16話 骨抜きって、こういうこと?
本日(2023/05/02)、二話目になります。
前話からの続きの場面です。
「けど、彬、それでいいの? 認めてもらったっていっても、今だけのことでしょ? そんな先のない恋で、いつか傷ついたりしない?」
母親が心配そうに言った。
そんなことは、彬も最初からわかっている。
いずれ神泉家当主となる妃那は、神泉の血筋の男と結婚しなければならない。
でも、それは今ではない。
妃那が結婚する頃、自分がどうなっているのか、何を考えているかなど、わかるはずもない。
その時、妃那を失って昨夜と同じ思いをするかもしれない。
どうせ同じ思いをするのなら、今日より、明日。一年、もっと先の方がいい。
(別に死にたいわけじゃないんだから)
「先のことなんて、あんまり考えてないよ。今が大事なんだから。今、大切に思う人と一日でも長く一緒にいたいだけ」
母親はほうっと感心したように彬を眺めている。
「変?」
「ううん? 刹那の恋って感じで素敵だなあって思って。
けど、たいていそういう話って、ハッピーエンドより心中で終わったりするのよね。あんた、そういうフラグがもう立ってるわよ」
「母さん……!」
「それにしても、何がきっかけだったの? 神泉家のお嬢さんが、そうそうその辺りの男の子と付き合おうなんて思わないんじゃないの?」
「きっかけ……。それは薫子じゃない?」
「あら、薫子、愛のキューピッドになったの?」
「そんな聞こえのいいものじゃないよなあ?」と、彬は薫子をにらむ。
「ええー、だって、あの人、桜ちゃんにとって邪魔だったんだもん。手っ取り早く他の男の子とくっついちゃわないかなー、なんて思ったんだけど。彬くんくらいしかいなかったから、まあ、いっかと。
正直、これっぽっちも期待してなかったけど、今となってはあたしの作戦は大成功じゃない? 愛のキューピッド様になっちゃった」
うひ、と薫子は笑う。
「はいはい。その作戦、バレてても乗ってくれたあの人に感謝しないとな」
「そういうの、ミイラ取りがミイラになるっていうんだよー」
「はい、不毛な言い争いはこれまで」と、桜子が間に入る。
「あれ、父さん、どうしたの? さっきからずっと暗い顔してない? そんなにショックだった?」
「ショック……? うん、そうかも。
だって、彬が『そういう関係じゃない』から、おれたちに紹介しないって言ってたのは、てっきり身体だけみたいな都合のいい関係だからだと思ってたんだよね。
まあ、おれの息子だし、しょうがないかなーと思っていたわけだ。
それがなに? 実は真剣にお付き合いしていて、向こうの親に認められていないから『紹介できない関係』って。おまえ、どこまで真面目なの? 中学生、もっと気軽に女と遊ぼうよ」
「音弥ー?」と、母親の眉が上がっている。
「……きっと僕、父さんの遺伝子受け継いでないんだ」
彬はぼそりとつぶやいた。
「お父さんって、遊びまくってた人だったんだね……」
「うちの学校にもいるよね、そういう手当たり次第、みたいな人」
そして、父親は娘二人にも冷たい視線を向けられた。
「ご、誤解するなよ。相手があのお嬢さんじゃなかったら、彬も一途にほれ込む女ができてよかったなーって喜ぶよ、もちろん」
父親はあわてたように言う。
「じゃあ、なに? もしかして、父さんは反対なの? 口出ししないっていうから、僕、その可能性は全然考えてなかったんだけど。問題は向こうの家だけで」
「いや、うん、反対とかするつもりはないんだけど、なんというか、予期していなかった事態に動揺しているというか……」
「でも、会ってるのは知ってたじゃん」
彬は父親の態度がどうも納得いかなかった。
首を傾げていると、父親は気を取り直したように咳ばらいをした。
「だからね、それ聞いた時、『ああ、どうして手を出しちゃいけない女に手を出しちゃったかなー』と思ったわけだ。
あっちは完全密封、鉄の箱に入ったお嬢様だよ? そんなことが向こうの家にバレたら、うち、当たり前のように訴えられるから。
お嬢さんを傷モノにしてごめんなさいって、おまえを差し出しても、多大なるノシを付けても、絶対受け取ってくれない家だよ?」
「……それがうちの弱みって奴だったのね」と、桜子が思い出したようにつぶやく。
「そうだよ。そういう家だから、訴えを取り下げてもらうためには、こっちが明らかに不利になる条件を付きつけられるわけだ。
金ですむ話ならまだいいよ。けど、それを盾に、圭介くんを譲らないって言われたら、さすがにこっちは強くは出られなくなるだろ?
