4話 とりあえず伯父さんに紹介ということで
本日(2023/05/12)、二話目になります。
夕食の時間になる少し前、圭介は桜子と一緒に妃那の部屋をノックした。
「どうぞ」と返事があったので、ドアを開けると、妃那と薫子は前面の扉の開いた自動販売機に頭を突っ込んでいるところだった。
すでに分解されたのか、あちこちからケーブルがもじゃもじゃと出ている。
「そっちの配線、見つかった?」
妃那がドライバーで何かを外しながら薫子に言う。
薫子はルーペを目に当てて、プリント基板をのぞいている。
「んー、大丈夫。こっちはIN50。OUT30から出て、うーんと……」
そんなことを話しながら、圭介たちには目もくれない。
「おーい、食事の時間なんだけど? キリはつかないのか?」
「ちょっと待って。この配線だけチェックしたら、いったん止められるから」と、薫子が答える。
「はい、IN51で確かだよ」
「では、手を洗ってきたら、行きましょう」
二人がシャワールームに駆けていった。
「ここ、妃那さんの部屋なの?」
桜子は驚いたように見回している。
驚くのも無理もない。圭介自身も普段『ゴミ屋敷』と呼んでいるくらいに、足の踏み場もないほど物が散乱しているのだ。
かろうじてベッドの上だけ、居場所がある状態。そのせいもあって、妃那はヒマな時は圭介の部屋に入り浸っている。
「とてもじゃないが、女の部屋には見えないだろ」
「なんというか、作業場? 工場? ていうか、カプセルトイの機械がどうしてここに……。パチンコ台まであるし」
「全部分解して遊んでるらしい」
「で、ここが作業台? 何に使うかわからない電子機器がいっぱいなんだけど。これははんだごてかしら」
「おれにもわからん。発明でもしてるのかも」
「なんだか、イメージしていた女の子とずいぶん違うね」
「そう?」
「ほら、クマの絵のついた髪留めなんかつけてるところを見ると、かわいいものが好きなのかなって思ってたの。イルミネーションとかお菓子の家とかもそうだし。
部屋もぬいぐるみとかでいっぱいにしてるイメージじゃない?」
「あの髪留めは彬からのクリスマスプレゼントだからな。気に入ってるんだよ」
「ええー……。あの子、もうちょっと気の利いたプレゼント、考えられなかったのかな」
「……おれは妃那が何をプレゼントしたかの方が、恐ろしくて聞けない。彬はなんか言ってた?」
「ううん、聞いてないけど」
「おれに相談がなかった時点で、突拍子もないものをあげたんじゃないかと想像している」
「またあ。考え過ぎだよ」と、桜子は笑った。
「おまたせー」と、二人が出てきたので、一緒に部屋を出た。
「今日のお夕食はピザなのよ」と、妃那が得意げに言う。
「ピザ? うちで?」
「最近、ピザというものにこっていて、お父様にもレストランに連れていってもらったの。そこの窯焼きのピザというのがとてもおいしかったので、うちの調理場にも同じものを入れてもらったのよ」
「……て、買ってもらったのか!?」
「ええ。でも、シェフがピザの作り方を習わなければならなかったから、すぐには使えなくて。やっと修行から戻ってきたところだし、今日は大勢だから、ちょうどいいでしょう?」
「うちのシェフ、フレンチ専門だからな……。かわいそうに」
食堂に入ると、母親や祖母、伯父もそろっていた。
「皆さま、紹介しますね」と、妃那が三人に向かって話し始めた。
「こちらが藍田薫子さん。わたしのお友達なの。お父様、薫子は頭がよくて、趣味も同じなのよ。一緒に遊んで、とても楽しかったわ」
智之の眉が『藍田』の言葉にピクリと反応したが、笑顔を浮かべた。
「どうも、父です。妃那がお世話になってるみたいだね」
「いいえ、こちらこそ。とても楽しい放課後になりました。自販機、素晴らしいです」と、薫子は無邪気な笑顔を向ける。
「ねえ。まだ全部分解解析が終わっていないのよ。見るところがたくさんすぎるわ」
「プレゼントを気に入ってもらえてよかった」
はしゃいでいる少女二人を見て、智之も表情を和らげていた。
「あ、それから、薫子のお姉さん、桜子も紹介するわ。圭介とお付き合いしているの。お父様も知っているでしょう?」
「藍田桜子です。はじめまして」と、桜子はていねいにあいさつをする。
「ウワサはかねがね」
「パーティの時にごあいさつをと思っていたんですけれど、あいにくお会いできなくて残念でした」
「申し訳ない。手の離せない用事ができて、ずっと席を外すことになってしまって」
「今日はお会いできて光栄です」
桜子は凛とした眼差しで笑顔を浮かべた。
「薫子、桜子、こちらがおばあ様と叔母様よ」
「どうも。孫がお世話になっています」と、琴絵はやんわりと笑顔で言った。
「いらっしゃい。パーティ以来ね」と、母親も笑顔を返す。
「薫子にも会ったのか?」と、圭介は母親に聞いた。
「二人一緒にあいさつに来てくれたわよ。あんたはいなかったけど」
「ああ、ちょっと外してた間だな」
「そういえば、おじい様はまだなのかしら。先ほどお声が聞こえたけれど」
妃那が食堂の入口の方を振り返りながら言った。
「急用で出かけたので、今日はこれで全員だよ」
智之の目が泳いでいるのを圭介は見逃さなかった。
「ジイさん、また逃げたのか!?」
「いや、本当に急用で……」
「ていうか、ありえないだろ!」
圭介は頭をかきむしった。
「圭介、気にしなくていいよ。またの機会に」
桜子がなだめるように言ってくれるのが、なんだか申し訳なかった。
「ごめんな。普通に失礼だよ。大人気ないっていうか」
「もしかしたら、何か事情があるのかもしれないし」
「じゃあ、食事にしようか。せめて、妃那お勧めのピザを食べていってくれ」
「うん。期待してるからね、妃那さん」
一人一人に運ばれてくるかと思えば、大きなピザが三枚、大皿でテーブルに置かれた。それから、サラダとチキンウィングと、なんだかデリバリーの定番のようなものまで運ばれてくる。
(妃那の奴、ホテルでピザを取って食べてるのか?)
