19話 悲劇の王子様になっておきます
前話からの続きです。
圭介の教室に飛び込むと、彼は桜子と薫子と一緒に机を囲んでお弁当を食べていた。
「圭介さん」
「おう、彬、珍しいな。おれに用?」
「ちょっと話したいんだけど、いい?」
「彬、何かあったの?」と、桜子が聞いてくる。
「ちょっと男同士の相談で」
「またあたしに内緒なのー?」
桜子は口をとがらせる。
「じゃあ、ちょっと行ってくるから、食べてて」
圭介が立ち上がるので、彬はそのまま一緒に教室を出た。
「聞かれたくない話?」
「あんまり……」
「じゃあ、旧生徒会室行こうか。おれ、カギ持ってるし」
「そういえば、彼女が言っていたような……」
「あいつ、学校でもやりたいって?」
圭介がにやっと笑って言った。
「断ったけど。学校に何しに来るのかわからなくなるでしょ?」
「おまえ、真面目だなー」
「て、圭介さん、まさか、利用しているの?」
「いや、うん、ごくたまに……? 自習になった時とか」
「ええー……」
(この人、もっと真面目な人かと思ってたのに……)
一階の旧生徒会室に入ると、窓際にでんと広がるマットが目に入ってしまった。
(……まさか、姉さんたち、ここでそういうことしてるわけ?)
あまり想像したくないので、目をそらした。
「で、何があったって?」
圭介は窓際の壁に寄りかかりながら聞いてきた。
「実は彼女と会ってるところ、写真に撮られちゃって、じきにバラされちゃう状況なんだけど」
「脅されたのか?」
「まあ。なんか、父さんに融資の口利きしてほしいみたいな感じで……」
「お父さんは聞いてくれない?」
「当然だよ」
「だろうな。で?」
「十中八九、貴頼が仕組んだことだから、どっちにしろ回避できないと思う」
「なに、あいつ、まだ何か企んでるのか?」
「別に圭介さんと姉さんをどうこうってのはないと思うんだけど。僕、今年からあいつと同じクラスで、派閥争いみたいなのがあるんだよ」
「おまえと貴頼で?」
彬はうなずいた。
「で、まあ、僕を陥れるつもりなのかと」
「なるほど。写真って、どの程度? 二人で会ってるっていっても、ごまかせる範囲?」
「無理。キスしてるとこ、ばっちり撮られた。おまけにホテルの出入りも」
「あ、そう……。ていうか、最近、外でも会うようになったんだってな。妃那が言ってた」
「ご飯食べて少し散歩するくらいだけど」
「普通にデートじゃん」と、圭介はうれしそうに笑う。
「やっぱ、バレるとマズいよね?」
「おまえは? 妃那とウワサになると困る?」
「僕は別に気にしないけど。ただ、今のところ関係は外部には内緒ってことになってるから、公になると、条件云々の前に関係を終わらせてくるんじゃないか心配で……」
「確かに、神泉の『知る者』に手を出した不届きな男って、伯父さんがどう思っていても、社会的な立場を守るためにもそうしなくちゃいけないってなるかもな」
「……だよね。僕、そういうことあんまり考えないで、デートなんてしてたから」
「それ、おまえが気にすることじゃないって。写真撮られたのだって、かなり運が悪いレベルだったと思うし、そもそもデートをけしかけたのは、おれなんだから」
「けど……」
「おれを真っ先に頼ってきてくれて、うれしいよ」と、やはり圭介は穏やかに笑う。
「何とかなる……?」
「伯父さんの方は、おれが何とかするから大丈夫。おまえが身を引くって言うまでは、絶対に関係を終わらせたりしないよ。この際、学校でも付き合ってるってことにしたら?」
「婿候補が来ているのに?」
「それを利用するんだよ。神泉側はすでにおまえたちの関係を知っていて、二人を引き離そうと婿候補を送り込んできた。で、おまえたちは親の反対を押し切ってでも、けなげにも愛を貫き通そうと頑張っている。
ロミオとジュリエット的設定。まんざらウソでもないし、周りの同情も買える。これくらいなら気が咎めることもなくない?」
「ウソっていうより、ほとんどそのまんまじゃない?」
「て、おまえが思うってことは、愛を貫き通すつもりなんだろ?」
「当たり前だよ。こっちは結婚前提目指しているんだから」
「おまえもようやく恋してるって自覚したんだなー。おれはなんだか感動した」
「……今さらだけど」
彬が口をとがらせると、圭介は笑った。
「じゃ、そういうことで。今のところは悲劇の王子様になっておけ。妃那とも話しておくし」
「そういえば、彼女は? さっきいなかったけど、休み?」
「あ、いや、トイレに行ってた」
「一人で?」
「最近は一人でも校内を歩くようになったんだよ」
「へえ。ちょっと成長したんだ。圭介さんがいないと、歩こうともしなかったのに」
「そうなんだよー」
「じゃあ、僕はこれで。食事中お邪魔しました」
「気にするな」
圭介なら、妃那の父親をうまく説得してくれるだろう。
その問題さえなければ、学校でウワサになることくらい、どうってことはない。
彬はふうっと安堵の息をもらしながら、旧生徒会室の前で圭介とは別れ、自分の教室に向かった。
廊下を歩くだけで、ものすごい視線を浴びせかけられる。
どうやらすでに写真が出回っているらしい。
スマホを見れば、校内SNSに彬と妃那のキスしている写真が投稿されていた。
タイトルは『神泉家の秘宝を穢す大罪人』。
(まったく、大げさなタイトル付けてくれて)
内容はというと、ざっと見る限り、明らかな彬に対する誹謗中傷。
同族婚しか許されない神泉家の後継者に、彬の方から誘いをかけた、といった話だった。
(あえて『穢された』っていうなら、僕の方だからね!)
