6話 どんな話をしたいのでしょう?
彬視点です。
翌朝、彬は朝から気が重かった。
今日の放課後のことを考えると、緊張と不安で気分が悪くなってくる。
このまま体調が悪いと約束をすっぽかしてしまいたいくらいだ。
が、すっぽかした後の方が余計に怖い。
「彬、大丈夫? 顔色悪いよ。よく眠れなかった?」
朝食の席で桜子が心配そうに聞いてくる。
「大丈夫。気にしないで」
「やっぱ、もしかして、婿候補のこと、気にしてるの?」
「……なに、婿候補って?」
彬が眉根を寄せると、家族全員に怪訝な顔を返された。
「知らないの?」
「知らないって何が?」
「妃那さんの婿候補が3人、昨日からあたしたちのクラスにいるんだけど。妃那さんから聞いてない?」
ぐらりと頭が揺れた。
このタイミングで父親に呼ばれたということは、ほぼ100%の確率で関係を終わらせろと言ってくる。
「……知らなかった」
「昨日、妃那さんとデートしてたのに?」
「あの人の中で大事なことと、僕の大事なことは時々一致しなかったりするから……」
(で、どうでもいい話してたよね。しかも、最後の最後で父親に会うことを言ってくるし)
もう、終わった……と、頭まで重くなった。
「けど、妃那さんは相手にしてなかったし、彬も頑張れば大丈夫だよ」
「無理……。今日、あっちのお父さんに呼ばれてる。関係を終わらせろって言われる……」
「だからって、あきらめられるものじゃないんでしょ? 踏ん張って、断ればいいのよ」
「そうよ、彬。愛の力は最後には勝つのよ! 自信を持って、突っ込んでいきなさい。骨はあたしが拾ってあげるわ!」と、母親が拳を握りしめる。
「そうだぞ。人生でこの女しかいないって思ったら、手に入れなければ一生後悔する。今、頑張らなくてどうする!? 相手も人の子なんだから、おまえが必死に訴えれば、きっと聞いてもらえる。だから、あきらめるな!」と、父親も力強く励ましてくる。
(愛って言われても、その『愛』が愛なんだか恋なんだか、それとも別のものなのかよくわからないのに、どうやって突っ込んでいけばいいんだよ?)
「う、うん、一応、頑張るけど」
(それにしても、うちの親、どうして息子の恋を応援するのに、こんなにギラギラした目で見てくるんだろう……)
彬はそんな家族の応援にも関わらず、やはり刻々と迫る約束の時間まで、処刑を待っている死刑囚の気分で過ごした。
約束の時間、約束の場所、彬は電車を乗り継いで、5分前に指定されたホテルのラウンジに到着した。
そして、窓際の席に一度パーティで見かけた神泉社長の姿をすぐに見つけた。
心拍数上昇、血圧上昇、全身発汗。
頭がパニックになって真っ白になるのを感じながらも、おぼつかない足取りで社長の方へ歩いて行った。
社長の方もじきに彬に気づき、席を立った。
「初めてお目にかかります。藍田彬です」
彬は社長の前に立って頭を下げた。
「わざわざお呼び立てしてすまない。どうぞ座って」
はい、と彬は言われた通りに社長の向かい側に座った。
緊張のあまり、身体が震えそうになるが、両手をぎゅっと膝の上で握りしめ、なんとかこらえた。
「こんなことを私が言うのもなんだが、あまり固くならないでほしい。君とただ話をしてみたいと思ったんだ」
「僕と話、ですか……?」
(顔も見たくないはずだったのに……)
社長の顔は思ったより穏やかだった。もっと怒った顔で睨みつけてくるのかと思っていた。
「君と妃那の関係を許して3カ月ほどになるが、その間、妃那から君の話はよく聞いていた。君とどんなことを話したか、君がどんなことを言っていたか、たいていうれしそうにわたしに報告してくる。君と一緒にいると、いろいろな発見があると。だから、妃那にとって君が大切な存在だというのはよくわかっている」
社長の表情を見る限り、妃那が彬についておかしなことを報告しているというようには見えない。
どんなことを話しているんだろう、と思いながら「そうですか」とだけつぶやいてうなずいておいた。
「それで、今度は君がどういう風に妃那のことを思っているのか、知りたくなった。だから、一度会ってみようと思ったんだ」
「あの……関係を終わらせろとか、そういう話ではないんですか?」
「私がそう言ったら、終わらせてくれるのか?」
社長の目から逃れるように、彬は「すみません」と頭を下げた。
「こんな関係、あなたが快く思っていないのはわかっています。神泉家にとっては迷惑な相手でしかないということもわかっています。許してもらったと言っても今だけのことで、これから先、いつまでも許されたわけでないこともわかっています。
頭ではわかっているんですけど、気持ちの上ではどうしても彼女と一緒にいたいと思ってしまうんです。これから先もできるだけ長く、そばにいたいと思ってます」
「君は妃那のことが好きなのか?」
「好きだと思います。それが恋というものなのかよくわからないですけど、彼女と一緒にいると居心地がよくて、穏やかな気持ちになれる。僕にとって、とても大切で必要な存在です」
「君はかなり女生徒に人気があるのだろう? 告白されることも多いとか。藍田家の子息としても引く手あまただろう。君はいくらでも選べる立場にあって、どうして妃那でなければならないんだ? 妃那でなければいけない理由はあるのか?」
「それは自分でも何度も問いかけたことです。最初、彼女は僕にとって都合のいい存在でした。悩みや苦しみを吐き出せて、いい気晴らしができました。けど、何度も会ううちに、彼女が自分のことをよくわかってくれて、彼女の前では自分らしくいられるということがわかったんです。一緒に過ごす時間が幸せに感じられるようになったんです」
彬はありのままの思いを言葉にしてみた。
社長の方は表情を変えず、黙ったまま聞いているので、彬は先を続けた。
「けど、あなたにこの関係を知られたら、別れさせられてしまうこともわかっていました。実際に知られて、彼女を失ったと思った時は、この世の終わりみたいな気分でした。他の誰かを見つけようなんて気になれなかった。その時にはもう、彼女は他に代えのきかない存在になっていたんです。かけがえのない存在なんです。答えになっているでしょうか」
「なるほど。端的に言うと、君にとって妃那は甘えられる存在、ということになるのかな?」
「そうですね。一方で彼女は、こう、危なっかしくて、ハラハラさせられてばっかりで、そばにいてやらなきゃって気にもなります。頭がいいくせに常識なくて、突拍子もないことを言い出すし、やらかすし、正直、目が離せないというか……。小さい妹の面倒を見ているような気分になります。
けど、あまりに素直だから、僕の言っていることを簡単に信じてしまう。僕だって何が正しくて何が間違っているのか、絶対に常識があるとは間違っても言えないので、時々、怖くなることもあります。それでも、彼女が僕の言う通りだったって言ってくれるとうれしかったり……。
無表情なことが多かったのに、だんだんいろいろな表情を見せてくれると、かわいいなって思ったり。そういういろいろなことを含めて、彼女と一緒にいる時間は楽しくて、大事なんです」
この話の行きつく先が、彬にはよくわからなかった。
社長が何を求めているのか。どんな答えを求めているのか。
こんなふうに言葉を重ねて、どんな意味があるのか。
社長の表情からは何も読み取れなかった。
このまま次話に続きます!




