6話 一番怖いものを知ったよ
本日(2023/06/06)、二話目になります。
桜子視点です。
手術室の扉が開いて、桜子ははっと立ち上がった。医師がマスクを外しながら出てくる。
「先生、圭介は……?」
「一命はとりとめました。予断は許さない状況なので、今夜はICUで様子を見ます」
「よかった……」と、安堵の声が漏れる。
「圭介、助かったのね……」
「だから、言ったのに。これも信じられないことなのかしら」
妃那のあまりの冷静さに腹が立ってくる。
「あのねえ、大切な人が死にかかってると思ったら、死なないって知ってても、心配するものなの!」
「そういうものなのね」
妃那は不可解そうに桜子を見つめていた。
「桜ちゃーん!」と、薫子と神泉社長が戻ってくる。
「ダーリンは!?」
「手術終わったよ。一命はとりとめたって」
「よかったね、桜ちゃん! よかったね」と、薫子は抱きしめてくる。
ほっとしたおかげで、やはり涙があふれてきてしまう。圭介の母親も兄の社長にすがりついて泣いていた。
「薫子、圭介に血を分けてくれたの?」
「全部あげるって言ったのに、ダメって言われた」
「それは普通だよ」
もう、と桜子は泣き笑いになっていた。
「まあ、でも、妃那さんに感謝しないとね。万が一に備えて、あたしを呼んだんでしょ?」
病院に着いてすぐ、桜子は薫子に電話するように言われた。
てっきり桜子がボロボロになっているので、妹を世話役として呼んだのかと思っていた。
実際、薫子に抱きしめてもらって、少なくともワーワー泣くのは止まったのだ。
「薫子は話が早くてうれしいわ」
妃那は得意げに笑う。
「それって……」
「ダーリンの血液型はAB型。病院によってはストックが足りなくなったりするの。ダーリンが失血死の恐れがあるなら、輸血は絶対。要は血が充分にあれば助かるの。そんな危険を回避するために、同じ血液型のあたしやおじ様をわざわざ連れてきたんだよ」
「妃那さん……」
「だから、わたしが死なないと言ったら、死なないの。そうすべき措置はすべて取った上で言っているのだから」
「だったら、最初から言ってくれればいいのに!」
「何度も言ったと思うけれど?」
「死なないって言われただけじゃ、わからないでしょうが!」
「薫子はわかったわ」
「悪いけど、あたし、そこまで頭のデキが良くないの。一個一個ちゃんと説明してくれないと、わからないのよ!」
「わかったわ。今後は善処します」
あっさりとうなずく妃那に余計に腹が立ってくる。
「桜子さん、圭介も無事に助かったことだし、夜も遅いから、帰ってもいいのよ」
言い争いを止めるためか、圭介の母親が割って入ってきた。
「ついていちゃダメですか?」
「それはもちろんかまわないけれど。ICUだから、そばにいるっていうわけにはいかないわよ」
「それでも、そばにいたいんです」
「なら、今夜はお任せしていいかしら? わたしも着替えたいし、明日の朝にまた来るわ」
「はい。何かあったら、すぐに連絡します」
神泉家の三人はそうして帰っていった。
「薫子はどうするの?」
「あたしも帰るよ」
「どうやって? 電車、もうないでしょ?」
「自転車で来てるから。この病院、うちからそんなに遠くないんだよ。15分も走れば充分」
「そうだったの?」
「搬送先を選ぶときに、うちの方角にしたんだと思うよ。あたしがすぐに来られるように」
「……ということは、妃那さんが?」
「全部計算ずくだよ。あの人、そういう人だから。まあ、この状況でも冷静さをかかないってのは、ちょっと気味悪いけど。逆に言えば信じられるってこと」
「あの人が大丈夫だって言ったら、大丈夫だって?」
「そういうこと。それに伴う気持ちまでを察することができないのは残念なんだけどね」
「うー……」
「だから、あたしはそのうち目を覚ますとわかっていても、桜ちゃんがダーリンのそばにいたいって気持ちはわかるからね」
「あの人は意味ないって思ってるけど?」
「そういうこと。じゃ、桜ちゃん、頑張ってね。ダーリンが目を覚ましたら、連絡して」
薫子は笑顔で手を振っていった。
(それでも、ほっとするよ)
あのまま圭介を失っていたら、きっと生きていられなかった。怖くて怖くて、身体が震えた。
これからもずっと一緒にいると信じていたのに、こんな形で失うこともあるのだと、初めて気づいた。
(ねえ、圭介。あたし、怖いのは幽霊とかお化けだと思ってたけど、圭介がこの世界からいなくなるのが一番怖いよ……)
だから、一晩中ICUの窓越しに圭介のベッドを見ていた。心音が規則正しく鳴っているのがモニターに見えるだけで安心できた。
ほっと一安心したところで、次回は圭介の目覚めを待つお話です。
二話同時アップ、お楽しみに!
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