14話 デートするのは難しい?
彬視点です。
翌日、朝から彬はホテルに来ていた。
圭介の電話の時点では約束をしてあったわけではなかったが、それからじきに妃那から明日会おうとメッセージが来たのだ。
「あのさ、たまには外に出ない? 天気もいいし、朝から部屋にこもっているのもどうかと思って」
自分で言って、変な気がした。
朝起きて、朝食をとって、出かけてきて、そして、今また薄暗い部屋でベッドに寝転がっている。
ものすごく不健全な気がしてきた。
「何をするの?」
「ランチに行くとか」
「わざわざ外で? デリバリーではだめなの?」
「なんか、いつも同じだし。たまには違うものでも、とか思ったりするんだけど」
「何か食べたいものはあるの?」
「君は?」
「わたし? そうね、ファミレスというところに行ってみたいわ」
「君の家の料理に比べたら、あんまりおいしくないと思うよ」
「なら、ハンバーガー。お父様がダメと言って連れていってくれないの」
「マックとか?」
「そう。あちこちにあるでしょう? いつも気になっているの」
「じゃあ、マック行く?」
「それならいいわ。今、車とボディガードを手配するわね」
「……車はともかく、ボディガード?」
「外を歩くのは危険だもの。必要でしょう?」
「君、お父さんや圭介さんと出かける時も、いつもボディガードつけてるの?」
「いいえ。お父様は武術の達人だし、圭介とは1回デートをしただけで、その時は圭介が弱いということを知らなかったのよ」
「……じゃあ、僕もいらないんじゃない? 一応、剣道、柔道、空手、全部有段だよ。暴漢くらい軽く倒せる」
「あら、そういえばそうだったわ。では、車だけ手配するわね」
妃那はスマホを取り上げて、いつものように車を呼ぶ。30分後には到着するらしい。
シャワーも浴びてあるし、後は支度をするだけだ。
「髪を洗わなかったけれど、いいかしら」
妃那が気にしたように自分の髪の匂いをくんくん嗅いでいる。
「留めていけばいいんじゃない? やろうか?」
「お願い」と、妃那はクリップを渡してくる。
彬はそれを受け取って、妃那の背後に回って髪をとかし始めた。
「ねえ、彬。圭介に頼まれたの?」
「何が?」
「デートするようにって」
「まあね。君がイヤだって言うなら、無理強いするつもりはなかったけど」
「わたしとデートしたかったの?」
「うーん、今まで考えてみなかったけど、圭介さんに言われて、1回くらいどうかなーと思った」
「わたしは彬と一緒なら、セックスしている方が好きだわ」
「まあ、でも、一日中してるわけじゃないし。こうやって午前中から会うなら、お昼に出かけて、ちょっと街をプラプラして、また戻ってきてもいいんじゃない?」
「わたしが途中で発情してしまったら困るでしょう?」
「最悪、トイレでもどこでもできるんじゃない?」
妃那が突然振り返るので、留めようとしていたお団子が崩れてしまった。
「ああ、もう、やり直しじゃないか」
「彬、そんな興奮させることを言われたら、わたし、ガマンできなくなりそうよ」
妃那が興奮した顔で押し倒してくる。
「君、変態?」
「提案した彬の方が変態ではないの?」
「提案してないって。最悪の場合に備えての話」
「その最悪の場合は、どうも高い確率でやってきそうなのだけれど?」
「じゃあ、車が来る前になる早で発散していってよ」
それも可能なのは、妃那がすでにやる気満々になっているからなのだが。
しかも、上にまたがって刺激されれば、彬もまた準備万端になってしまう。
(……やっぱ、デートするって難しくない?)
それでも、バタバタと支度をして、車が到着する寸前にはホテルの前に出られた。
「時間、ギリギリ……」
車に乗り込んで、ひと息つく。
最寄り駅付近にもマックはあったが、わざわざ車で行くほどの距離ではないので、せっかくなので池袋に行くことにした。
東口駅前で車を下りて、あまり来ることのない街なので、スマホで場所を確認しながら歩いていく。
「ねえねえ、彬。池袋というのは秋葉原に続いて、アニメの街なのでしょう?」
隣を歩く妃那を振り返ると、きょろきょろと辺りを見回していた。
「そうかも。アニメに興味あるの?」
意外に思いながら、聞いてみた。
「いいえ。アニメそのものには興味ないわ。けれど、オタク文化というのは、日本の経済を支える担い手なのよ。オタクと呼ばれる人たちをじっくり観察してみたいと思っていたの」
「それ、珍獣とかじゃないからね。じろじろ観察したら、かなり失礼だよ」
「ダメなの?」
「君がオタクになれば、情報交換できるんじゃない?」
「それは不可能な話ね。オタクというのはその世界に没頭する人なのでしょう? わたしはいろいろなところに興味を持ってしまうから、一つのことには夢中になれないわ」
「なるほど。じゃあ、今度、デートする時は秋葉原に行ってもらったら? とりあえずの興味は満たされるんじゃない?」
「それはいい考えね。でも、行く先は相手の人に決めてもらっているから、わたしが決めてしまっていいのかしら」
「いいんじゃない? とりあえず、相手の出方を見れば。相手がどうしても行きたいところがあって、君も行きたいと思えば、そっちにすればいいし。意見が一致しなければ、話し合いで今回はこっち、次回はあっちみたいに決めればいいだけの話だよ」
「わかったわ」
マックに入ると、休日のせいか、かなり込み合っていた。
「え、これで注文するの?」と、妃那は注文用のパネルの前で驚いている。
「そう。ここで選んで、会計して、あっちで受け取る」
彬が説明してやると、妃那は目をキラキラさせてパネルに映し出される画面をどんどん見ていく。
(……タブレットで慣れてる人が、今さら?)
