24話 接待デート、スタートです
土曜日の朝、妃那が車で彬の家まで迎えに来てくれた。
「どこに行けばいいかしら?」
生理中は本当に発情しないのか、普通に話しかけてくる。
今までのことを思うと、かなり奇妙だ。
「ええと、とりあえず、この近くなんだけど。ひまわり園っていうところに寄りたいんだけど、いい?」
「ひまわり園とはお母様が運営している児童養護施設でしょう? 何か用事でもあるの?」
「行ったことないよね?」
「ないわ」
「君が寄付してくれたって聞いたから、一応、どういうところなのか見てもらいたいなと思って」
「わかったわ」
妃那はそのまま運転手に指示を出している。
「けど、なんでいきなり寄付? 僕が変なこと言ったから?」
「彬から聞いて、改めてあなたのお母様がやっていることを調べてみたの。恵まれない子供を中心に、社会的弱者を守るために福祉を充実させようとしているのね」
「うん、そう」
「わたし、今はお父様や家族に愛されて幸せを感じているけれど、そういう愛をずっと知らなかったでしょう? けれど、世の中にはそういう家族すらいない人がいて、愛を知ることのできない子がたくさんいるのだと思ったら、他人事ではなかったの。わたしにできるのはお金を寄付することくらいだったから、そうしたのよ」
何をきまぐれに寄付などしたのだろうと思っていたけれど、彼女もまた家族の愛を知らない子供だったのだ。
家族がいるというのに愛されなかった、障害を抱えた子供として生きていた。
「なんか、ごめん……。気づかなくて」
「あら、謝ることないわ。あなたが気づかせてくれたのだから。わたしにとって、1億など突然消えても大した金額ではないと思っていたの。でも、あなたに言われて、わたしのどうでもいいお金で、助かる人がいるのかと思ったら、そういう人にあげるのがいいことだとわかったのよ」
「……1億がどうでもいい、はちょっと理解不能だけど、いいことだと思うよ。これから君のおかげで救われる子もたくさんいると思う。母の代わりにお礼を言うよ」
「お礼状はもういただいたから、気にしないでと伝えて」
「うん、ありがとう」
ひまわり園に着いて妃那と一緒に車を降りると、庭で遊んでいた子供たちがこちらの方をガン見していた。
(超高級車で乗り付けるところじゃなかった……)
「ああー、彬くんだ!」
園に入ったころには彬に気づいて、子供たちが駆け寄ってきた。
次々と抱きついてきては、矢継ぎ早に質問を浴びせかけてくる。
「今日は桜ちゃんと一緒じゃないの?」
「だあれ、このお姉ちゃん?」
妃那は子供が珍しいのか、無表情にじいっと観察している。
子供たちも興味津々に妃那を眺めている。
「このお姉さんはみんなが元気に成長できるように、いっぱいお金を出してくれたんだよ。みんな、お礼を言って」
彬が子供たちに言うと、みんな口々に「お姉ちゃん、ありがとう」と頭を下げる。
その甲高い大声に驚いたのか、妃那はびくりと後ずさった。
「もしかして、子供は苦手?」
「いえ。初めて間近で見たもので……。なんだか、動物より怖いわ」
妃那が顔をこわばらせているのを見て、彬は笑ってしまった。
「ほら、ちょっとしゃがんで目線を合わせてあげて、『どういたしまして』ってニッコリ笑顔で言ってあげてよ。みんな、お礼を言っているんだから」
「わかったわ」
妃那は彬の言った通りにしゃがんで「どういたしまして」と、少々こわばった笑顔で言った。
「ねえねえ、彬くん。一緒に遊んでくれるんでしょう?」
「んー、今度ね。このお姉さんと用事があるから、園長先生にあいさつしたら、行かなくちゃ」
「ええーっ」と、子供たちから不満の声が上がる。
「ねえ、彬。遊んでもいいのかしら? わたし、子供がどうやって遊ぶのか、見てみたいわ」
妃那が立ち上がって彬を真顔で見つめた。
「え、本当に遊びたいの?」
「ええ。なんだかここにはいろいろな遊び道具があるようだし、大変興味深いわ」
「ええと、君が遊びたいならかまわないけど。みんな、お姉ちゃんにどうやって遊ぶか教えてやってくれる?」
「うん。お姉ちゃん、こっち。今ね、砂場でお城を作っているところなの」
「お姉ちゃんも手伝って」
子供たちに引っ張られて、妃那は砂場の方へ行ってしまった。
(……デートは?)
