもした方がいいって」
「それ、彬くん、承知しているの?」
薫子は唖然としたように聞いてくる。
「イヤだよ。けど、しょうがないじゃん。どうやっても僕じゃなくちゃいけない理由を見つけてもらえないんだから。けど、ああいう人だから、1回やっちゃったら、誰でもよくなっちゃうかも……」
気が重くなるのを感じながらボソボソとつぶやくと、薫子にむにっと両頬をつままれた。
「彬くん、どこまでお人好しなの !? そこ、カッコつけるところじゃない! イヤだの一点張りで、止めるところでしょ !? そっちの方がよっぽど妃那さんにだって、彬くんの想いが伝わるってものじゃないの?
それが、『大丈夫だよ』なんて、平気な顔して言われちゃったら、妃那さんだって、それが普通のことなんだって思っちゃうじゃない。あの人、遠回しに言っても通じない人だって、彬くんだってわかってるんじゃないの !?」
「僕だって、後悔してるよ! 見栄張って、何でもないフリして、バカみたいにカッコつけて、結局、自信なくなって落ち込んでるんだから! けど、もう全部手遅れなんだよ! 今さら、どのツラ下げて、やっぱやめてくれって言えるんだよ !?」
「はー !? どのツラって、このツラ下げて『やっぱヤダ』って言ってくればいいでしょうが! 何をいつまでもカッコつけてるのよ !?」
薫子がぐいぐいと頬を引っ張るので、痛みで涙が出てくる。
「こら、放せよ!」
「せっかくなら、カッコ悪いツラにしてやって、下げやすくしてやってるのよ!」
薫子を引き離そうとしても、スッポンのようにかじりついたまま手を放してくれない。
すったもんだベッドの上でもみ合っていると、バーンと部屋のドアが開いた。
「なに、ケンカしてるの!?」と、桜子が入ってくる。
「あ、桜ちゃん、これはケンカじゃないの。愛の教育的指導」
薫子は彬からさっと離れてニカッと笑う。
「……何の教育的指導だって?」
彬はようやく解放された頬をなでながら薫子をにらんだ。
「彬くんがあんまり落ち込んでいるから、元気づけてあげようと思っただけだよー」
「彬、やっぱり何かあったの? 圭介も心配してたよ」
桜子に心配そうな顔を向けられ、彬はとっさに笑顔になっていた。
「あ、うん、大したことじゃないから」
「本当に?」
「うん、姉さんは心配しなくても大丈夫」
桜子は疑り深い目で見ていたが、それ以上聞き出そうとはしなかった。
「ならいいけど……。二人とももう夕飯の時間だから、いつまでもケンカしてないで、すぐに来なさいよ」
桜子が出て行くと、二人でほっと息をついた。
「ま、彬くんがこのまま落ち込んでいたいって言うなら、どうぞご自由に。あたしが言いたいことは全部言ったし」
薫子はプンプンと頬をふくらませたまま部屋を出ていった。
やっぱりイヤだと言ったら、何か変わることがあるのだろうか。
それを言ったら、彬ではないといけない理由に気づいてくれるのだろうか。
だいたい、妃那は彬がイヤだと思っていることはわかっているのだ。
嫌がることはしたくないと言っていたのだから。
けれど、彬の期待しているのはそんな答えではない。
彬自身がイヤだと思うのではなく、妃那自身にイヤだと思ってほしかった。
デートにしても、彬が喜ぶからするのではなく、妃那自身にデートをしたいと思ってほしかった。
(だって、そうじゃないと、ただ言うことをよく聞く人形でしかないじゃないか)
もしも妃那がどこまでいっても変わることがないのなら、せめて彬がイヤだと思うことはしてほしくないと思う。
でも、妃那を変えることができなければ、神泉社長の条件をクリアすることはできず、妃那は自分のものにはならない。
失ってしまう結果が待っているだけだ。
だから、イヤなことをガマンしてでも、妃那に気づいてほしい。
そんな出口のない堂々巡りばかりを繰り返している。
(もうどうしたらいいか、わからないよ……)
次話、彬が落ち込んでいる間に、妃那がどうなったかになります!




