2話 下宿人がやってきた
圭介視点です。
前話より数日さかのぼります。
神泉家食卓は以前に比べると、だいぶ家族らしい会話が交わされるようになっていた。
――が、この4月から神泉家にやってきた下宿人3人のおかげで、静まり返ることが多くなってしまった。
さすがに他人の前でバカ話はできない。
他人よりさらに悪いのが、この3人が神泉家の分家の人間たちということ。
天才『知る者』を祀って、神社まで持っている神泉家は、一族全体が当主を教祖とする宗教団体のようなものなのだ。
そして、現在は妃那が『知る者』として、神のように崇められている。
そんな神様と当主が一緒の食卓では、恐縮して居心地悪いこと、この上ないだろう。
しかも、家族でないと言わんばかりに、3人はムダに長いテーブルの一番離れた席で食事をしている。
「おじい様、このような形で食事というのは、あまり賛成できませんが?」
圭介は現在、言葉遣いを正すように強制中なので、丁寧に言った。
「何が気に入らないというのだ?」
神泉家当主であり、圭介の祖父である源蔵がじろりと視線を向けてくる。
「どう見ても、中途半端でしょう。一緒に食事をするのなら、わざわざ席を放すべきではないですし、一緒では嫌だということなら、別に席をもうけるほうが良いのではないかと」
「わしは何も言っておらん。あの者たちが端っこがいいと言うから、こうなっているだけのことだ」
「それでいいの?」と、末席にいる圭介と同い年の少年、3人に声をかけた。
3人そろって、「うん、うん」と、深刻な顔でうなずいている。
ところが、そこで妃那がひと言――
「わたしは家族だけの食事の方がいいわ。はっきり言って邪魔よ」
冷たく言い放ってくれた。
「妃那ぁ……」と、圭介は頭を抱えたい気分だった。
「圭介の言う通りよ。こちら側に来る気もないのに、中途半端に近づこうとしている時点で、目障りなだけだもの」
『邪魔』、『目障り』を連発する妃那を見て、下宿人たちがかわいそうになる。
「近寄りがたい、という気持ちはわからないのかなー?」
「お父様、それでいいでしょう?」
圭介の言葉は完全に無視された。
「う、うむ……」
妃那に言われてしまえば、父親の智之はうなずくしかない。
「では、明日の朝より、別室にて食事をとっていただきます。以上」
妃那の他人に対する態度は普段から冷たい。
あまり人と打ち解けようとしないし、人にもあまり興味がない。
それでも最近は藍田兄弟と友達のように話すことに慣れてきて、クラスメートに話しかけられても、そっけない態度を取らなくなった。
ひと言で言うと、『人見知り』なのだ。
しかし、この3人の下宿人に対する氷点下ともいえる冷たい態度は、数日間一緒に住んでいてもなかなか変わってこない。
(……おれのせい? もともと仲を取り持とうとしてるわけじゃないからなあ)
事の発端は春休みが終わる1週間前のことだった。
智之が話があると言って、夕食の後に圭介の部屋を訪れた。
「いつもいつも君に頼って申し訳ないんだが」と、智之は話を切り出した。
「妃那のことですか?」
智之はうなずく。
「ここしばらく妃那を見てきて、ずいぶん変わってきたと思うんだ。よく笑うし、家族と一緒にいるのが楽しいみたいで。私との関係もうまくいっている」
「よかったじゃないですか。おれから見ても、ずいぶん成長したと思いますし」
「妃那が彬くんに対して、好意を持っているのはわかる。大事だと言っている気持ちも。しかしそれは、どうしても彬くんでないとダメなことなのだろうかと思ってね」
「伯父さんの言いたいことはわかります。結局のところ、その好意が恋や愛に相当するものなのか、妃那自身で自覚してないということでしょう?」
「はたから見ればそう思うのだが、妃那に何度聞いても、『恋人同士ではない』と答える。好きなのは圭介くんで、彬くんは違うと。つまり、他の人でもいいということにならないかと思って」
「都合よく性欲を満たしてくれる相手なら、誰でもいいという可能性があると」
「圭介くんはどう思う?」
