12話 心配は取り越し苦労だったのかも?
圭介視点です。
夕食後、圭介が部屋で家庭教師を待っていると、ドアがノックされた。
早く着いたのかと思って「どうぞ」と声をかけると、戸口に姿を現したのは、妃那の婿候補の一人、北条由隆だった。
京都から来ている由隆は、長めの茶髪で、女性的な顔立ち、ほっそりとした体躯だ。
(普通にモテ顔だよな……)
「圭介さん、ちょっといいですか?」
少し関西系訛りのあるイントネーションに味がある。
「ああ、うん。家庭教師が来るまでもう少し時間あるから」
「圭介さんの部屋、広いですねー」
由隆は興味津々に圭介の部屋を見回している。
「そう? 君の部屋、狭い?」
「いや、全然。ここよりは狭いくらいで、実家より全然広いです」
「どう? 生活は慣れた?」
「まあまあですねー。やっと週末が来るので、東京見物ができます」
「それで、何かおれに話でもあるのか?」
「で、で、圭介さんに聞きたかったんですけど、妃那さんをデートに誘おうと思ってるんです。どういうところに連れて行ったら喜ぶのかなーとか思いまして。東京、まだよくわからないので、圭介さんにお勧めスポットを聞こうと思って」
「……あれ? 妃那に誘われなかった?」
「ホンマですか? 妃那さん、僕に気があるんですか?」
「あ、ごめん。ぬか喜びさせて。一応、君たち3人をよく知るために、デートすることになってるんだ。てっきり、今日、誰かと一緒だと思ったんだけど」
「僕たちじゃないですね」
「あ、そう」
(明日からって言ってたくせに、また彬と会ってるのか)
「どっちにしろ、デートできるってことなんですよね? どこがいいですか?」
「妃那、なんだかんだで伯父さんとあちこち遊びに行ってるからなー。基本的に子供の好きそうなところは好きだと思うよ」
「遊園地とか?」
「うん。動物園のふれあい広場とか。あとは美術館、博物館。変わったとことか、好奇心が刺激されそうなとことか」
「変わったとこ? 例えば?」
「夢の島とか工場見学とか、普段行かないような場所」
「そんなとこ、簡単に行けるんですか?」
「執事の藤原さんに頼めば、だいたいオーケーだと思うけど」
「さすが本家ですねー。やっぱ、すごいです」
「婿になりたくなる?」
「そりゃまあ。実は新年会で初めて妃那さんに会って、正直ひと目ぼれだったんですよ。あんなきれいなお嬢さんいるんだなーって。で、この話をいただいて、これは運命だって思いました。他に二人いますけど」
「競争激しいけど、頑張って」
「圭介さんは藍田グループの後継者なんですよね? すごいですねー」
「後継者、まだなってないし」
「そうなんですか?」
「婚約しただけだから、それは社会人になってからの話」
「婚約だけでもすごいですよ。どうやって、桜子さん、射止めたんですか?」
「どうやってと言われても……。こっちはほとんどひと目ぼれで、あとは友達づきあいしているうちに仲良くなって、付き合うようになったって感じかな」
「すごいですねー。あんな美人さんと婚約なんて、うらやましいです。王太子妃候補にまでなった人ですよね」
なんだか短時間に「すごいですねー」ばかり連発されると、頭がぐらんぐらんとしてくる。
(おれ、あんまりほめられ慣れてないんだよ……)
家庭教師が入ってくるまでそんな調子で「すごい」が繰り返され、なんだか疲れてしまった。
翌朝の登校時――
「おまえ、昨日、婿候補とデートじゃなかったのか?」
圭介は隣に座る妃那に声をかけた。
「彬と会っていたの。だって、一昨日はお父様のせいで全然物足りなかったんだもの。考え直して、デートは別の日にしたのよ」
「で、彬は元気だったのか?」
「ええ。昨日はとてもご機嫌のようだったわ」
「ご機嫌?」
「今ね、わたし、彬を好きな理由を探しているの。どうしてそこが好きなのか、どうしてそれは彬でなければならないのかって。宿題が出ているのよ」
妃那はうれしそうに笑って言う。
「へえ。おまえも楽しそうだな」
「ええ。彬はそれを聞くのがうれしいんですって。わたし、彬のうれしそうな顔を見るのが好きだわ。……あ、これも彬を好きな理由なのかしら。次回はこれで行ってみるわ」
圭介は思わずくすくすと笑ってしまった。
(結局、それほど心配することもなかったんだな)
彬は彬でうまくやっている。妃那の扱い方をちゃんと心得ているのだ。
でなければ、今までいい関係を続けられたわけがない。
時間と共に相手が見えてくるから、『好き』と思う部分は増えていく。
妃那がそれを見つけ出せるのなら、やはり『恋』に他ならないだろう。
上手いやり方だ、と、圭介は感心した。
さて、婿候補とのデートはいかに?
暗雲しか立ち込めてこない次話になります。




