3話 入学式から嫌な空気が……
高校入学式当日、圭介は駅から徒歩15分の道のりを歩いていた。
というより、悪態をつきながら登っていた。
圭介の入学した私立青蘭学園は駅から延々と続く険しい上り坂の上にあるのだ。
公共のバスもない。
上流階級御用達のエスカレーター式の名門学園、授業料もケタ外れに取っているのだから、スクールバスくらいあってもよさそうなものだ。
しかし、圭介が青蘭学園の正門にたどり着いた時、ここに徒歩で向かう生徒はいないということに気づいた。
広大な敷地の一部が駅前のロータリーのように整備されていて、次々と入ってくる高級車から生徒が下りてくるのだ。
「ちくしょー! 最寄り駅までの定期じゃなくて、送迎車を用意しろよ!」
そんな広い庭の向こうには西洋の城のような建物が3つ並んでいる。
それぞれ入っていく生徒の年頃から推測するに、左から初等部、中等部、高等部になっているらしい。
圭介は初めて来る学園に迷いながらも高等部の正面玄関に到着。クラスを確認するため、生徒の群がる掲示板へ向かった。
自分の名前をA組に見つけ、『藍田桜子』の名前も同じクラスの中に確認。
貴頼は受験してもいない学校に生徒をひとり入学させることが可能なのだ。
クラスを一緒にするくらい簡単なのだろう。
(てか、あいつ、いったいどんだけの権力持ってんだよ?)
圭介からすると校舎に入るのも初めてで、どこに教室があるのかさえもわからない。
同じクラスらしき男子が近くにいたので声をかけてみると、意外と親切な奴で教室まで案内してくれるという。
「高校からの編入? 珍しいね。帰国子女とか?」
「いや。中学は普通に公立」
圭介の返事に男の顔が引きつったように見えた。
「……そうなんだ。親は何してる人?」
「母親が飲み屋で働いてるけど」
「働いてるって、経営してるんじゃなくて?」
「普通に雇われだよ」
男は無理やりのように愛想笑いを浮かべたかと思うと、「教室はこの階段を上ってすぐだから」と言って、逃げるように駆けて行ってしまった。
(なんなんだ!? ここまで来て、普通置いていくか!?)
あいつとは友達にはなれそうもないと思いながら教室に到着すると、入った瞬間ざわめいていた室内がしんと静まり返った。
そこにいた生徒たちが圭介をちらちら見て、ひそひそと言葉を交わしている。
『貧乏人』という言葉がそこかしこから聞こえてくるところをみると、先ほど途中まで案内した男子が言いふらしたのかもしれない。
一言で言って、『嫌な感じ』だ。
まるで害虫を見るような視線が圭介に向けられている。
(おいおい、金持ちのご子息、ご令嬢にしては気品というものが足りないんじゃないか?)
クラスメートたちのそんな視線をかわすように圭介が黒板を見ると、席順が書いてあった。
出席番号順になっている圭介の席は、1番前の窓から2列目。
監視するには不都合な位置だ。しかも、出席番号1番の藍田桜子は隣の席になる。
これでは必要以上に近づくな、と言われても近すぎてしまう。
(いやいやいや、これは必要の範囲だから、契約違反には当たらないだろ)
それが問題だというのなら、苗字を変えて、出席番号を変えてもらうしかない。
いくら貴頼でもそこまではしないだろうと、圭介は納得しておいた。
いったい藍田桜子とはどんな人物なのか。
ここまで来て、圭介はようやく興味がわいてきた。
この学校に通うということは金持ちのお嬢様なのは確かだ。
監視されるということは、わがまま放題に何かをして、貴頼の恨みでも買ったのか。
(それで、仕返しの機会でも狙われてるとか?)
圭介は自分の席に座りながら、クラスの中にいる女子をちらりと振り返ってみた。
同じ制服を着ているものの、高校に入ったばかりだというのにすでに化粧をしているし、男の圭介から見ても、美容院で金をかけた髪型をしていると思う。
少なくとも同じ中学にこういう女子は存在しなかった。
(おれ、お嬢様の習性なんてわからんのに、何を観察して報告しろって言うんだ?)
圭介がため息をつきながら机に頬杖をついた時、一人の女子生徒が戸口に姿を現した。
圭介が教室に入って来た時と同様、クラスの中がしんと静まり返った。
しかし、あの時と違って、どこか興奮したような浮足立った気配を感じる。
女子の抑えきれない悲鳴のような歓喜の声、男子の『ひと目で恋に落ちました』状態の呆けた眼差し。
もちろん、その男子には圭介ももれなく入っていた。
次話、この場面が続きます。よろしければ、続けてどうぞ!