反論は多々あったが、真実は申し開きできない。
そのうっぷんは、すべて貴頼に向かうだけだった。
「藍田くん、これ、本当のことなの?」
「彬くん、もしかして、手当たり次第に女の子に手を出すようなことをしていたの?」
「彬、氷姫に手を出すなんて、自殺行為だぞ!?」
教室に入ると、自分の派閥の生徒にさえ、非難の目を向けられる。
おかげで、圭介が予想していた通りの扱いになっていることはすぐにわかった。
彬はにっこり余裕の笑みを浮かべて、自分を囲むクラスメートを見回した。
「やだなー、みんな。僕、そんなことしないよ」
「写真は合成だとでもいうのか?」
「そうじゃなくって、彼女とは真面目にお付き合いしてるんだ。どっかの誰かが盗撮して、勘違いしたみたいだけど」
「けど、相手は神泉家のご令嬢だぞ? 妃那様だぞ?」
「そう。けど、お互いに好きになっちゃったものはしょうがなくて……。だから、ずっと隠して付き合ってきたんだけど、最近、向こうの親にバレちゃってさ。おかげで、別れさせるために婿候補なんかよこされちゃったり……」
クラスメートの目つきが一気に和む。それどころか同情さえ垣間見える。
悲劇の王子様。一応、やってみたけれど、効果はあるらしい。
「これからどうするんだ? 相手が妃那様じゃ、認めてもらえないだろ?」
「うん、わかってる。けど、そう簡単に諦められるものじゃないじゃん。だから、少しでも長く一緒にいたくて。絶対にダメっていうところまでは頑張りたいんだ」
「おまえ、モテモテなのに、どうしてそんなに苦しい恋に走るかなあ……」
「運命って奴?」と、彬は笑った。
女子の間でほうっと切ないため息がもれる。
それからもちろん、いつから付き合っているのか、きっかけは何だったのか、彬の前では妃那はどうなのかなど、好奇心からくる質問が続く。
相手はみんなの憧れの『氷姫』なのだ。知りたくて仕方がないのだろう。
貴頼の派閥の生徒でさえ、こちらをチラチラと気にして、話を聞いているようだった。
特に男子なので、もしかしたら、貴頼が妃那のイトコだから、そっちの派閥に入ったのかもしれないと、改めて思った。
「けど、ほんと誰よ。こんなひどい投稿の仕方して。何も知らないくせに、勝手に載せないでって感じ」
「最悪だよな。せめて事実関係くらい確かめてから投稿すりゃいいのにさあ。『熱愛発覚』って」
「なんか、嫌な感じよね。わざわざ藍田くんを陥れようとしているみたい。なに、この『大罪人』って」
不穏な空気が漂い始めるので、彬はみんなをなだめた。
「もう、そんな気にしなくていいよ。投稿した人もまさか、彼女が神泉以外の男と付き合うなんて考えてもみなかっただけかもしれないし。みんなもびっくりするくらいだから、仕方ないんじゃない?」
「まったく、彬は人がいいっていうか……」
「これもあっちのグループの嫌がらせなんじゃない?」
「ダメだよ。証拠もないのに疑ったら」
彬はじろりと貴頼をにらみながら笑った。もちろん向こうもにらみ返してきたが。
(こっちの方こそ、弱み握ってるんだけど? もみ消された傷害事件、バラしてほしいのか?)
この噂は婿候補たちの耳にも当然入るわけで……
次話、圭介の方の話になります。




