5話 やばい、やばい、やばい
本日(2023/06/06)は、二話投稿します。
桜子視点からです。
桜子がトイレから出ると、家の中がなんだか騒がしくなっていた。
(パーティ、盛り上がってる?)
桜子が首を傾げながら玄関ホールまで戻ってくると、人がバタバタとパーティ会場である食堂を出入りしている。悲鳴にも近い「救急車」とか「警察」の言葉も聞こえてくる。
(何かあったの……?)
桜子は嫌な予感がして、食堂に駆け込んだ。
料理の並ぶテーブル近く、そこに人だかりができていた。周りを囲む人も青い顔でその一点を見つめている。
(……あそこ、圭介が待ってるって言ってたところじゃなかったっけ?)
まさか、と思って、人だかりをかき分け、輪の中に飛び出した。
桜子は目に入ってきたものが信じられなかった。
圭介が床にうつ伏せになっている。その右の腰の辺りに刺さっているのはサーバーナイフか。そのかたわらに妃那が膝をついていた。圭介の母親もしゃがみこんで泣いている。
(何かの余興じゃないの? ウソでしょ?)
「圭介……? ちょっと、圭介! 何があったの!?」
桜子は駆け寄り、圭介の身体を揺すった。
グラグラと揺れるだけで、圭介は目を閉じたままピクリとも反応しない。
「桜子、触らないで」と、妃那の冷たい声が桜子をさえぎる。
「どういうことなの!?」
「貴頼に刺されたの」
「刺されたって……。まさかもう……」
「死んでいないわ。まだ息はある」
「でも、死んじゃうの? 死んじゃったら……」
涙があふれて、そのまま圭介の身体にすがった。
「動かさないでといっているでしょう!?」
「だって……!」
「桜子さん」と、圭介の母親が肩を抱いて、その身体から桜子をはがした。
「桜子、よく聞きなさい。ナイフの形状と刺さった角度から計算すると、傷は内臓には達しているけれど、致命傷にはなっていない。出血量、出血速度から判断しても、このまま動かさないように病院に連れていけば、圭介は死んだりしない」
「け、けど……!」
「わたしを誰だと思っているの? 『知る者』のわたしが圭介は大丈夫だと言っているの。信じなさい!」
妃那の一喝で桜子は黙った。
遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてくる。
桜子が呆然と涙を流している目の前で、妃那が救急隊に指示を出し、圭介は担架に乗せられて運ばれていく。
「桜子さんも一緒に行くでしょう?」
圭介の母親に抱き起されたが、腰が抜けてしまったかのように足が立たなかった。
(圭介が死んじゃう……。死んじゃったらどうしたらいいの?)
「しっかりして。妃那さんも言っていたでしょう。圭介は助かるって」
桜子は小さくうなずいて、抱きかかえられるように食堂を出て、玄関前に止まっていた救急車に乗り込んだ。
*** ここから圭介視点です ***
圭介はドラマを見ているのかと思った。
(救命救急なんたら? なんだっけ)
手術台の上、無影灯に照らし出された台の上には緑色のシートがかぶせられ、患部だけが見えている。そこから皮膚の下の肉と生々しい真っ赤な血が見える。
(うえ、気持ち悪い……)
ポンポンと規則正しい機械音が鳴り響く中、医者らしき人が何枚も血に染まったガーゼを捨てていく。
「輸血、追加!」
「AB型の血液、これで最後になります!」
「廊下に近親者がいる! 輸血を頼んでこい!」
医者の切羽詰まった声に、看護師が転がるように飛び出していく。
(夢か……? 妙にリアルなんだけど)
嫌な予感がして、手術台の上の人間の顔を恐る恐るのぞいてみた。
(……最悪。おれだし)
酸素マスクを着けて目を閉じた蒼白な顔は、紛れもなく自分のものだった。
(これ、まさかと思うけど、臨死体験って奴? こういう場合、どうやって自分の身体に戻るんだ?)
困った、と思いながらふらふらと自分の身体の周りをまわってみたものの、戻れる気がしない。
妃那なら方法がわかるかもしれない、と手術室を出てみた。
(あいつ、『知る者』だもんな。何でも知ってそうだし)
期待通り、手術室の前には妃那がいた。智之とベンチに座って、手を握り合っている。いつも青白いくらいに白い顔が強張っていた。
「おーい、妃那。聞こえるか?」
人形のように瞬きもしない目の前で手を振ってみたが、妃那は反応してくれない。
(『知る者』って、やっぱ知識だけで、超常現象が見えるってわけじゃないのか?)
その隣のベンチには母親、そして桜子を見つけた。
母親は蒼白な顔で手の中のハンカチを握りしめている。一気に老けてしまったかのように見えた。
桜子は薫子に抱きしめられながら、声もなく涙を落としている。
「桜子……」
(おれ、また泣かせてるし。何度泣かせれば気が済むんだろう)
「どなたか、AB型Rh+の方は!?」と、先ほどの看護師が声をかけた。
「はい、あたし、AB型です」と、薫子が手を上げた。
「私もです」と、智之も立ち上がる。
「では、お二人、こちらへお願いします」
「桜ちゃん、ダーリンは絶対に助かるよ。あたしの血、全部あげても、ダーリンを助けてあげるからね!」
そう言って、薫子が桜子の肩を力強くたたく。
「兄さん、お願い。薫子さんも」
母親の言葉に、智之は真剣な顔でうなずいてから、薫子と共に去っていった。
(どうしよう。こんな桜子を放っておくわけにはいかないのに。身体に戻んなくちゃいけないのに)
再び手術室に戻っても、やはり方法が見つからない。自分の身体の上に行っても、しっくりと中に入ってくれない。
「血圧低下しています!」
相変わらず手術室の中は緊迫している。規則正しかった心音が弱く、とぎれとぎれに聞こえてくる。
ピーっという断続音と共に「心拍停止!」と、大きな声が聞こえた。
(やばい、やばい、やばい!)
「カウンター用意! 離れて!」
二つの電極が身体にあてられると、まるで人形のように身体がぼんっと飛び跳ねた。
「もう一回!」
再び跳ね上がる。
「心拍再開しました!」
とりあえず、ポンポンという機械音が再び聞こえてきた。
「輸血はまだか!?」
「ただいま!」
物質的に身体に戻れないのなら、精神的に戻るしかない。ぎゅっと目を閉じて心の中で唱えた。
(おれは今、死にかかって手術中。身体は手術台の上にあって、目を閉じているから、自分の姿が見えるわけない)
これは夢だと、自分に言い聞かせる。
(どうせ見るなら、こんな生々しいのじゃなくて、桜子の夢がいいよな)
今日はせっかくの着物姿。脱がす時は帯を引っ張って、「あれーっ」と桜子を回してみたかった。
元旦のパーティに来ると決まってから、何度そんな妄想を繰り返していたか。
最高の初めての夜を過ごすために、シミュレーションは万全。そんな光景は簡単にまぶたの裏に描ける。
(いやいやいや、妄想はもういい! ここまで来て逃したら、死んでも死にきれねえ!)
次話は桜子視点で、この後の話になります。
よろしければ、続けてどうぞ!




