18話 脅しには乗らないけど……
彬視点で続きます。
彬のアドバイスが効いたのか、その後の妃那は候補者たちと順調にデートを重ねていっているらしい。
彬と会う頻度は以前と変わりがないので、その度に様子を聞いてみるのだが、これといって問題は発生していないという。
というか、わりと楽しんでいるらしい。
候補者たちも選ばれようと必死なのだ。
相手が『不思議ちゃん』とわかれば、それなりの対応策を考えてくる。
そのうち一人は、妃那のツボを心得ているらしく、最初のデートは猫カフェ。
2回目のデートは週末をがっつり1日取って、船に乗ったことのない妃那をランチクルージングに連れていった。
運よくクジラが見られたと、妃那は大喜びだった。
ほっとしたのもそれぞれ2回のデートまで。
3回目が始まるとなると、彬はどことなく不安に襲われてきた。
そのデートがそれぞれ終われば、その次は妃那が抱かれることになる。
比較するためにもそうした方がいいと思ったが、この土壇場までくると、後悔と変な焦りで落ち着かなくなってくる。
昨日の放課後も、妃那からそんな楽しい週末の話などを聞くと、何でもないフリをしていても、心の底にイライラがたまってくる。
それを吐き出すように妃那を抱くという繰り返し。
桜子の時と違って当人相手では、吐き出したからといってスッキリできるものではない。
時間が経てば経つほど、それは蓄積していくようだった。
そんなこんなであまりご機嫌麗しくない日だというのに、昼休み、彬はクラスメートに屋上に呼び出された。
女子ならともかく、男子に呼び出されることはほとんどない。
しかも、敵対する貴頼の派閥に入っている男子がわざわざ彬を呼び出してきたとなると、それなりに警戒する。
「何か用?」
呼び出した相手――戸村は先に来ていて、彬はよそ行きの笑顔を浮かべた。
「おれさあ、ヤバいもの見ちゃったんだよね」
戸村はそう言って、スマホを開いて写真を見せてきた。
それは、彬と妃那がキスをしているところだった。
服装からしても、池袋に行った時の写真。
(やたら見られている気がしたのは、このせい? けど、もう10日前の写真、なんで今さら見せてくるんだろう)
とはいえ、微妙にマズい気がしてくる。
この付き合いは妃那の父親に認められているとはいえ、条件付き。
身内だけの話で、公にしないことと約束してある。
妃那の婿候補すら知らないのだ。
条件をクリアした暁には、公にしてもいいのかもしれないが、今はその時ではない。
(これ、バレたら、やっぱり関係は強制終了?)
「で、何がお望み?」
彬はそんな胸の内を悟られないように笑顔で聞いた。
「なに、やっぱりバラされたら困るの?」
「バラされて騒ぎにならないに越したことはないから、君の要求を聞いてみようと思ったんだけど?」
彬の余裕の笑みが奇妙なのか、戸村は一瞬ひるんだように見えた。
(もともとの立場は、こっちの方が上なんだよ?)
「うちに融資するように、お父さんに頼んでくれない?」
「融資? 君の家、IT系の企業だっけ? いわゆるIT成金」
「バカにしてるのか?」
「別に。なんで融資が必要なのかと思って。うちじゃなくても、銀行ならいくらでもあるじゃん」
「経営難で、どこにも相手してもらえなくて……」
「悪いけど、返せる見込みのない金を貸すほど、銀行もお人よしじゃないよ。どこの銀行にも相手にされないんなら、うちなんてなおさら相手にしない。優良銀行ってそういうことじゃない?」
「けど、バラされたくないなら、それくらい何とかできるんじゃないのか?」
「残念だけど、子供同士のケンカに口出すほど、うちの親、甘くないんだよね」
「別にケンカじゃないだろ?」
「いや、ただのケンカ。貴頼に言われてきたんだよね?」
戸村は図星だったのか、ぐっと詰まった。
「だよなー。写真を撮ったのが君だったら、真っ先に貴頼に見せるよね。僕を陥れる材料になるんじゃないかって、コビ売るために。
もしかしたら、融資の件もあいつに頼んだんじゃない? 違う?」
「杜村くん、最近金回りよくないみたいで、お父さんのコネも使えないって。だから、君に直接話した方がいいって」
それを聞いて、思わず笑ってしまった。
(あいつ、圭介さんへの傷害事件で、本当にお父さんに見放されたんじゃん。ざまーみろだ)
彬はなかなか笑いが収まらず、戸村に奇妙な顔で見られた。
「あ、ごめん、ごめん。で、君はそれを素直に聞いて、僕を呼び出したわけだ」
「だから?」
「君、貴頼にいいように使われてるだけじゃん。僕にそんなこと頼んだって、断られることくらい、あいつは知ってるよ」
「じゃあ、なんでだよ?」
「その写真を公開する口実が欲しかっただけ。他にも持ってるんじゃないの? この写真撮ったの、10日も前だよね? その間、脅しのネタを探して、僕のこと嗅ぎまわってたんじゃないの?」
戸村は彬をにらみつけながら、ポケットから写真の束を取り出した。
彬はそれを受け取って、パラパラと見ていく。
彬と妃那がホテルに入っていく姿、出ていく姿。
この週末に秋葉原に行った時、街を二人で歩く姿。
メイド喫茶に入っていくところ、出てくるところ――などなど、かなりの枚数だ。
(うわ、メイド喫茶の中まで撮られてるよ……)
そもそも妃那がメイド喫茶のオムライスを食べたいというので、秋葉原に行ったのだ。
メイドにケチャップでハートを書いてもらっている間、彬が恥ずかしそうにうつむいているところまでしっかり写っている。
明らかに全部隠し撮りで、プロの仕事だ。戸村が撮ったものではない。
「……君んち、経営難なんだから、こんなことにムダ金使ってどうするの?」
「先行投資したっていいだろ?」
彬は写真を見終わって、戸村にドンと突き返した。
「きれいに撮れてる写真があったら、買ってもいいと思ったけど、残念」
(ああ、でも、メイド喫茶のあの人の笑顔は、ちょっと欲しいかも……)
「交渉不成立で、バラしていいってことか?」
「いいけど、バラして、君に何の得があるの? だって、君のうち、誰も助けなければ、もうじき倒産するんでしょ? 倒産すれば、そのまま学校も退学。僕とは無関係の世界に行くだけなのに、僕の弱みを握ったところで、意味なくない?」
戸村は唇をかみしめて、彬をにらんでいたが、その目に涙が浮かんでいるのが見えた。
「バラさないから、何とかしてくれないか?」
「その写真、貴頼に見せる前に直接僕に見せてきたら、何とかできたかもしれないけど、もう遅いよ。君はあいつのただの捨て駒。じきに写真を公開する気だよ。あいつが写真のデータを持ってるんじゃない?」
「コピーは渡してある……」
「ということだ。君には同情するけど――」
彬は一歩踏み出して、戸村の胸倉をつかんで引き寄せると、至近距離でにらみつけた。
「あいつに言っておいてくれる? これ以上、余計なちょっかい出してくるようなら、今度こそ地獄に落としてやるって」
彬は戸村を突き放し、その場を立ち去った。
そのまま目指す先は、2年生の教室だ。
父親があてにならないのは、ウソでもはったりでもない。
こんなことで泣き付いても、動いてくれない人だと良くわかっている。
だからここは、事情も全部わかっている圭介に助けを求めるのが一番だ。
圭介は頼りになるか?
次話に続きます!




