10話 本当に理解はできたのか?
前話の続きです。
「ねえ、圭介、どうしたら『正解』は見つかるの? そもそも、その『正解』は必ず存在するものなの?」
妃那が改めて聞いてくる。
「彬ではならない理由を見つけるって、どういうことだと思う?」と、圭介は問い返した。
「意味のないことだと思うわ。だって、彬は彬でしょう? 他の誰でもないもの。当然としか答えられないわ。けれど、それは『正解』ではないのでしょう?」
「うん。少なくともそれはわかっているわけだ。つまり、違う意味がそこにあるってことだろ?」
「どこに他の意味があるというの?」
「言葉通りに考えるんじゃない。『彬でなくてはならない理由』というのは、おまえが彬に対して恋をしてるのかどうかを問うものなんだよ」
「恋? わたしたちの関係はそういうものとは無縁のもののはずだけれど? セックスフレンドとはそういうものでしょう」
「そうだよ。おまえがその言葉通りの関係だと思うのなら、『正解』はそもそも存在しない。だって、そこには彬でなければならない理由はないんだから。性欲発散できれば、他の誰でもいいってことになるだろ?」
「ええ、その通りだわ」
「それなら、今いる候補の誰でもよくなるから、伯父さんは彬には身を引いてもらうことにする」
「結局、お父様は最初から彬との関係を終わらせるつもりだった。そういうことでしょう? とてもバカバカしい話だわ」
「けど、もし、その関係が言葉通りのものでなかったら、『正解』は存在することになるよ」
「わたしたちが恋人同士だとでも言いたいのかしら? それは間違っているわよ。彬が好きなのはわたしではないもの。わたしが好きなのも圭介だもの」
「おまえがどう思おうと、彬の方はおまえに対して『恋』という感情を持っていると伯父さんは判断した」
妃那はじいっと考え込んでいるかのように目を見開いて、ぶつぶつと何かつぶやいている。
「……ええ、そうね。確かに彬は『わたしでなければならない理由』の『正解』を持っていると言っていたわ。それはこういうことだったのかしら……。つまり、わたしも同じように思ったとしたら、それは『恋』ということになるのかしら……」
「だからな、妃那。伯父さんはもしも、おまえにも彬に対してそういう感情があるのなら、『恋人同士』として二人の関係を認めたいと思ったんだ。
それは他でもない、伯父さんのおまえに対する愛情の証なんだよ。神泉家のしきたりより、おまえには好きな人と幸せになってほしいって願っているんだ。だから、彬に条件を出したんだよ」
「でも、わからないわ。『恋』が『彬でなければいけない理由』なら、恋をしているのかどうか、どうやって判断すればいいの?」
「じゃあ、一つ簡単にわかる方法を教えようか?」
「聞きたいわ」
「他の男と比べてみればいいんだよ。今までおまえの周りには、おれと彬くらいしかいなかった。今は、候補が3人いるだろ? その3人と比べて彬の方がいいとなれば、それが彬でなければいけない理由の一つになる」
「バカバカしいわ。あの人たち、うちの財産が目当てなだけでしょう? 相手にするだけムダだわ」
「そうかな? おまえ、彬と最初に会った時、興味ない、イヤな奴って言って、近づこうとしなかったよな? けど、何度も会って話をするうちに、今は違う印象を持つようになっただろ?」
「その通りだわ」
「だから、あの3人も実際に話をして、相手のことをよく知ったら、おまえの印象も変わる可能性がある。それは分析ではわかりえないことなんだよ」
「わかったわ。ちなみに、わたしはあの3人とセックスをしてもいいのかしら」
智之の眉が不機嫌そうにぐっと上がる。
「……ええと、したいの?」
圭介は智之の顔色をチラッチラッとうかがいながら聞いた。
「したいかしたくないかの前に、比べるのなら、身体の相性というのは一番大切なことでしょう? 彬とのセックスは最高なのよ。それ以下の人では話にならないわ」
(そっから入るのか……)
「それは伯父さんの判断に任せたいんですけど……」
智之の顔に『葛藤』の文字が浮かんでいる。
許可すれば、娘はやりたい放題に男と関係を持ってしまう。
許可しなければ、比較する前に彬との身体の関係を理由に、『彬でなければダメだ』と判断されてしまう。
それでは期待する恋の形とは、遠く離れていってしまう。
つかの間の葛藤を終えたのか、智之は深く息をついた。
「いや、それはダメだ。彬くんと比べるのなら、それ以外の部分でのみ判断すること」
「けれど、わたしにとっては大切なことなのよ。もしも他の誰かが彬より他の部分が良かったとして、セックスをしたらダメだったということになったら、わたしは彬を失うことになって、とても不幸だわ」
再び智之は考え込む。本人は気づいているのか、「うーん」を連発していた。
おそらく頭の中には、『性生活の不一致』という言葉が浮かんでいるのだろう。
「まずはそれぞれの候補を知るために、身体の関係はなしで最低3回はデートをすること。結果、その誰かとそういうことをしたいと思ったら、行動に移す前に私に報告。その男のどこが気に入ったのかを聞きたい。私が納得できたら、試してみるといい」
「わかったわ。では、明日から一人ずつデートをしてみます」
「……ちなみに、どこに行くつもり?」
あまりにあっさり納得する妃那に、圭介は不安しか覚えない。
「相手に決めてもらうわ。それも相手を知るための良い方法でしょう?」
「うん、なるほど。おまえにしてはいい考えだ」
「では、わたしは何かを食べるわ。お二人とも、おやすみなさい」
妃那はすくっと立って部屋を出ていく。
残された男二人はドアが閉まってから、深いため息をついた。
「これでよかったのか……?」
「様子を見てみるしかないですね……」
さて、妃那は正しく理解できたのか?
次話、彬との後日談になります。




