27話 カッコつけた代償は大きかった
彬視点です。
週が明けて火曜日――
彬のもとに妃那から会いたいとメッセージが届いたので、生理が終わったのだろうと思った。
(今日も激しいんだろうな……)
毎月毎月、生理明けの1回目は互いに性欲がたまっている状況なので、めちゃくちゃに求め合うのが恒例になっている。
案の定、ホテルに向かう車の中で、妃那は完全に無表情になっているし、部屋に入るや否や痛いくらいの激しいキスで始まった。
ようやく落ち着いた時、妃那が最初に口にした言葉で、地獄に落とされた気分だった。
「3回デートをしたから、お父様にお許しをもらって、あの3人ともセックスをすることにしたわ」と。
なんで? と聞くまでもなかった。
そうした方がいいと言ったのは自分なのだ。
この土壇場に来て、ここまで動揺するとは思ってもみなかった。
(僕、変な期待してた……?)
自分があの3人よりずっと優位に立っていて、選ばれるのは自分だと、どこか過信していた。
3回デートしたところで、妃那がそう簡単に身体を許そうなどと思わないと勝手に決めつけていた。
(この人は最初から約束があるから、僕のそばにいてくれただけなのに……。だいたい最初から、必ずしも僕じゃなくちゃダメとは言ってなかったじゃないか)
こんな分の悪い条件を飲んでしまった自分がどれだけ愚かだったことか。
けれど、それ以外に妃那を自分のものにする方法がなかったから、それにすがったのだ。
(本当は約束を盾に、親の承諾なんて無視したってよかったんだ。彼女なら何とでもできるんだから)
バカなことをしたと思った。
条件などはねつけて、断固として付き合い続けると言い切ってしまえばよかった。
(僕、なにカッコつけてるんだよ……。そのせいで、今度こそ、この人を失うの?)
いまさら、全部もう遅い。
「3人、全員とするの?」
彬はなんでもないフリを装いながら笑顔で聞いた。
「まとめて、という意味かしら?」
「……そういうの、したいの?」
「興味はあるけれど、最初のセックスでどうかと思うわ」
「だよねー」と、彬は乾いた笑いをもらした。
「まず手始めに孝太郎かしらね」
「孝太郎?」
「彬を殴った人」
「ああ……。なんで?」
「あちらは初めてだけれど、1番荒々しく抱いてくれそうだから」
「君、そういうの好きだもんね」
「ええ。彬も最初から激しかったわね。思い出すわ」
妃那は艶やかな笑みを浮かべて、彬に口づけてくる。
「じゃあ、お好み通り抱いてあげるよ」
彬は妃那を押し倒し、深く口づけた。
別に妃那に挑発されたからではない。
自分の腹の底から湧き上がってくる、ドロドロとした感情が抑えきれなくなっている。
どれだけ自分がかけがえのない存在だと思っても、目の前の女は平気な顔で他の男に抱かれようとする。
それを許したのは自分。
嫌わないと約束したのも自分。
頭でわかっていても、誰にも触らせたくない。
自分だけのものであってほしい。
たとえ彼女にとって特別な相手でなくても、自分だけがその権利を独占したい。
(ああ、結局、僕もヤキモチ焼いてるんだ……)
妃那の白い肌をけがすことにためらいがなかった。
きつく吸い付き、首筋に、鎖骨に、胸の谷間に唇の跡を残していく。
自分のものだという印をつけたかった。
見せつけたかった。
これを見て童貞男が少しでもひるめばいい。
それとも、余計に逆上するだろうか。
どちらにしろ、神泉家の婿になりたいと切望する男が、こんなことくらいで怖気づいて不能になるとも思えなかったが。
結局、ただの気休めと自己満足でしかない。
妃那が「もう帰りましょう」と言ってくるのが怖かった。
家に帰したくなかった。
だから、何度も無理やり抱き続けた。
それでも、限界はくる。
「そろそろシャワー浴びて、帰ろうか」
結局そう言ったのは、彬の方だった。
「うーん、少し休んでからでないと、動けそうにないわ……」
妃那はベッドにうつぶせになったまま、どこか眠そうな声で言った。
彬は手を伸ばして妃那の頭をなでた。
「遅くなるけど、大丈夫?」
「何時……?」
「もうじき10時」
「……なら、帰らなくちゃいけないわね」
妃那は眠そうに目をこすりながら、ゆっくりと起き上がって、スマホを取った。
1時間後に車を呼んだので、シャワーを浴びて支度をする。
妃那は眠いせいもあるのか、人形のようにおとなしく、彬の指示に従って身体と髪を洗われ、髪をドライヤーで乾かされていた。
先に妃那の支度をすませ、彬が自分の服を着ていると、先ほどまでベッドに座ってぼうっと待っていた妃那が突然立ち上がり、首筋に抱きついてきた。
「……ええと、帰るんだよね?」
しばらく妃那は黙っていたが、やがてコクンとうなずいた。
「車まで抱っこして」
「え? もしかして、疲れすぎて歩きたくないの?」
「イヤなら置いて行って」
「……そう言われて、置いていけるわけないけど」
「なら問題ないでしょう」
「……おんぶでもいい?」
彬の提案に妃那は恨めしそうな目で見てきたが、「いいわ」と同意した。
「じゃあ、座って待っていてよ。僕、まだ支度終わってないし」
「わかったわ」
妃那は素直に彬を放して、ベッドに戻って座った。
(……眠いと甘えてくる子供と同じ?)
彬はシャツを拾い上げて身につけると、持ち物を確認して、妃那のところに行った。
「君の荷物は?」
「これで全部よ」と、妃那はポシェットを見せる。
「じゃあ、はい、背中にどうぞ」
妃那の前に背を向けて座ると、首に腕が絡みついてきた。
そのまま太ももを拾い上げ、よいしょと立ち上がって、カギを持って部屋を出た。
「やっぱり懐かしいわ」
「プリクラでやったの、最近だよね?」
「思い出したのは、初めて会った日のこと」
「ああ、そういえば、君、圭介さんに置いて行かれて、道端で人形になってたっけ」
「そう。彬が迎えに来てくれて、こうしておんぶしてくれたわ」
「あの時は青蘭の坂、延々と下らされたよね。残暑の厳しい中、汗だくだったよ」
「知っている。匂いがしたもの」
「臭かったとか言わないでよ」
「生きている人の匂いがした……」
それきり妃那は黙ってしまった。そばにある顔を振り返れば、目を閉じてすうすうと寝息を立てている。
(……やっぱ、疲れてたのか。て、付き合わせたのは僕か)
やれやれ、と思いながらエレベーターで一階に降り、カギを窓口に返して外に出た。
すっかり日が暮れて真っ暗な外、ホテル街のネオンがいかがわしく光っている。
そんな中、いつものロールスロイスが音もなく目の前に停まり、開けられたドアから妃那を中に入れて座らせた。
車の中でも妃那は彬に寄り掛かって眠り続け、彬の家に着いても目を覚ます様子はなかった。
起こすのもかわいそうなので、「おやすみ」と、やさしくキスして、車を降りた。
次話、勝手に突っ走っていく妃那に、圭介もついて行けなくなって……。




