11話 婚約するための条件とは?
本日(2023/05/26)は、二話投稿します。
前話からの続きの場面です。
つかの間の沈黙の後、圭介は口を開いた。
「それでも母が少しは心の慰めになったんじゃないですか? 伯父さんから聞きましたけど」
「そうだな……。こんなわしを恐れて誰も近づかない中、百合子だけは平気で近寄ってきた。わがままで自由奔放で、バカみたいに明るい子だった。
しかし、それも子供の頃の話。大人になれば、わしに嫌気がさす。結局、男を作って家を飛び出してしまった」
「ジイさんならどんなことをしてでも、連れ戻すことくらいできたでしょう? それをしなかったってことは、最後は折れて母ちゃんの自由にさせてやったってことじゃないんですか?
それとも、自分ができなかったことをしてくれる母ちゃんに、何か期待したんですか?」
「それもあるかもしれん。が、相手があの男でなかったら、わしもあれほど反対しなかった。たとえ反対しても、百合子の性格を考えれば、最後には折れておった」
「……それは同意します。あれはジイさんでなくとも、娘を嫁に出したい男じゃないですから」
源蔵は初めてふっと笑った。
「すぐに捨てられて戻ってくると思っておったのに。結局、苦労して働いて、おまえを育てて、それでも一途に愛し抜いた。幸せだったんだろう。おまえを見ればわかる。
おかげでやはり後悔した。あの時、すべてを捨ててあの人を選んだとしても、後悔することなどなかったのだろうと」
「結局、ジイさんも母ちゃんも、情が深いってことでしょう? そうじゃなければ、一人の人を愛し続けたりなんてできない。
おれのことだって心配してくれた。桜子と付き合っているって知って、別れるように言ったのは、自分と同じ道を歩ませたくなかったからなんでしょう? それはつまり、おれに幸せになってほしいって思ったからじゃないんですか?」
「買いかぶりだ」と、源蔵は一蹴する。
「それで、こんな話をしてどうする? どうせおまえのことだから、わしが反対しようが、何もかも捨ててあの娘と婚約するのだろう? 無駄話でしかない」
「いいえ。おれは欲張りなんです。将来のために神泉の名がほしいです。せっかくできた家族も失いたくない。
ようやく最近少しずつ家族らしくなってきたじゃないですか。おれ、ずっと母ちゃんと二人だったから、家族ってのに憧れてたんです。ジイさんやばあちゃんがいて、伯父さんもいて、妹みたいな妃那がいて。食事中にバカ話できるのが楽しいんです。
ジイさんにとって家族は後悔から生まれたものかもしれない。大切なものと引き換えにしなければならなかった、憎らしい存在かもしれない。でも、そのおかげでおれらは生を受けて、それぞれの幸せを求めて生きることができるんです。
ジイさんにははた迷惑かもしれないけど、ジイさんがこの道を選択してくれたおかげで、おれは桜子と出会って、恋をして、これから新しい家族を作るチャンスをくれたんです。
桜子は何よりも家族をとても大切にしている奴です。うちの家族とも仲良くしたいと思っている。だから、おれらはジイさんにも祝福してもらいたい。それは二つの違う家族を仲良くさせたいという意味なんです」
「わしはおまえの婚約に反対など唱えておらん」
「桜子の顔を見たくなかっただけですよね?」
むむ、と源蔵はうなる。
やはりそれが理由だったのだ。妃那も最初から言っていた。
どうして、桜子を紹介しようとすると、源蔵が逃げるのか。
『桜子の顔を見るのがイヤだから』と。
妃那は源蔵の過去のことを知っていたに違いない。
(あいつ、もうちょっと事細かに説明することを覚えてくれないかなー? 間違ってないけど、端的すぎるだろ)
「ただし――」と、源蔵が口を開いて、圭介は表情を引き締めた。
「婚約を認めるには条件がある」
「条件?」
「おまえが結婚するまで、この家にいること」
「……もしかして、途中で婚約破棄になった場合に備えてですか?」
「バカモノ。おまえを教育するためだろうが。おまえは庶民育ちすぎて、上流階級のマナーひとつわかっておらん。そんな恥ずかしい孫を神泉の名を付けて婿に出せるか」
「ああー……。確かに女性のエスコートひとつできないんじゃ、桜子の隣では申し訳ないです」
「けど」と、圭介は一歩踏み出して手を伸ばすと、源蔵の頬を両手ではさんで無理やりこちらに向けた。
「そういう時は素直に『おれがいないと淋しい』って言ってもらった方が、おれとしてはうれしいんですけど?」
「そ、そんなことは言っておらん! だいたい家族を引っかき回しているのはおまえだろう! 最後まで責任を取れと言っておるんだ!」
源蔵はもがくが、圭介は放さなかった。
「じゃあ、ジイさんもこっちを見て。目をそらさないでみんなを見て。ジイさんのおかげで存在する家族たちの幸せを見届けて。
おれに責任があるって言うのなら、ジイさんにも強制参加してもらわないと。じゃないと、おれはいつまでたってもこの家を出ていけないだろ。返事は?」
源蔵は目をきょときょとと泳がせていたが、やがてこくんとうなずいた。
「じゃ、そういうことで、桜子にも会ってくれるよな? 家族になるのに、顔合わせしないってわけにいかないんだから。
それに、静さんの話は聞いたけど、桜子は顔が似てるだけで、全然別人だよ。逆に早く会った方がいいんじゃないかな」
「いいから、放さんか。別に会わないとは言っておらん。たまたま忙しくて時間が合わなかっただけのことだ」
あくまでしらを切ろうとする源蔵に、圭介は手を放して笑ってしまった。
「まあ、今まではそうだったってことにしておこう。今度はいいんだよな? ちゃんとジイさんの都合に合わせるよ」
「あさって、元旦のパーティに連れてくればいい。その時に会ってやる」
「約束だからな?」
源蔵が渋い顔でうなずくので、圭介は踵を返した。
――が、ドアが開かない。無理やり押すと、突然ドアが大きく開いた。
そこに母親と妃那が尻もちをついている。その後ろには、智之が背を向けて立っていた。
「……まさか、盗み聞きしてたのか?」
「いやあ、だって、あんたが思わせぶりなことを言うから、つい気になっちゃって」
母親は乾いた笑いをもらしながら、手をひらひらさせる。
「そうよ。圭介が隠し事なんて、絶対におかしいもの」と、妃那は開き直っている。
「で、伯父さんも?」
「わ、わたしはみんなを止めようと思ってだな……」
口ごもる智之に、すかさず母親のツッコミが入る。
「あら、兄さんもちゃっかり聞いていたじゃない」
「そ、それは……」
「でもまあ、圭介、これで婚約は決まりね。おめでとう」
母親が晴れやかな笑顔を向けてくるので、圭介も笑顔でうなずいた。
「早く桜子にも伝えたい!」
「おまえたち、わしの部屋の前で何をしておる! とっとと出ていかんか!」
源蔵の怒鳴り声で、全員逃げ出した。
次話、二年参りデートで【ジイさん編】の最終話となります。
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