21話 聖人にはなれません
彬視点です。
写真が出回った翌日の放課後――
彬が帰ろうとすると、昇降口で3人の男に待ち伏せされていた。
「ちょっと顔貸してくれない?」と。
(……妃那様親衛隊の人?)
妃那とウワサになって、憧れていた男に逆恨みされてもおかしくはない状況だ。
が、藍田の子息相手に何かするようなバカな生徒は、この学園にはいない。
人数もちょうど3人ということもあり、これが婿候補たちなのだろうと、彬も予想がついた。
彬は3人に連れられて、人気のない校舎裏に行った。
「あの、話の前にちょっと連絡入れていいですか? 人を待たせてるので」
彬はそう言いおいて、妃那には『少し遅れる』とメッセージを送った。
今日、会うことになっているので、学校の近くの待ち合わせ場所で落ち合うことになっているのだ。
(けど、もう隠してないから、もしかして、堂々と学校の前から車に乗っていってもいいんじゃない?)
「終わったのか?」
彬はうなずいて、スマホをポケットに入れた。
「僕に何か用ですか?」
「単刀直入に言うと、妃那さんから手を引いてくれない?」
短髪でいかめしい顔をした男が話を切り出した。
「それ、僕が簡単に『はい』って言うと思いますか?」
「思わないよ。けど、おまえ、神泉の血を引いていないんだろ? この先、婿になれるわけないんだから、とっととあきらめたってよくない?」
「そんな理由であきらめられるのなら、とっくにあきらめてますけど」
「ほら、別にタダとは言わないし」と、関西弁訛りの茶髪の男が言う。
「僕が何をもらったら、彼女をあきらめると思うんです?」
「ほしいもの、なんでも」
「別にほしいものないですし。だいたい、うち、質素な生活をしていますけど、お金に困ってるわけじゃないんで、彼女をあきらめる理由にはならないんですけど」
「君、バカなの? 穏便に済ませようとしてるこっちの意図、わからないかな」
「穏便じゃなかったら、何なんです?」
「痛い目見てもらう。こいつ、こう見えてボクシング強いらしいよ」
茶髪が短髪を親指で指すと、短髪はボキボキと指を鳴らしてみせた。
確かに華奢な身体つきの茶髪に比べると、背が高くてガタイはいい。
もう一人のおとなしそうなメガネの男は、気が進まないのか、二人の後ろでそわそわと辺りを見回していた。
「ボクシング……。僕、やったことないんですけど」
「きれいな顔、傷つけたくないよね?」
「あのー、つかぬことを聞きますけど、僕のこと調べてきたんですか?」
「いろいろ話は聞いてきたよ。藍田グループの御曹司で、品行方正のお坊ちゃま。成績も優秀でスポーツもできて、みんなからの人気者。おまけに顔もいい」
「ええと、そういうお坊ちゃんはケンカしたりしないと思うんですか?」
「将来のためにはしないんじゃないかなー。暴力沙汰とか、やばいでしょ」
「人が死なないなら、もみ消すことくらい、いくらでもありますよ」
「それはいいことを聞いた。おまえを半殺しにしても、神泉のご当主がもみ消してくれるってわけだ」
脅しをかけるように短髪がうっすらと笑う。
「それは当然だと思いますけど」
神泉家が秘密主義ということは、彬もよく知っている。
少なくとも貴頼の圭介に対する傷害事件は、表沙汰にならずに終わった。
「なに、その余裕な顔は? おれたちがそんなことしないって思ってるわけ?」
「いえ、全然。単にバカにしてるだけじゃないですかね」
「なに!?」と、短髪単細胞は怒ってくれる。
「僕、ここのとこ、むしゃくしゃして機嫌悪いんですよ。なんでか、わかります?」
「知るか」
「あなたたちがやってきて、僕がいい気分でいるわけないでしょう? 何が悲しくて、自分の好きな女を他の男とデートさせてやらなきゃならないんです? おまけにデートがうまくいくように協力までしてやって、抱かせてまでやる男、どこにいるんですか。ケンカ上等ですよ」
彬はここのところたまっていた鬱憤を思わず吐き出してしまった。
頭で理解していても、気持ちの上では抑えられないこともある。
しかも、都合よく言いたい相手が目の前にいるのだ。
直後、飛んできた短髪の拳を頬に受けた。
ボクシングをやっているだけあって、悪くないパンチだ。
軽くよろけたが、すぐに体勢を立て直して口元を袖でぬぐった。
「先に手を出したのは、そっちですからね。僕のは全部正当防衛です」
彬はカバンを地面に置いて、空手の構えを取った。
ボクシングと空手で戦えるのかはわからなかったが、相手のスキをついて拳を繰り出すのは変わりない。
じりっと一歩踏み出し、相手の繰り出すパンチを避け、右の拳を軽くみぞおちへ。
左の拳で相手の頬を殴り飛ばした。
左とはいえ、相手が吹っ飛ぶほどには充分威力があったらしい。
素人相手にさすがに右で殴る勇気はなかった。
「お、おいっ」
茶髪とメガネがあわてて短髪に駆け寄るのを見ながら、彬は姿勢を戻し、息を吐いた。
「そっちも殴ったんですから、おアイコってことで。じゃ、僕は用事があるんで失礼します」
彬はカバンを拾って、スキップしたい気分で足早に歩いて行った。
(ああ、スッキリした!)
すでに待っていた車に乗り込むと、珍しく妃那はぎょっとした顔で振り返った。
「顔、どうしたの? 赤くなっているわ。殴られたの?」
「かすっただけ。まともに喰らってないから、大したことないよ」
「途中でシップを買っていくわ」
「いや、別にいいって」
「ダメよ」
妃那は頑として譲らず、車を薬局の前で止め、運転手を買いに行かせた。
妃那は買ってきてもらったシップの封を切り、彬の頬に貼ってくれる。
熱くなっていた頬が一気に冷えていくのを感じた。
「どう? 痛くない?」
「うん。冷たくて気持ちいい。ありがと」
「相手はあの3人なの?」
「そう」
「わたしの分析によると、あの3人があなたを殴るようなことはないと思っていたのだけれど? どうして、推察が外れたのかしら」
「殴る理由が欲しくて、僕が相手を挑発した、という推察はなかったの?」
「ないわ。あなたのことだから、難癖付けられても適当に話をして事なきを得ると思っていたのだけれど」
「残念。それができるほど、僕が聖人じゃないって証拠」
「意味がわからないわ」
「いいよ、これはわかんなくて。言うのも恥ずかしいから」
「なんだか悔しいわ」
ぶうっと妃那がふくれっ面をするので、笑ってしまった。
次話に続きます!
憂さ晴らししても、現状は繰り返される状況ですが……。




