22話 明日は我が身って、こういうこと?
前話からの続きの場面です。
ホテルに着いて、彬は久しぶりにすっきりとした気分で妃那を抱いた。
とりあえずたまっていた憂さは晴らせたのだ。
けだるい疲れと共に、恍惚感に包み込まれる。
彼女のふかふかの胸の谷間に顔をうずめていると、安らかな気分になれた。
目を閉じると、妃那が頭をなでてくれる。
「昨日のデートはどうだったの? 3回目だったんだよね」
どの人だったんだろうと思いながら、彬は聞いた。
「プラネタリウムに行ってきたわ」
「楽しかった?」
「ええ。解説も面白かったわ。でも、やはり本物の星空が見たかったと言ったら、今度一緒に流星群を見に行きましょうと言われたわ。その人は北海道の人で、星がとてもきれいなところがあるんですって。星が好きな人で、いろいろなことを知っていたわ」
「星、見に行くの?」
「そうね。ぜひ見に行ってみたいわ」
「どんな人?」
「きっと話をするのが苦手な人なのだと思うわ。前のデートも映画だったし。女性とお付き合いしたこともないって」
「へえ……」
今日見た3人の中で、一番おとなしそうなメガネの男かな、と思った。
「でも、一つ理解ができないのは、映画館やプラネタリウムの中で、どうして手をつなぐ必要があるのかしら。ボディガードもすぐ近くにいるし、何の危険もないのに」
「……それ、ずいぶん狙ったデートだと思うけど?」
「何を狙うの?」
「手をつなぐって、恋人同士の第一歩じゃない?」
「お父様とも手をつなぐけれど、何歩歩いても恋人同士にならないわ」
「そうじゃなくって、好きな女の子に触りたくなるんだよ。その手始めに、一番無難な手を握る。映画館とかプラネタリウムとか、暗い中で隣同士に座ったりするから、手をつなごうと思えば最適な場所で、デートの定番ってこと」
「つまり、あの人はわたしとセックスがしたいと言ってきたということ?」
「まあ、その数歩先を見ればそうなんじゃない? 手を触ってもいいなら、キスしてもいいのか、抱いてもいいのかって、一般的には段階を踏んでいくものだし」
「ずいぶん面倒なことをするのね。最初からはっきりと聞けばいいことなのに」
「いやいやいや、それはしないって。初対面で普通は聞かないよ」
「あら、わたしは彬に聞いたわ」
「……それは君が特別だってのもあるし、君が求めていた関係は恋人同士じゃないから、この場合とは違うよ」
「恋人同士になろうとすると、そういう『段階』というものをわざわざ踏まなければならないということ?」
「わざわざというのとも違うと思うけど……。何度も会ってお互いをよく知る時間が必要ってこと。相手を知って好きだなって思えば、もっと触れたいって思って、最終的にはセックスにたどり着くんじゃない?」
「なるほど、そのための身体の関係なしのデートなのね。時間をかけてお互いに興奮を高め合って、ガマンの限界が来た時にセックスをすると。恋人同士になるには、とても焦らされるものなのね」
「いや、まあ、そうなのかな……。どちらか一方がそういう高まりがなければ、成り立たないものだし」
「では、この場合、相手はすでにわたしとセックスをしたいと言ってきているのだから、あとはわたしの問題ということね」
「手をつないで、他のこともしたくなった?」
「わたしの中で手をつなぐ行為とセックスには何の関係性もないから、愚問ではないかしら」
「キスは?」
「興奮させるものだわ」
「じゃあ、キスしてみれば? その先に進みたいかどうかわかるよ」
「わかったわ」
「……する気になったの?」
「ええ。でも、すぐというわけにはいかないわ。そのまま興奮して、セックスまでするわけにはいかないもの」
「なんで?」
「まず、お父様に報告しなければならないの。それに、明日あたりから生理が来るはずだし、どちらにしろしばらくはできないわ」
「そう。まだ2人、3回目が残ってるんだし、その間にデートしておけば?」
「そうするわ。お父様にもまとめて報告できるし」
(……なんか、さっき晴らした鬱憤が、また戻ってきてる気がするんだけど)
頭でちゃんと理解していることを言っているはずなのに、イライラしてくる。
