14話 テッペンで待っていてください
本日(2023/06/20)、二話目になります。
「見ての通り、グループの『本社』って言っても、従業員100人くらいの小さい会社だからね。傘下の企業にそれぞれ経営陣はいるから、ここは総括するだけの会社なんだよ」
「なるほど」
「では、君の場合、どうやって取締役のイスを狙うか。残り4席に座れるのは、ここの証券部か経営統括部に所属すること。それ以外の部署からの昇進は、部長クラスでも前例はまずない。
4人の取締役のうち、今は専務と常務がそれぞれ証券部と経営統括部の出身、残りの2人はその二つの部署の部長との兼任。要は部長になればそのまま取締役にもなれるというシステムなんだよ」
「いつも2人ずつ証券部と経営統括部から選ばれる決まりなんですか?」
「いや、それは実績次第。今は半々なだけ」
「つまり、どっちの部署に配属されても、あとは自分次第だと」
「そういうこと」と、音弥はうなずく。
「さて、君にとってどっちの部署に入るのがいいのか。もちろん仕事内容はそれぞれ違うけど、この二つの部署は配属のされ方が違う。
まずは証券部。こっちは全員藍田銀行、証券、保険といった金融関係の傘下企業からの異動になる。まあ、毎年募集はかけているから、上司の推薦があれば、応募はできる」
「え、じゃあ、まずはその3社のどれかに入ることになるんですか?」
「そう。とはいえ、実績が物をいうから、推薦を受けるとなると、最低10年は見た方がいい。こっちも有能な人材しか求めていないから、募集をしているといっても必ずしも取るとは限らない。毎年一人選ばれればいい方かな」
「銀行とかって、どれも大企業で、社員も多いですよね……? てことは、そんな大勢いる中でトップクラスの実績が求められると」
「その通り。証券部に異動できるほどの人材なら、そのまま銀行や証券に残っても、まあ、将来は役員になれるレベルと考えた方がいいね」
「そっちで役員になった後、こっちの取締役になれるということは……?」
「それはないと思って。グループ会社って言っても別会社だから、たとえば銀行の役員であれば、銀行の経営に必要な人間として選ばれるということ。行きつく先は最高でも頭取で、うちの経営陣とは関係ない」
「そうですか……」
「君が上司の推薦を受けられるくらいの実績を作れた時点で、あとはおれが何とかできるレベルだから、そこからは心配しなくていいよ」
「それは大変ありがたいことで……。ええと、じゃあ、もう一つの経営統括部の場合は?」
「そっちは新卒募集があるから、おれとしては君におススメしたい道」
「大学を卒業したら、そのままここに入社できると」
「ただねえ」と、前置きをする音弥の困ったような顔を見て、簡単な話ではないことはすぐに想像がついた。
「うちの経営統括部、日本で1番入社が難しいって言われているんだよ」
「ですよねー……」
「毎年、記念エントリーも含めて、応募は2万人くらいあって、人事部の書類選考と面接で通るのは50人ってとこ。この選考におれは関われないから、圭介くんが自力で通ってもらわなくちゃならない関門なんだよ」
「ちなみに50人から採用される人数は……?」
「その後の役員面接で通るのは、多くて5人」
「少な!」と、ついに圭介も声を上げていた。
「いや、まあ、人事面接さえ通れば、おれも後押しできるよ」
「それでも2万人からたった50人……。通るのって、どういう人なんですか?」
「ここ数年の傾向だと、東大レベルじゃないと、まず書類選考には通らない。しかも、四年制の大学を出ただけでは難しい。9割がた院卒。海外でも一流大学、もしくは大学院の卒業資格が望ましい。そっちの方が、東大なんかに比べて入学自体は簡単な大学も多いから、東大に入れなかったらそっちに行くことをオススメする」
「……て、留学するんですよね? 桜子と何年も離れることに……」
「それがイヤだったら、最低でも東大には入ることだね。そこで失敗となると、金融系の傘下企業なら入社はまだ簡単だから、そこで実績を作って証券部に異動してもらう、という道になると」