そうだろうな、と思った。
そんな中、智之と母親は赤ワインを頼んで、二人で飲み始めていた。
「うわ、すごーい。パーティみたい」と、薫子が目を輝かせる。
「さあ、皆さん、手でどうぞ。ご堪能あれ」と、妃那が手を開いた。
「いただきまーす」と、みんなで大皿に手を伸ばして、焼き立てのピザをそれぞれ自分の皿に運ぶ。
「うわ、デカっ。これを手で食べるのか?」
「え、全部トッピングが違うの? そっち何?」と、桜子は首を伸ばす。
「魚介と、あっちのは肉系かな。あたしは定番マルゲリータから。ああー、待って。写真を撮ってから」と、薫子はスマホを構えてパシパシ。
それから、みんなでほおばった。
「チーズ、おいしい! のびるよー」
「生地もちもち、周りがぱりぱり。おいしいわ」
夕食に招待した二人が喜んでいるようなので、圭介もほっとしながら自分の分を口に入れた。
「うん、うまい。妃那、グッジョブ、と言いたいとこだけど、毎日食べるものじゃなければ、窯まで買う必要なくないか?」
「あら、ピザは焼き立ての方がやはりおいしいと思うわ。配達してもらっても、あっという間に冷たくなってしまうもの」
「う、うーん……。それはそうなんだけど。伯父さんも甘やかさないようにって言ったのに」
「いやあ、ついつい? わたしも気に入ったのでね。たまにはこういうのもいいんじゃないかと」
源蔵がいないこともあるのか、智之も気安い様子を見せている。
「ほんと、兄さんは甘いんだから。けど、確かにおいしいわよ。ワインが進むし」
(母ちゃんは……ほとんどいつもと変わらないな)
「母ちゃん、飲みすぎるなよ」
「大丈夫だって。子供は子供で楽しみなさいよ」
手をひらひらさせて、母親は笑う。
「ばあちゃんは大丈夫?」
「ええ。洋食には慣れているし、おいしいわ。でも、ちょっと大きすぎて食べづらいわね」
「ナイフとフォークもらおうか?」
「大丈夫よ。こんな風に食べるのがちょっと恥ずかしいだけだから」
どうもお上品な祖母は手づかみで食べる習慣がないらしい。
「ねえ、妃那さん、わざわざあたしがお下品に食べる姿を見せたくて、ピザにしたわけじゃないわよね?」
桜子がジトっと妃那を見つめる。
「あら、失礼ね。あなたのことだから、テーブルマナーくらい問題ないことは、みんな知っていると思うわ。お下品にも食べることができると知ってもらった方がいいのではないの?」
「それ、必要?」
「あなたのありのままを見てもらうには、その方がいいと思うけれど」
「……て、本当にそう思ったの?」
「いいえ、全然。ただの提案よ」
「提案って……」と、桜子は唖然とした顔をしている。
「お父様、いつもこの4人でお昼を食べているのよ。毎日、お昼はこのような感じなの」
そういえばそうだった。
妃那はこんな姿を父親に見せてやりたかったのかもしれないと、圭介は今さらながら思った。
「なんだか、にぎやかそうだね」と、智之は応じている。
「ええ、そうなのよ。特に薫子がキャンキャン子犬のように騒ぐの」
「妃那さーん? キャンキャン騒ぎたくなることをいつも言うのは誰かしら?」と、薫子の眉がキュッと上がる。
「わたしだと言いたいのかしら?」
「そうだよー。自覚ないの?」
「ないわ」
薫子はがっくりと頭を落とした。
そんなこんなで神泉家では珍しく、騒がしい夕食となった。
次回、源蔵が逃げた理由がわかるかも?
二話同時アップ、お楽しみに!
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