「ねえ、生理中って今まで会ったことなかったし、当たり前のようにしないものだと思ってたけど、僕に会いたいと思わないの?」
「そうね。あまり発情するという感覚はないわ」
「ふーん」
「どうしたの? もしかして彬、わたしに会いたい時があったの?」
「そういうんじゃないけど……」
「遠慮しなくていいのよ。血だらけになるから、あまり気色のいいものではないというだけで、特別お腹が痛い時でなければ、できないわけではないわ。会いたい時は呼んでもらって大丈夫なのよ」
「そういうことでもないんだけど……」
「では、なんだというの? 何を怒っているの? わたしにはわからないわ」
「別に怒ってるわけじゃないけど」
妃那は彬の顔をつかんで、ぐいっと自分の方へ向けた。
「いいえ。怒っているわ。わたしには何でも言えるから好きなのでしょう? 何を言われても、わたしはあなたを嫌いになったりしないわ。だから、はっきり言って」
妃那は怒った目で見つめてくる。
「……ただ、その間、他の男とデートするくらいなら、僕とデートしたっていいんじゃないって思っただけ」
彬はむうっとむくれて言った。
「セックスができなくても、わたしに会いたいと思うの?」
「ねえ、結婚とか考えて、一生そばにいる予定なのに、生理中、セックスできないからって、会いたくないなんてありだと思うの?」
妃那は驚いたように目を見開いた。そして、なるほどと感心している。
「そんなこと、考えてもみなかったわ。あなたの言う通り、とてもおかしな話だわ。古代はともかく、現代社会において、生理期間中だけ別居する夫婦など聞いたことがないもの」
「別に気にしなくていいよ。セックスできないなら、僕に会う意味がないって君が思うなら、そういうものだって理解する。そもそもの関係はそういうものだったんだから、今さら変なことを言っているのは、僕の方かもしれないし」
「いいえ。そういうことなら、デートをしましょう」
「……なんで?」
「彬はそうやって理解していても、気持ちの上ではわたしとデートしたいと思ったのでしょう? だから、怒っていたのだとわかったのよ」
「……うん、まあ、結局、そういうことなんだけど。君にしては珍しく推察が正しいよ」
「やはりそうなの?」と、妃那は顔をほころばせる。
「実は最近少しずつわかってきたのよ。人は頭で考えて正しいと思うことをよく口にするけれど、気持ちの上では実は違うということもあるのでしょう?」
「それを理性っていうんじゃない?」
「そう、そういうことなのよ。発した言葉の裏にある意味を読み取るのは非常に難しいことなのだけれど、相手の表情がヒントになるのね。だから、人と話をすることが大切なんだわ」
「成長したね……。うん、よかった」
「そういうわけで、わたしも彬の気持ちがわかったので、デートをしようと言ったのよ」
「それはでも、デートをしたいってわけじゃないんでしょ? それなら、わざわざすることないよ」
「あら、わたしは彬が喜ぶ顔を見るのが好きだわ。彬がデートをしたいと思うのなら、してあげたらうれしいのでしょう? だから、デートをしたいと思うわ」
「……なんか、ちょっと違うんだよなー」
「違うの?」
うーん、と彬は悩んだ。
(けど、まあ、結局、今の関係がそうなってるってことなんだよな)
今のところ、妃那が自発的に『デートしたい』と思ってデートしている相手は誰もいない。
彬も婿候補たちと、立場はなんら変わりはない。
彼女がまたしたいと思えるデートをしなければならないのは、彬も同じだった。
「よし、じゃあ、デートしよう。いつ? 明日?」
「明日の放課後は別のデートが入っているから、あさっての土曜日は? 1日あるわ」
「どっか行きたいところあるの?」
「彬に任せるわ」
「ええー……。決めてもらった方が楽なんだけど」
「でも、わたしも彬が行きたいと思うところに行ってみたいの。だから、楽しみにしているわ」
「……じゃあ、考えておく」
デートの行く先など、他人事だと侮っていたけれど、意外と難題だということに初めて気づいた。
(ねえ、どこに連れていけばいいの?)
次話はデートの準備になります!




