表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結】監視対象のお嬢様にうっかり恋をしたら、高嶺の花すぎた――けど、あきらめたくないので、テッペン目指そうと思います。  作者: 糀野アオ@『落ち毒』発売中
番外編 人形に『愛』を知ってもらいます。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

294/320

8話 スタート地点が思ったより遠かった

 翌日、彬はいつものホテルで妃那と会うことにした。


 いつものように1回抱き合って、すっきりしたところで話を始めた。


「君のお父さんに会ったよ」


「問題なかったでしょう?」


「それはどういう問題を指してるの?」


「この関係を続けていくことに関して。お父様はやめろとは言わなかったのでしょう?」


「……うん、言わなかったね」


「だから、問題ないと言ったのよ」


「けど、それは今だけのことだよ。君のお父さんと話したのは、その先のこと」


「知っているわ。お父様がわたしを同族の誰かと婚約させようとしていること。

でも、どんなことがあっても、わたしは受け入れたりしない。あなたとずっと一緒にいると約束したんだもの。約束は守るわ。だから、それも問題ないでしょう?」


「僕が一緒にいてって言ったから、そう約束してくれたんだよね?」


「ええ、そうよ。あなたに死んでほしくないもの」


「じゃあ、他にも同じことを言ってくる人がいたら、やっぱり君は同じように約束をするの?」


「バカなの? それは前提からして間違っているわ」


「前提?」


「あなたとずっと一緒にいると約束したわたしが、どうやって他の人とずっと一緒にいられると思うの? わたしという人間が二人以上存在しない限り、物理的に無理な話よ。

だから、わたしは他の人と約束などしないわ。それくらいのこと、あなたにもわかっていると思っていたけれど」


「それはつまり、早い者勝ちってこと? 僕が君と最初に約束したから、それ以降、他の誰とも約束しないってことだよね?」


「ええ、そういうことになるわ」


 彬はため息をついた。


 スタート地点を改めて確認しようと思ったのだが、それは予想していた通り、先行きがすでに険しいことがわかっただけだった。


 そもそも妃那にとって、彬ではなければいけない理由というものが存在するのかどうかもわからない。

 たとえこの先、妃那が変わっていって、恋することを理解したとしても、その相手が彬だとは限らないのだ。


 だとしたら、今しようとしていることは徒労でしかない。


(単純な話、僕の片思いってことになって、振り向いてくれない相手を振り向かせる、そういうことなんだろうな)


「彬? 何を心配しているの?」


 妃那が身体を起こして、彬の顔をのぞき込んできた。

 彬は手をのばして、そっとその頬に触れた。


「心配……? うん、心配してるし、不安だし、怖いよ。このままだと君を失ってしまうから」


「どうして?」


「だって、君には僕でなければいけない理由がないみたいだから」


「意味がわからないわ」


「お父さんに条件を出されたんだ」


「お父様が何を?」


「君がどうしても僕でなければダメなら、これから先もこの関係を続けていいって。結婚もしていいって。

でも、そうでなかったら、僕は身を引く。そういう条件を僕は受けた」


「待って。わたしには全然わからないわ。わたしたち、ずっと一緒にいると約束をしたのだから、どんなことがあっても一緒でしょう?

そのためなら、わたしはお父様がよこす候補者など排除するし、結婚だって必要ならお父様を説得するわ。わたしに不可能なことはないのよ。あなたがそんな条件を飲んで、身を引く必要などないじゃない」


「そうだね……。けど、お父さんの望みは、君を神泉の人と結婚させることじゃないんだよ。君にとってたった一人、かけがえのない存在を見つけてほしいって思ってる。僕はそれが僕であってほしいと願ってるから、条件を飲んだ」


「やはり意味が分からないわ。人間は一人一人違うのだから、取り替えのきかない存在、つまり『かけがえのない存在』でしょう? 彬は彬で、他の誰でもないのだから、すでにかけがえのない存在なのに、どうしてそのようなことを願わなければいけないの?」


「意味合いがちょっと違うよ」


「どう違うというの?」


「うーん……。例えば、君にとって僕は性欲発散の相手だよね?」


「そうね」


「他の人としようとは思わない?」


「彬がいれば、必要ないもの。余計なリスクを背負うのはとてもバカげているわ」


「じゃあ、その僕が病気で1か月、もしくはもっと長く、君の相手をできなくなったら、他の相手を探す?」


「その可能性は高いわ。でも、そういう状況に陥る可能性が限りなく低いから、それもまた前提が成り立たないという結論になるのだけれど」


「……ちなみにどうして? 僕、病気にならないの?」


「あなたの遺伝子を分析したところ、何かしらの大病を起こすような配列異常は発見されなかった。もちろん、今現在までに報告された事例にのみ適応されることではあるけれど。これから先にそのような異常が見つかるという可能性はやはり低いでしょう。つまり、今のところ内的要因は見つからないということになるわ。

