5話 うちの親はガメツすぎる
桜子視点です。
この番外編、唯一かもしれません……。
その夜、藍田家ではいつものように7時に家族全員がそろった。
彬だけはギリギリ飛び込んできて、何もなかったように座る。
「あ、で、ねえ、お父さん」と、薫子が声をかける。
「なに?」
「もらい物したら言うように言われてるから、一応言うけど、妃那さんから血を分けてあげたお礼って、特許をもらったの」
「は? 特許? 礼に?」と、父親は怪訝そうな顔をする。
「驚くよねー。これなんだけど」
薫子はプリントアウトしてきたものを父親に渡す。
「調べたら特許申請にかかる費用は1万5千円で、あたし、中学生で収入ないから、たぶんそれ以外の費用はかかってないと思うんだ。返すにしてもどうしていいかわかんないし、もらっておいていい?」
父親は食べるのもの忘れて、受け取った紙の束をめくっている。
「これ、おまえが考えたの?」と、父親は読みふけりながら聞いた。
「うーん、アイディアはあたしみたいだけど。もろもろ細かいことは妃那さんが全部やったみたい。あたしにもわからないこと、いっぱい書いてあるし」
「けど、あのお嬢さんの名前が入ってないけど?」
「あたしの特許だから好きにしていいって」
「でかした、薫子! この特許、数億の価値があるぞ」
父親は興奮したように顔を上げた。
「は?」と、薫子は首を傾げる。
「ほんとに、儲かる特許なの!? 億万長者?」と、桜子も思わず身を乗り出してしまった。
「いや、まあ、うちに金が入ってくるっていうより、うちの会社で製品化して、売れば儲かるって話なんだけど」
「音弥、製品化したら、売れそうなものができるってこと?」と、母親が父親の手元をのぞき込む。
「ああ、間違いない。センサーの構造と画像の読み取りシステムは汎用性があるから、センサー付きの製品のどれにでも搭載可能。たとえば、自動販売機なんかのお札の読み取りセンサー。政府とコラボして標準規格が取れたら、販売台数は半端ない」
「あら、うちの株価も上がっちゃうレベルかしら」
両親がウヒウヒと顔を崩しながら難しい話をしているので、桜子は終わるまで黙々とご飯を食べていた。
「要は製造設備のある工場とかないと、その特許を持っていても意味がないってことなんでしょ? そういうことなら、お父さんにあげるよ。会社で使って」
隣で話を聞きながら、同じくご飯を食べていた薫子が言った。
「本当か!?」と、父親は目をキランと輝かせる。
「その代わり、おこづかいを今の2倍にして」
薫子の発言に、父親は母親の機嫌をうかがうようにちらりと顔を見る。
「いい?」
「まあ、大金を持たせるわけにはいかないから、それくらいならいいでしょ」
お財布の口の固いはずの母親があっさりとうなずくと、彬が憤懣やるかたない声を上げた。
「ズルい、薫子だけ! 僕だって、高校生になったんだから、もう少しおこづかい増やしてほしいのに!」
「彬くん、妃那さんに全部お金出してもらってるんだから、いいじゃない」
「自分でほしいものだってあるんだよ!」
「あたしももう少し上げてほしいなー。デート代、結構かかるし」と、桜子も便乗してみた。
「音弥ー? それ、本当に儲かるんでしょうねえ? 当てが外れたなんてこと、許さないわよ?」
母親がじいっと父親を見つめる。
「大丈夫だって。明日、さっそくプロジェクトを立ち上げるつもりだし」
「わかったわよ。じゃあ、薫子は2倍で、おまけで桜子と彬は2割増し」
「やったあ」と、子供たち3人で手を叩き合った。
「ああー、やばい! 剣道遅れる! 行ってくるねー」
彬はあわてて飛び出していった。
「あーあ、妃那さんの婿候補のこと、聞いてみようと思ってたのに」
桜子はそれを見送って、ため息をついた。
「なに、婿候補って?」と、母親が興味津々に聞いてくる。
「ほら、圭介が婚約しちゃったから、妃那さんには新しい婚約者が必要になるでしょ?」
「まあ、神泉の方としては当然よね」
「で、この新学期から婿候補っていう男の子が同じクラスにいるのよ。しかも、3人も」
「あら。向こうもいよいよ本格的に動いてきたのかしら」
「今日見た限りでは、妃那さんは相手にしてる様子はなかったし、彬とも別れるつもりないみたいだったけど、彬の方は大丈夫なのかなーって思って」
「今日も会ってきたみたいだけど、元気そうだったから、大丈夫なんじゃない? ちなみにどんな男の子たちなの?」
「まだあいさつしたくらいだから、何とも言えないけど。見た目はイケメンまでは行かないけど、そこそこじゃない? 普通の家庭育ちみたいだし、どこにでもいる一般的な高校生って感じ。あの冷たーい妃那さん相手に、頑張って声をかけてたよ」
「そりゃ必死にもなるよねー。うまくいけば、神泉家当主の婿。超逆玉でしょ。そうでなくたって、性格はともかく、妃那さん、超美人で巨乳ちゃんだから、男の子はそそられちゃうだろうし」
薫子がウヒヒと笑いながら言う。
「確かに。同族婚の神泉だから、今まで誰も近づけなかったけど、あの男の子たちは問題ないんだよね」
「彬くんにとっては、強敵登場。妃那さんがちょっとでも気に入ったら、即婚約だよ?」
「正念場だよねー」
「ああでも、彬、真面目に頑張って、婿に行ってくんないかなー」
父親がどこか夢を見ているようなぼうっとした顔で言った。
「お父さんも応援してあげるの?」
「だって、あのお嬢さん、腹が立つほどすごいから」
「うん?」
「実はここのところ、ガンガン特許申請しててさあ。うちで開発してた製品やら何やら、特許取る準備してたのに、端から先に取られちゃって、全部抵触するんだよ。こっちの取れる方法は、使用料を払うか、開発を中止するか。毎度毎度、煮え湯飲まされてるんだよな。あの湧き水のように出てくるアイディア、逆にほしいよ」
「彬くんが婿になったら、あたしみたいにポーンと特許くれたりするって?」
薫子が面白そうに目を光らせる。
「ダメ?」
「それもアリなんじゃない? 二人が本当に愛し合っているなら、タナボタでオマケを期待したって」と、母親は笑う。
そして、「あたしも寄付してほしいもん」と、真顔で続けた。
「お母さん、最初からそれを狙って、彬を焚きつけてたね……」
うちの親は何気にがめつい、と桜子は思った。
次話、彬が妃那の父親と初(?)対面です。
さて、どんな話になるでしょうか?




