9話 『わからない』が多すぎる
圭介視点です。
夕食の後、圭介は部屋に戻りがてら智之に呼び止められた。
「昨日、彬くんに会って、話をしたよ」
「ほんとですか? それはまた墓穴を掘る行為で……」
圭介が少し呆れて言うと、智之は苦笑で返した。
「うん。あの子、本当に藍田氏の息子なのか? もっとクセがあって、笑って嫌味や皮肉を言うような鼻持ちならない子供をイメージしていたのに、全然違うんだから」
「……それ、藍田氏のイメージですか?」
智之はあっさりとうなずく。
「前もって調べておいた情報では、成績優秀、品行方正、スポーツ万能、容姿端麗。非の打ちどころのない子だと思ったけれど、絶対裏には何かあると思っていたんだ」
「猫はかぶってるみたいなので、全然ないとは否定しませんけど。ていうか、結局調べたんですね」
「やはり気になるだろう?」
「それで会うことにしたんですか?」
「妃那が彼でなければダメだと言い出す可能性も視野に入れるようにって、君に言われたからね。一応、3人に比べてどれだけ差があるものなのか、前もって知っておいた方がいいと思って」
「あいつ、いい奴だったでしょう」
智之は素直にうなずいた。
「正直、あの人が親で、どうしてあそこまで純粋で素直で思いやりのある子に育つのか、理解できない。まだまだ子供なのに、自分の立場もわかっているし、物事をきちんと理性的に判断する。私の問いかけに完璧以上の答えを返してくる」
「まさか、『お父さん面接』合格ですか?」
「まだ仮採用だ。本採用にするための条件は出してきた」
「条件とは?」
「妃那が彼でなければならない理由を見つけること」
「それはまた難題ですね……」
「もともとそんなことを言うつもりはなかったんだ」
智之は自嘲気味に笑った。
「というと?」
「妃那はいずれ神泉の一族の誰かと結婚するから、この関係もその時までだと言って終わるつもりだった。関係を認めてしまった手前、勝手に意見を変えるわけにはいかないから、了承は予めつけたほうがいいだろう?
もっとも、少しでも気に障るようなことを言ってくれば、殴ってその場で終わりにしてくることも考えていた。
しかし、彼がどれだけ妃那のことを大切に思っているか、わかってしまって、父親として、妃那が幸せになれる相手と結婚してほしいと思ってしまった。だから、思わずそんな条件を出してしまったんだが……」
「撤回したいですか?」
「いや、二言はないよ」
「なら、伯父さんの提案は、妃那にとっても彬にとっても良いことだと思います。たとえどんな結末が待っていても、そこに至る過程で二人とも何か学ぶものがあると思いますし。
彬の負担がまた増えてしまうのがかわいそうですけど、あっちもそれで納得しているというのなら、しばらく様子を見ましょう」
そんな立ち話を玄関ホールでしていると、突然玄関のドアがバーンと勢いよく開いて、妃那が飛び込んできた。
智之の姿を認めるや、鬼のような形相で智之に食ってかかってきた。
しかも、たくさん泣いたのか、目は真っ赤に充血して、涙の名残が瞳に残っていた。
「お父様、彬に何を言ったの!? 何かひどいことを言ったの!? 彬が自分から身を引くなんて言うはずがないの! 絶対にお父様が何かしたからよ!」
「妃那、落ち着け。彬と会ってきたのか?」
圭介は今にもつかみかかりそうな妃那の腕をつかんでとどめた。
「そうよ! 彬がおかしくなってしまったわ! わたしに理解できないことばかり言うの! わたしは『知る者』なの。わからないことなんてあるはずないのよ! だから、おかしいのは彬の方なの!」
「妃那、とにかく落ち着いて。彬と何を話したのか、全部話してくれるか? その上で、おれと伯父さんがどういうことなのか、判断したいと思うんだけど。どう?」
妃那は荒い呼吸を繰り返し、やがて「わかったわ」と、うなずいた。
「ここではなんだから、おれの部屋に行こうか?」
妃那がうなずくので、その手を引いて2階に上がった。その後を智之もついてくる。
ソファに3人で座ると、妃那は今日彬に会ってからのことを全部話した。
会話をすべて記憶しているのか、そこには関係のない無駄話さえ含まれていた。
(……遺伝子って、おれのも調べられたのか?)
妃那は全部話し終わって、『わたしは間違っていないでしょう?』と言わんばかりに、圭介と智之を見てきた。
が、これは予想以上に彬に負担をかけていることに気づいて、圭介は罪悪感にさいなまれた。
「妃那、おれは彬の言いたいことがよくわかるよ。きっと伯父さんも」
「つまり、わたしがおかしいということ?」
「おかしいとは言わない。ただ、今のおまえに理解できないことなんだと思う」
「このわたしが理解できないことだというの?」
「そう。それで、おまえはこれからどうしたいと思ったんだ?」
「わからないわ。いっぱい考えたけれど、矛盾ばかりが生じて、答えがちっともまとまらないの」
「考えではなくて、おまえの気持ちを聞いているんだけど?」
「圭介も彬みたいなことを言うのね」
「うん。気持ちっていうのは大事なことだから。頭で考えて起こりえないことだとしても、気持ち一つで起こりえることになる場合もある。
強い気持ちは人を動かすんだ。人が動けば、未来も変わる。
だから、今、どういう気持ちでいるのかを知るということは、未来に何かの可能性を見つけることになるから、大切なことなんだよ。だから、おまえに聞いてるんだ」
「わたしの気持ち……?」
「彬に身を引いてほしい?」
「イヤよ。わたしには彬が必要だとわかっているでしょう?」
「これから先もずっと?」
「ええ、そうよ」
「じゃあ、そのために伯父さんを納得させる『正解』を見つけなくちゃいけない」
「お父様はどんな答えも『正解』にしたりしないわ。わたしを候補の一人と結婚させたいのだから。
彬はバカなのよ。お父様にダマされて、条件なんて飲んでしまうから。わたしにすべて任せておけば、何の問題もないのに」
圭介は何か言いたげな智之を目で制した。
「そう、おまえならできるよな。人の性格を分析して、起こりうる未来を想定する。計画を立てて、自分の目的を達成する。それが可能なことはよく知っているよ。
なら、伯父さんがどうして条件を出したと思う? 彬に身を引いてもらうようにダマすためか?」
「わからないわ。わたしの中で矛盾が生じていると言ったでしょう? 答えが見つからないのよ」
「彬も言っていた通り、今おまえの抱えているたくさんの『わからない』がわかった時、おまえは『正解』を見つけられると、おれも思う」
妃那の返事は、やはり「わからないわ」だった。
彼女の口から『わからない』をこんなに何度も聞くのは、初めてのような気がした。
次話はこのまま続きます。
本日の夕方までにアップします!