 外的要因としてウィルス等の感染症を発症した場合、すでにワクチンが存在するものは問題ない。ない場合でもわたしが作るから問題ない。そもそも、国内で未知のウィルスが発見され、そのウィルスにあなたが感染するという可能性は限りなく低いので、外的要因でも1か月以上の入院が見込まれる病気になる可能性は限りなくゼロ、ということになる。

 すべてを総合して、その前提は成り立たないという結論になるのだけれど」


「……あのさ、僕の遺伝子、いつの間に調べたの?」


「最近、遺伝子に凝っているの。いろいろな人のサンプルを集めて、分析するのは面白いのよ」


「……へえ。そういうサンプルって、一応、本人に確認してから使わない?」


「もしかして、いけないことだったのかしら……。落ちている髪を使ったから、ゴミだと思って気にしなかったわ」


「けど、遺伝子って個人情報の一種だから、いろいろ調べるのなら、本人に確認してからの方がいいと思うよ」


「わかったわ。もしかして、彬、勝手に使われて怒っている?」


「怒るほどのことじゃないけど、一応、何に使ってるかくらいは知りたいと思うよ」


「わかったわ。今夜にでもレポートを送る」


「うん……。で、話を戻すと、前提が間違っていたことは理解できたから、質問の仕方を変えるけど」


「ええ、改めて聞くわ」


「仮に僕が君以外の誰かを見つけたらどうする? 僕の目的は性欲発散で、それさえできれば、姉さんともうまくやれるし、実は君である必要はない。

こうみえて、僕は女の子には不自由していないし、この部屋は一応、僕のものだから、要はいつでも連れ込める。君が会いたいと言えば、僕は来ると思う。でも、僕から君に会いたいということはなくなる。それでもかまわない?」


「つまり、あなたがわたしを必要としなくなるということかしら?」


「まあ、そういうこと」


「わたしの方は問題ないと思うわ。けれど、やはりその前提も間違っているので、バカバカしい話でしょう?」


「わかってるよ。じゃあ、逆に同じ状況を君に当てはめたとする。

 君には婿候補がいて、その人たちが君の性欲発散に協力してくれるという。君の目的は性欲発散だから、それさえできれば、圭介さんにやさしくしてもらえるだろ? 彼らの方が一緒に住んでいるし、僕を呼びだすより都合がいい。僕は君が必要な時に会いたいというけれど、君の方から僕に会う理由はなくなるよね?」


「そうなると、わたしはその人たちの誰かと結婚することになって、あなたのそばに一生いられなくなる。約束を守れなくなるから、そのようなことにはならないわ」


 彬は妃那から手を放して瞑目(めいもく)した。


「いろいろ質問したけど、結局、どれ一つとっても、僕やお父さんが期待する答えにはなっていなかったよ」


「わたしが間違っていると言いたいの?」


 妃那はむっとしたように眉をひそめた。


「間違っていないよ。起こりえない現実に対して、考えることは意味がないと思っているだけなんだろ?」


「ええ、そうね」


「僕が聞きたかったのは、そういうことが起こるかどうかの可能性じゃなくて、君がどう思うか。君の気持ちを聞いていたんだ」


「わたしの気持ち……? わからないわ。起こりえないことに、どうやって感情を持たせるの?」


「そんなに難しいこと?」


「彬ならわかるの? どう答えるの?」


 目を開くと妃那は泣きそうな顔をしていた。

 迷い子のような、不安そうな目で彬を見ていた。


「僕なら、どんな前提でそれが現実になろうがそうでなかろうが、君が他の男に抱かれるのはイヤだと思う。僕だけのものにしたいし、君に会いたいって言われなくなるのもイヤだ。だって、君の代わりはいないんだから。僕ならそう答えると思う」


「それが正解なの? お父様にそう言ったら、条件をクリアしたことになるの?」


「一つの答えだと思う。けど、君が本当にそう思わなければ、ただの言葉だけで、ウソにしかならない。そんなウソでは、お父さんは『正解』とは認めないよ。

 それに、君の出す答えは、必ずしも僕のものと同じじゃない可能性もある。気持ちっていうのは人それぞれ違うものなんだから、全く同じであるわけがない。けど、それもまたお父さんを納得させる『正解』になるかもしれない」


「わからないわ! 彬の言っていること、全然わからない! 頭の中がおかしくなりそうよ!」


 彬は起き上がって、狂ったように頭をかきむしる妃那をぎゅっと抱きしめた。


「ごめん。けど、その『わからない』をわかるようにすることが、君にとって大事なことだと思うんだ。それがわかった時、君の『正解』が見つかる時だと思う。

 時間はまだたっぷりあるから、焦らないで、落ち着いて考えてみて。僕にできることがあるなら協力するし、ずっとそばにいるから」


 今日の妃那はこんなふうに抱きしめられてもおとなしかった。

 ただ身を縮こませて、息も止まっているのかと思うほど静かだった。


「今日は帰るわ」


 やがて、妃那が口にしたのはそのひと言だった。


「うん」


 延長なしの1回だけ。

 この関係が始まって以来の最短、最少記録だった。

次話は、圭介視点で。

妃那の父親がどうしてこんな条件を出すことになったのか。

そして、ホテルから戻ってきた妃那は……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