1話 神泉家の元旦行事は仰々しい
本日(2023/05/30)は、二話投稿します。
最終章スタート!
圭介視点です。
元旦、神泉家新年会の会場となる食堂は準備でごった返していた。
圭介も朝から雪乃に手伝われ、着物の着付け。慣れない草履に転びそうなので、時間まで部屋で歩く練習をしていた。
「圭介、準備できた?」
ドアが開いて、妃那がひょっこりと顔をのぞかせる。花柄の赤い着物を着て、今日は髪を上げてきらきら光るかんざしをさしていた。
「お、かわいくできたな」
「久しぶりに着物を着たわ。なんだか、今さらながらとても窮屈なものね」
「でなかったら、洋服が今頃流行っていないだろ」
「でも、圭介も似合っているわ。たまにはいいでしょう?」
「この格好で明日初詣に行かなくちゃいけないんだろ? なんか、おれ、恥ずかしいんだけど」
「そう? みんなそろって着ていれば、目立たないわ」
確かに妃那と一緒に階段を下りていくと、男性は紋付き袴、女性も着物姿だった。かろうじて中学生以下の子供は洋服といったところだ。
先日のクリスマスパーティに比べ、妃那に寄ってくる客が少ない。かなりの美少女なので、『だれかしら』といった目を向けてくるだけだ。
「もしかして、親族っておまえの顔を知らないのか?」
「きっと知らないわ。わたし、公の席は出たことがないもの」
「なるほど。今日の席でお披露目となるのか」
「そういうことね。桜子は? まだ来ていないの?」
言われてきょろきょろ見回したが、それらしき人は見当たらなかった。
「妃那、中に入って待っているか? 伯父さん、もういるし。おれ、ここで桜子を待っているから」
「わかったわ。まだ始まるまで時間はあるから、急がなくても大丈夫よ」
先に入っていた客は、ふるまわれる飲み物を手に新年のあいさつをしたり談笑している。
「あら、圭介、もうお支度できたの?」
声をかけられて振り返ると、母親が黒い着物姿で立っていた。髪を結い上げた母親は初めて見る。
「お、母ちゃん、なんか極道の妻――」
ぱしっと頭を叩かれた。
「それは褒め言葉じゃない」
「銀座の高級――」
最後まで言う前にぱしっともう一度飛んできた。
「それも違う!」
「お母様、いつもと違って本日は大変優雅で美しくいらっしゃる」
「気持ち悪い!」
「……それ、もう、褒めるなって言ってるよな?」
「あんたに期待してないもの。それより、きちんと背筋伸ばしなさい。着物着て、かっこ悪いでしょうが」
「う、気を付けているんだけど」
「お父さんにも言われたでしょ。それくらいできないと、婿に行けないわよ」
「……そういう教育してくれなかった母ちゃんに責任は?」
「ないわねー。必要ないはずだったんだもの。あんたがどうしてもってこの家に来たわけだしー」
「はいはい、悪かったよ。母ちゃんまで巻き込んで」
「でも、圭介。ありがとう」
「え?」と、圭介は顔を上げた。
母親は穏やかな笑みで見つめていた。
「家族というものを見直すチャンスをくれて。あんたのおかげ」
「ほんと? イヤイヤいるんじゃないの?」
「最初はそうだったし、離婚してクサクサしていたのもあったけど、もう一度ここから始めてみようと思うの。わたしに何ができるか、何をしたいか、考えてみるわ」
「母ちゃん……」
「お、桜子さん、到着したみたいよ。わたしは先に行っているから。壇上横にすぐに来るのよ」
「わかってるって」
母親が会場に入っていくのを見送って、玄関の階段を上ってくる桜子を迎えた。
白地に桜柄の華やかでかわいらしい着物をまとっていた。髪をゆったりと上げて、唇があわく色づいて光っている。
「改めてあけましておめでとう、圭介」
「おめでとう。着物、すごく似合ってる」
「ありがとう。圭介もかっこいいよ」
「……ほんと? 七五三とか思わなかった?」
「もう、そんなこと思わないよー」
「会場まで案内するよ。まだもうちょっと時間があるから、飲み物でも」
桜子にオレンジジュースのグラスを渡し、圭介も一つ取って飲んだ。
「ありがとう。おじい様は?」
「ジイさん、入場は最後だから、まだ来ていないんだ」
「そっか。じゃあ、今っていうわけじゃないんだね」
「うん。とりあえず、スタートの時、おれも前の方に行かなくちゃならないから、ちょっと一人にするけど。ごめんな」
「直系親族だから?」
「なんか、そうらしい。で、ジイさんの入場を待って、新年のあいさつがあって、乾杯して食事。その頃にジイさんのところに行こう」
「了解」
「緊張してる?」
「少し。おじい様に会うのはもう覚悟が決まっているから、それほどでもないんだけど。この雰囲気、ちょっと慣れないわ」
桜子が小声で言う。
「そう? 普通のパーティじゃない?」
「ほら、普通のパーティだと、あたしの顔なんかみんな知っていて、あいさつに寄ってくるじゃない? ここの人たち、『どうしてあなたがいるの?』って目で見てくるから、笑顔を返していいものやら悩むんだけど……。ひと言で場違いな感じ」
「おまえが場違いだったら、おれはどうなるのさあ……」
「圭介は顔を知られてないから、まだ大丈夫なんだろうけど。あたし、知られている分、親族じゃないことがバレバレでしょ。もしかして、おじい様はこういう中にわざわざあたしを呼び出したのかしら。親族以外はお呼びじゃないって」
珍しく弱気な桜子に圭介は驚いた。
「考えすぎだよ。逆に開き直ってるくらいでいいんじゃない? だって、呼んだのはジイさんなんだから、おまえがここにいる権利はあるだろ?」
「まあ、そうなんだけど……」
その時、「まもなく当主がいらっしゃられます」と、智之が会場に声をかけた。
次話、この場面が続きます。
お時間ありましたら、続けてどうぞ!




