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7話 一縷の望みにかけさせていただきます

前話からの続きです。

 ややあって、神泉社長が聞いてきた。


「君は妃那の過去を知っているのか?」


「お兄さんとのことですか?」


 彬は話題が変わったことに、少し面喰いながら問い返していた。


「知ってるのか……」


「彼女が全部話してくれましたので」


「君はどう思った?」


 聞かれて簡単に答えるのは難しいと思った。


 妃那を人形にした人のこと。

 神泉の血縁でないことを知って、自ら命を絶ってしまった人のこと。


 この人にとって、血はつながらなくても、もともとは息子として育ててきた人のことなのだ。


 彬は言葉を選ぶのに少し時間を置く必要があった。


「……同情、だと思います」


「同情?」と、社長は意外そうな顔をした。


「お兄さんが今でも生きていて、彼女が人形のままでいたら、それはそれで幸せだったのかもしれません。少なくとも彼女は、お兄さんのことを好きだったんですから。そこに愛がなかったと知らなければ、傷つくこともなかったと思います。

 けど、現実にはお兄さんが亡くなって、圭介さんがきっかけで人間に戻ることになって、愛と信じていたものが愛ではなかったと知ってしまいました。

 彼女は見えない傷をいっぱい抱えていて、特にお兄さんのことを思い出すと、心を閉ざしてしまうんです。

 僕はかわいそうだと思いました。傷を癒してあげたくなりました。けど、僕との関係はお兄さんとの関係と同じようなものでしたから、そういう僕の気持ちは迷惑だったみたいです」


「そういう気持ちのわからない相手でも、君はかまわなかったのか?」


「それも仕方ないと理解できますから。それに、死のうとしていた彼女は、圭介さんのためだけに生きようとしていて、自分の命をちっとも大切にできなかった。

 けど、同じく命を大切にできなかった僕の、ずっとそばにいてほしいという願いを聞いて、死なないと約束してくれました。僕を死なせないと言ってくれました。それをちゃんと守ってくれているんです。僕は今、それだけで充分だと思っています」


 神泉社長は両手で顔を覆って、深いため息をついた。


「あの、心配することないですよ。今の彼女はあなたや家族を大切に思っているし、悲しませるようなことはしないと思います。僕だけのためではなく、あなたたちのためにも命を粗末にするようなことはないと思いますから」


 神泉社長がうつむいて黙ったままなので、彬も黙った。


 つかの間の沈黙が続き、彬はテーブルの上のグラスを取って、ひと口水を飲んだ。


 その時初めて、のどがカラカラに渇いていることに気づいた。


 まだこの話の先が見えない。


 質問に答え続けて、神泉社長がどういう結論を出すのかもわからない。

 それでも、こうして話を聞いてもらえるのはありがたいと思った。


 まだチャンスがあるのだと信じられる。


 妃那との関係をただ終わらせたいのなら、彬の話を聞く必要はない。

 問答無用にひと言で終わる話なのだから。


 しばらくして神泉社長は気を取り直したように顔を上げた。


「それで、君はこれから先も妃那と一緒にいたいと言ったわけだけれど、具体的に将来のことまで考えているのか?」


「それも考えました。そちらの事情は知っていますから、現実的にこの関係を続けていくのは難しいことだとわかっています。けど、気持ちの上では結婚という形でそれが叶うならと思っています。

 僕はやっと高校生になったばかりで、将来も決まっていなくて、結婚を考えるような歳ではないんですけど。彼女とこれからも生きていきたいという気持ちは変わらないと思います」


「ところで、君にとって妃那はかけがえのない存在だと思っているようだが、妃那にとってはどうなのだろう。正直なところ、私にはわからない。君はどう思う?」


「それは……僕にもわかりません。先ほども言ったように、僕が頼んだから一緒にいてくれるだけで、性欲発散するだけなら、彼女からしたら誰でもいいのかもしれないです。

 僕でなければいけない理由はもしかしたらないのかもしれません。そもそも彼女が好きなのは、圭介さんなんですから」


「やはり君もそう思うか」


「彼女がそういう関係に絶対に愛はないと信じていると思えば、納得できます」


「妃那の婚約者候補が来ていることは知っているね?」


「……はい。聞きました」


「我が家のしきたりを守り、波風立てることなく家を存続させるために、妃那は神泉の一族の誰かと結婚した方がいい。私も次期当主として、それを望む」


「それはわかります」


「だから、同じ関係を持つのなら、神泉の血を引く者であってほしい。だから、候補を立てた」


「それもわかります」


「そこで、君に条件を出そうと思う」


「条件? 何の目的の……?」


「君との結婚を許す条件だ」


「それって……」


(その条件をクリアすれば、結婚してもいいってこと……?)


 彬の考えを見透かしたように、神泉社長はうなずいた。


「候補は3人いて、今一緒に生活をしてる。妃那が手軽に一人でも関係を持つようなら、君の気持ちがどうであれ、妃那との関係は終わりにしてもらう。

 しかし、その前に妃那がどうしても君ではなければならない理由を見つけることができたら、君との結婚を前提とした付き合いを認めたいと思う」


「神泉社長はそれでいいんですか? 家のしきたりに反しますけれど……」


「次期当主の前に妃那の父親として、娘には誰かを愛することを知ってほしいと思っている。だから、君に妃那を託して今の関係を認めた。

 しかし、この先も君でなければならない理由が見つからないとしたら、君でもそれを教えることはできないということになる。それなら、妃那を愛する別の男でもいいということだろう」


「その通りです」と、彬もうなずかざるを得なかった。


「ちなみに、この条件、もしも僕が断ったらどうなるんですか?」


「この場で妃那との関係は終わりにしてもらう。君の方から別れを切り出せば、妃那も納得するだろう。慰めてくれる男もいる。もっとも君がこの条件に乗らないとは思っていないが」


「もちろん、一応聞いただけです。期限はないんですか?」


「時間的な期限は設けるつもりはなかったが、10年も20年も続けるつもりもないので、最長2年でどうだろう。妃那が高校を卒業するまで。候補たちもちょうど一緒にいるからね」


「それまで、彼女との関係は今までと同じように続けていいんですか?」


「当然。妃那のことは君に託している。これから先の成長も期待している」


「わかりました。その条件で彼女との結婚を認めていただきたいと思います。チャンスをくださってありがとうございました」


 彬はそう言って頭を下げた。


「簡単なことではないと思うよ」


「わかっています。でも、絶対にありえないと思っていたことですから、わずかな可能性でもあるのなら、それにしがみつきます。僕にはもう後がないですから」


「わかった。私の話は以上だ」


 失礼します、と彬はもう一度頭を下げて席を立った。


 チャンスはもらえた。でも、それは手放しに喜べるほど大きなものではない。


(わずかな可能性……一縷(いちる)の望みってやつだよな……)


 愛がわからない人形は、どんな形で愛を理解して、どうしたら愛を返してくれるのだろう。


『愛の力で突っ走る』


 結局、そんな作戦しか浮かばなかった。

次話は後日談、彬がこのことを妃那に報告するのですが……

いろいろ厳しい現実が?

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