「それは……可能性がないとは言い切れませんね。で、伯父さんとしては、誰でもいいなら、せめて神泉の血筋の者にしてほしい、ということですか?」
図星だったのか、智之はうぐっと詰まって、それからうなずいた。
「やはり妃那の将来を考えれば、今の関係を続けさせるわけにはいかない。本当だったら、君の婚約が決まった時点で、妃那には一族の中から伴侶が選ばれているところだったんだ」
「けど、伯父さんはためらっていたんですね」
「無理やり婚約者など押し付けたら、また愛のない関係になってしまうのではないかと。一方で、彬くんともそういう関係なら、誰かを押し付ける形になっても、妃那の欲が満たされれば、問題ないのではないかと思ったり。つまり、悩んでいたんだ」
圭介はつかの間考えて、それから聞いてみた。
「候補になる人は、もう挙がっているんですか?」
「もちろん。妃那に歳の近い男の子で、新年会にも来させて、あいさつはしてある」
「妃那の様子は?」
「あの席では『知る者』としてふるまうように言ってあったので、妃那からすればただの親戚で、あっちからすれば敬うべき相手にしかなっていなかったと思う」
「なら、いいんじゃないですか?」
「いいって?」
「すぐに婚約するかどうかは別として、妃那と知り合う機会を作って、妃那が相手に対してどういう反応を示すのか見ればいいと思います。まあ、お見合いみたいなものですかね。妃那が彬のことをどう思っているのかもわかりますし、うまくいけば伯父さんにとっても、都合のいい結果になるんじゃないですか?」
「うむ、君がそう言ってくれるのなら、そういう方向で行ってみようと思う」
「ただ、伯父さん、結果、妃那が彬でなければダメだとわかる可能性も、きちんと視野に入れて考えてくださいね」
「わかった」
話はそれで終わったのだが、開けてビックリ、同い年の候補者が3人もいた。
見合いをするのならともかく、家に下宿させて、同じ学校に通わせるという。
「伯父さん、いくらなんでもやり過ぎでは?」
そう言う圭介に、智之は意外そうな顔をした。
「どこがだい?」
「だって、3人ってことは、選ばれるとしても、その中の一人でしょう? 残った二人はどうなるんです? 親から引き離されて転校までさせられて、その先の人生、狂わされちゃうじゃないですか」
金と権力で他人の人生を振り回すようなやり方は、圭介は気に入らなかった。
非難がましい口調になっても仕方がない。
が、智之は朗らかに笑った。
「それは君らしい意見だね。けど、彼らはそれを承知でここへ来ると決めたんだ。本家の命令に従ったわけじゃない。妃那の婿になれる可能性があるのなら、皆、二つ返事だよ」
「……確かに」と、圭介はぐうの音も出なかった。
妃那の婿となれば、使える金はうなるほどあるし、気楽に遊んでいてもいい将来が待っている。
どちらかといえば、降ってわいたチャンスに、親も『頑張ってこい』と尻を叩く方かもしれない。
「それに、一人だけの候補者で、これで決まりだといい気になってもらっては困るのでね。妃那を射止められるように、精一杯頑張ってもらわないと」
「なるほど。伯父さんもなかなか食えない人ですね」
「君にもその血が流れてるんだよ?」と、智之は片目を閉じる。
「その節は大変お世話になりました。伯父さんのおかげで命拾いできたんですから。このご恩は出世払いということで……」
圭介は両ひざに手を置いて、ぺこりと頭を下げた。
「君が出世するのは間違いないから、相当な恩返しを期待してしまうな」
「今のうちに恩を売りまくらなくちゃいけないのに、借りを作ってしまいました」
「なんて、冗談だよ。かわいい甥っ子のためなら、血くらいタダでいくらでもくれてやるよ。そうじゃなくても、君に借りがあるのは私の方だからね。これで少し返せたってとこをだよ」
智之はそう言って圭介の頭をぐしゃっとなでた。
そういうわけで、4月1日エイプリルフール。
冗談みたいに、3人の婿候補が神泉家にやってきたのだった。
三人の婿候補たちとどうなるかは少し置いておいて……
次話は1話と同じ日、圭介たちの学園生活2年目が始まった話になります!