「証券部経由だと、必ずしも来られるわけじゃなくて、しかも、最低でも10年はかかるんですよね……?」
「そう。こっちに来ても平社員だから、すぐに部長クラスになれるわけじゃない。そこからさらに数年はかかる」
「ごもっともで……」
「おれが60で退任するとしても、あと20年ちょっと。それまでにここの取締役になれれば、この席は君のもの。どっちの道を選んでも、時間的な猶予はあるはずだよ」
「いずれにせよ、ものすごく狭き門だということはよくわかりました……。ちなみにお父さんはどうやってその席までたどり着いたんですか?」
「おれ? 普通にコネ入社」
「ええー……」
「おれ、東大卒っていっても、勉強してたのは政治でさ。学生時代に華と結婚したから、卒業してそのままここの経営統括部に放り込まれたんだよ。経営なんてちんぷんかんぷんな状態。
おかげで入った当時、周りからの非難の目はハンパなかったよ。どっかの金持ちボンボンが社長令嬢をたぶらかして、ちゃっかり婿の座に収まったって」
「それがお父さんの言っていた『苦労』ですか?」
「その一つがそれ。コネで入るのは簡単だけど、その後は大変という話。周りの人間から一度そういう目で見られると、実力を正当に評価してもらえなくなる。周りに認められるには、『すごい』以上のすごさを見せなければならなくなる。それは損以外の何物でもないと、おれは思った。
君はこれから高校2年になるところで、頑張り次第で実力を正当に評価してもらえる可能性があるんだよ。最悪どうしようもない時はコネも使えるけど、今はまだできることがあると思う」
「はい」
「まあ、長々話したけど、『今の君にできること』は、受験勉強を頑張る、ということ。それから先は、また時間があるから、そこから考えても間に合う話。もっと早く話をしてもよかったんだけど、明日を迎える前に言っておきたかったんだ」
「お忙しい中、大事なお話、ありがとうございました。これから東大目指して頑張ります」
圭介はぺこりと頭を下げた。そこには感謝しかなかった。
これから先の厳しい道のり。それをわざわざ示してくれるということは、未来に期待してもらっているということ。
今の圭介に『藍田グループの後継者』を目指す道がきちんとあるということを教えてくれたのだ。
(これから先も、この人を『お父さん』って呼んでも、まだ大丈夫って意味だよな?)
「あー、ちなみに東大落ちて、浪人するとかもダメだからね。うちの企業理念、『ムダなく、効率よく、最大限の利益を生む』だから。たかが受験勉強のために、十代の貴重な時間を1年も使うっていうのは、ムダとしか取られないから。書類選考でまず落とされるってことを言っておくよ」
「時間を効率よく使って、最高の結果を出せと……。大変よくわかりました」
「覚悟はできた? 大学に入ったところで、その先も決して楽な道ではないよ?」
「大丈夫です」と、圭介は強くうなずいた。
「これがおれの選んだ道ですから。桜子の隣に一生い続けるって決めた時点で、どんな困難も乗り越える覚悟はできています。まずは受験を乗り切って、それをお父さんにも証明します」
「そっか。じゃあ、待ってるよ」
音弥がふっとやさしい表情で笑うのを見て、圭介も笑顔を返した。
『ここで』という言葉はなかったが、そういう意味だと圭介は思いたかった。
この人が毎日働いているこの場所――そこで待っていてくれると。圭介がたどり着くのを待っていてくれると。
(だったら、おれはこのテッペンを目指すしかないだろ?)
明日は桜子との結納の日。公にはしないとはいえ、両家の賛同のもとに、結婚を約束する日。
その直前にこうして音弥に圭介の覚悟を問われるのは、望むところだった。
もう後ろは振り返らない。進む道は一本だけ。これからは前を向いて進むだけだ。
次回、最終章最終話&本編エピローグになります。
長い長いこの物語もついに感動(?)のラストを迎えます。
二話同時アップ、お楽しみに!
続きが気になると思っていただけたら、ぜひブックマークで。
感想、評価★★★★★などいただけるとうれしいです↓
今後の執筆の励みにさせてくださいm(__)m
 




