3話 一族公認の婚約者になった
本日(2023/06/02)は二話投稿します。
前話からの続きの場面です
「桜子!」
人ごみの中から淡いピンクの花柄の着物を見つけ、圭介は声をかけた。
「あ、圭介」
振り返った桜子を迷わず抱きしめていた。
「ジイさん、認めてくれたよ」
「うん! ……でも、まだ個人的にお会いしていないんだけど」
「だから、乾杯の後、すぐに行こう」
皆にグラスが行き渡り、乾杯の声がかかる。
食事が用意される中、声をかけてくる人たちを避け、壇の付近にいた源蔵の元へ行った。
「ジイさん、改めて紹介します。藍田桜子さんです」
「はじめてお目にかかります。藍田桜子です」
桜子が丁寧にお辞儀をすると、しゃらんとかんざしが揺れた。
桜子が顔を上げても、源蔵は黙ったまま桜子の顔をじっと見ていた。その目には涙が浮かんでいる。
「ジイさん……?」
「わ、わしが圭介の祖父じゃ。会う前にあのように紹介してしまったのは謝る」
さっきまでの偉そうな当主ぶりはどこへ行ったと思うほど、あたふたしていた。
「いいえ。おじい様のお心遣い、大変ありがたく思っています。ああ言っていただけなければ、皆さんに一人一人説明して歩かなければならないところでした。感謝こそすれ、謝っていただいたら、バチが当たります」
桜子はそう言ってにっこりと笑った。
ああ、そうかと圭介も初めて気づいた。
ただの顔合わせでは、桜子はずっと居心地悪い思いをするところだった。
それを一回の紹介で、しかも当主からの言葉で紹介してもらったことで、もう誰もが桜子を見る目が違っている。
新たに神泉家に関りを持つだろうという女性。そして、その裏にある藍田グループの存在に期待するのも止められないことだろう。
「……本当に静さんに生き写しで。声までよく似ておる」
「祖母の話は伺いました。けれど、祖母は生粋のお嬢様育ちでしたが、母の代から『お嬢様』には程遠くなってしまったので、性格はずいぶん違うと思いますよ」
「いいや。たった一人を選んでまっすぐに突き進むのは、あの人と変わらん。やはり藍田の女は代々魔性の女だ」
源蔵の言葉に桜子は笑った。
「ええ。ですから、早々に婚約を交わせるのは世の男性に朗報なのでは? おじい様もまた、そんな男性の救世主のお一人なのですよ」
源蔵はむむっとうなる。
「そういう歯に衣着せぬ物言いも、そっくりだ。なのに、憎めん」
「つまり、ジイさんは好きなんだろう? おれと女性の趣味が一緒?」
「バカ者。誰かれかまわず男を引き付けるんだ。趣味など関係あるか」
「ああ、うん、そうかも……」
「とにかく、まあ、これからもよろしくということで。わしはあいさつに行かねばならん」
「はい。こちらこそ、末永くよろしくお願いいたします。お時間取っていただいて、ありがとうございました」
ふむ、と源蔵は顔を引き締めて去っていった。それを見送りながら、桜子はくすくすと笑っている。
「ごめんなさい。なんだか、かわいらしいおじい様で」
「だろ? 実はからかうと面白いんだよ」
「なんて言ったら、ここに来ている人たちにぶっ殺されちゃいそうだから、黙っていようね」
桜子はぱちっと片目を閉じた。
「おう。けど、うち、やっぱ変じゃない? おれ、初めてこういう席に来たんだけど、なんかの宗教団体みたい」
「あたしも最初、焦ったわ。神泉の当主が神懸っているってウワサは聞いていたけど、あれじゃ教祖様じゃない。で、妃那さんが神様? 顔を見ちゃいけないってくらい、崇拝されちゃってるんだもの」
「普段のあいつを見てても、結構ビビるよな」
「うん、別人みたいだった。妃那さんもお父様と一緒にあいさつに回っているみたいね。あたしたちも行こうか?」
「ああ、そういえば、ジイさんが言ってたよな。あいさつに回るって」
「ほら、みんなに知ってもらわないと」
「ていうか、おまえの場合、顔も名前もみんな知ってて今さらじゃない?」
「でも、『圭介の婚約者』っていうのは、まだだもん。ほら、行こう」
婚約者として紹介されるのがうれしいのか、桜子は笑顔で圭介を引っ張っていった。
そして、案の定、桜子をすでに知っている人も何人かいて、どちらかというと紹介されるのは圭介の方だった。
「あら、杜村のおじ様。来ていらっしゃったの?」
「久しぶりだね。まさかこんなところで会うとは思ってもみなかったよ」
(杜村……)
どこかで見た顔だと思ったら、国会議員をやっている貴頼の父親だった。
「真紀子おば様もお元気そうで」
その隣に立っていた女性が母親の姉、神泉家の長女ということになる。顔は確かに母親とよく似ていたが、もっとやせ形できつい印象を受けた。
親族なのだから、この二人がいるのも当然だ。
「今日、ヨリは? 一緒に来ていないんですか?」
「いや、来ているよ。さっきまで一緒にいたんだが」
「そうですか」
「君の婚約の話を聞いてショックを受けていたよ。王太子妃に続いて、この婚約もガセではないだろうね?」
「その節は大変お騒がせしました。明日になってわたしが入院していたら、ガセだとすぐにわかりますわ」
「その必要はないよ。君の顔を見ればすぐにわかる。今度は本当なんだね。おめでとう」
「ありがとうございます」と、桜子は丁寧に頭を下げる。
「同じ神泉会長の孫なのに、うちの息子ではダメだったのかな」
「ヨリはどこまでいってもわたしにとっては弟でしたから」
「そうか。残念だよ。君のお母さんとは約束していたんだけどな。嫁をくれるって」
「……やっぱり覚えてらしたんですか?」
「もちろん。まあ、昔の話だけどね。やはり期待してしまった」
「うちにはまだ薫子が残っていますので、ご縁があれば」
「いや、気にしなくていいよ。半分冗談だから。では、また」と、杜村夫婦は去っていった。
「あれって、つまり、昔、桜子のお母さんと訳ありだったってこと?」
圭介が聞いてみると、桜子はうなずいた。
「昔、付き合ってたんだって。婚約まで行ったんだけど、お母さんが土壇場でひっくり返しちゃって破談」
「……で、お父さんを選んだ?」
「そう。初恋のお父さんに振られて、他の人に走ったんだけど、結局忘れられなくて、お父さんと結婚したの」
「おまえのお母さんも――」
「魔性の女でしょ?」
圭介はうなずいた。
杜村氏も桜子の母親のことを忘れていないと思った。桜子を見つめる目がどこか切なくて、手に入らなかった人の面影を求めているようだった。
(貴頼、夫婦仲があんまりよくないみたいなこと言ってたしな……)
あっちもこっちも罪作りな女性たちだな、としみじみと思ってしまった。
次話は、久し振りの貴頼と再会です。
お時間ありましたら続けてどうぞ!