まあいっか、と彬は妃那をとりあえず子供たちに任せ、園の中に入った。
「あらまあ、にぎやかだと思ったら、彬くんが来ていたの?」
中から年配の女性園長が出てきて、いつものようににこやかに出迎えてくれる。
「お邪魔しています」
「一人?」
「いえ。連れと一緒に。今、子供たちと一緒に庭にいますけど」
園長は身を乗り出して庭をのぞく。妃那は砂場に子供たちと一緒にしゃがみこんでいた。
何かをしゃべっているようだが、ここまでは聞こえてこなかった。
「ずいぶんきれいなお嬢さんだこと。彬くんのカノジョ?」
「はい、まあ、一応。先日、うちの財団に多額の寄付をしてもらったんです」
「彬くんのために?」
「いえ、僕はあんまり関係ないです。彼女の育った境遇がちょっと特殊で、親の愛を知らない子供たちを他人事に思えなかったみたいです」
「お金持ちのお嬢さんみたいなのに」
「それは確かなんですけど。最近まで家から出ることができなかった人で、なんていうか、情報とかはよく知っていて、頭では理解しているんですけど、全然現実味が伴っていなくて……。
お金に関しても自分がどういうところに寄付したのか、実感みたいなものがないと思うんです。だから、彼女が救おうとしたものを実際に見てもらいたくて連れてきたんです」
「彬くんはそういうお嬢さんを好きになったのね」
「意外ですか?」
「いいえ。なんだか彬くんらしいなと思って。そういう子を放っておけないんじゃない?」
「……そうかもしれないです。好奇心旺盛で、なんでも興味を持つから、ほんと、子供みたいですよ」
妃那はいつの間にか砂場から移動して、ブランコに乗っている。
はしゃいでいる声がここまで聞こえてきそうなほど、満面の笑みだった。
(うわ……、やっぱ子供じゃん)
きっとブランコすら初めてなのだろうなと思うと、なんだか微笑ましかった。
それから、彬も参加して鬼ごっこをしたり、だるまさんが転んだをしたりして、お昼の時間までそこで過ごした。
「どう、気に入った?」
園長や子供たちに見送られ、迎えに来た車に乗り込んでから、彬は聞いた。
「ええ、とても。子供というのはいろいろな遊びを知っているのね。わたし、実物はどれも触ったことがなかったわ」
妃那は興奮のためか、はつらつとした顔をしていた。
「そうだと思った」
「子供というのは元気なものなのね。驚いたわ」
「うん。心に傷のある子もいっぱいいるけど、ああやって遊んでいるうちに笑顔を取り戻せたりするんだ」
「あの子たちは家族なのね」
「そうだね。一緒に生活して、遊んで、助け合って生きてるから、家族のようなものかな」
「彬、ありがとう。わたしを連れてきてくれて。とても良い経験ができたわ」
妃那の鮮やかな笑顔がまぶしかった。
「また来たいと思ったら、いつでも言って」
「ええ。きっとまた遊びに来るわ。わたし、まだかくれんぼも缶蹴りもしていないのよ。砂のお城も途中になってしまったわ」
「うん。いつでも続きはできるよ」
無邪気に笑う妃那は、やはり子供と同じだと思った。
次話がメインのゲーセンでのデートになります!