「ねえ、どれを選べばいいのかしら。いろいろあって、わからないわ」
「好きなの選んでいいけど、肉の方がいい? 魚の方がいい?」
「彬は?」
「僕、いつも魚にしているけど」
「いつもということは、おいしいということなんでしょう? わたしもそれにするわ」
「じゃあ、あとはポテトとドリンクのセットにして、飲み物は何がいい?」
「コーラがいいわ」
「そんなの飲むんだ」
「お父様がダメだというから」
「ダメって言われるものは飲まない方がいいと思うけど」
「あら、このお店だってダメだと言われていたのだから、今さらではないの?」
「……確かに。じゃ、僕もコーラにして、会計、と」
「はい、カード」と、妃那が出してくるのを手で押しとどめた。
「いいよ、これくらい僕が払うから。いつもごちそうになってるし」
「あら、そんなことを気にすることはないのに。ホテル代、使っていないし」
「それは君が先払いしただけでしょ? だから、ここはいいんだよ。ていうか、何気に君のおかげでこづかい上げてもらったし」
「わたしのおかげ?」
「君、薫子に特許あげただろ?」
「ええ。血のお礼に」
「その特許、数億の価値があるんだって?」
「何もしなければ、ただのゴミよ」
「そうかもしれないけど。まあ、うちの父さんが欲しいって言って、薫子からもらう代わりに、僕たちのこづかいを上げてもらったんだ」
「あら、よかったじゃない」
「そんなあっさり。数億だよ? そんな価値あるもの、ポンとあげちゃっていいの?」
「大した金額ではないでしょう?」
「ええー……。すごい金額だと思うけど?」
「彬のお財布に2千円入っていて、1円をあげるのは、大変なことなの?」
さりげなく財布の中を見られていて、彬は少し恥ずかしくなった。
「1円くらい、とは思うけど、お金は大事だから、あげる相手によるんじゃない?」
「彬なら誰にあげれば大したことないと思うの?」
「うち、慈善事業やってるから、そういうところに寄付するとか。1円でも積もれば大きいからね」
「ふーん」と、妃那は感心したように目を輝かせている。
「面白い?」
「ええ、面白いわ。1円でも積もれば大きい。素敵な言葉だと思って」
「つまり、お金は大事って話。さ、できたみたいだから、席探すよ」
カウンターでプレートを受け取り、1階席は満席のようなので、2階に上がった。
テーブル席は空いていなかったので、窓際のカウンター席に並んで座る。
大きな窓越しには暖かい日差しがさんさんと差し込んで、開放感があった。
たくさんの人が行き来する往来を見下せば、世の中の人と同じく、休日を楽しんでいる気分になれる。
(やっぱり、昼なら外の日差しを浴びるのも悪くないよな。せっかくの春なんだし)
「わたしね、こういうふうに手で食べるものが好きなのよ」
妃那は包み紙を開いて、ハンバーガーをぱくりとかじる。
「まあ、学生なら普通なんだけどね。お父さん、君みたいなお嬢様にはやらせたくないんじゃない?」
「あら、本当においしい」と、妃那は子供のように目を輝かせた。
「そうなのよ。レストランでピザを食べた時も、ナイフとフォークを使うのよ。だから、家で食べる時は手で食べたわ。そちらの方が断然おいしく感じられるの」
「君、でかけるの渋ってた割には、楽しそうだよねえ……」
「ええ。外は好きよ。いろいろ見るものもあるし、好奇心が刺激されるわ」
「で、なにやらかしたって? 昨日のデート」
「圭介から何か聞いたの?」
「デートにならないって言ってただけで、詳しく聞いてないんだけど」
「あら、わたしは『精子をもらえるかしら?』と、普通に聞いただけよ」
げふっと彬は食べかけのハンバーガーにせき込んだ。
「それ、どういう意味!? そいつの子供が欲しいって言ったの!?」
次話、このまま続きます!