それなのに、隠し続けるのならまだしも、わざわざ自分たちから関係を暴露。おまえとの関係を認めてくれたからといっても、今だけの話で、結婚を許してもらったわけじゃない。
おまえたちのその中途半端な関係を向こうの家に明らかにするということは、桜子と圭介くんとの婚約に支障にしかならないということなんだ。
おまえの恋に口出しはしたくないけど、桜子のことを考えれば、そんな一時の恋とわかっているものには、反対したくもなる。二人ともおれの子なんだから」
彬はそれを聞いて、冷や汗がじんわりと浮かんでくるのを感じた。
「……そこまで考えてもみなかった。結局、姉さんの邪魔をすることになるかもしれないなんて」
「あたしが浅はかだったんだ……! あの人の方が一枚も二枚も上手だってわかってたのに。それがどういう結果をもたらすかなんて、そんな先のことまで考えてなかった……」
薫子も青い顔をしていた。
「あのお嬢さんのことだから、もしかして二人の邪魔をするために、それくらい計算してわざわざ彬に手を出してきたのかな、とおれは疑っていたんだけど」
「僕との関係は、姉さんたちには関係ないって言ってたのに……」
「で、おまえが関係を認められたって、さっき言った時、確信した。あまりにもタイミングが良すぎる。
桜子がいよいよ神泉に婚約を認めてもらうその日、わざわざおまえとの関係を明らかにする。切り札を使ってきたんだって確信した」
「じゃあ、あたしがあいさつできなかったのもそのためなの……?」
「かもしれない、と思った」
父親の言葉に桜子は顔を曇らせた。
「おれだって、こんなこと言いたくないよ。けど、あのお嬢さん、おまえたちみたいにバカ正直で、まっとうな人間が相手にするには強敵すぎる。だから、せめて自分たちがどういう相手に立ち向かっているのか、わかってほしかったんだ。
おれ、おまえに気を付けろって言ったよな?」
(僕、結局、ダマされてたんだ……)
妃那は薫子の仕掛けた作戦に着想を得て、逆にそれを利用することを考え、圭介を手に入れる計画を立てたのかもしれない。
それくらいやってのけることはよく知っている。
父親は先の先を読んで、彬に「ダマされていないか?」と聞いてきたのだろう。
あの計画だけではなく、その関係そのものの存在に対して。
彬はバカみたいに信じてると答えた。
妃那は子供で、わけのわからないことを言い出すことも知っていて、でも、素直に話を聞く子なのだと。
(全部、全部、ウソだったの? 僕を必要な存在だって言ってくれたことも、僕のために死なないと約束してくれたことも)
ああ、違うと思った。それはウソじゃない。妃那はウソなんてついてない。それは真実だ。
単に圭介をあきらめたわけではない、それだけのことだ。
今の圭介には桜子がいる。無理に引き離せば、圭介に嫌われる。
それがわかっているから、桜子との関係を修復してやったし、邪魔するようなこともしない。
逆に圭介を喜ばすために、圭介のためになることをしようとしている。
それは、いつか自分との婚約の日に備えていただけのこと。
あとは、神泉側に圭介と桜子の婚約を認めない理由があれば、それでよかったのだ。
それが彬との関係を公にすること。
彬はダマされたわけではない。
二重にも三重にも重なっている計画の裏の裏まで見通すことができなかった。
それに気づいていた父親が忠告してくれたのに、彬は失念していた。
それくらいに、いつの間にか妃那の存在がかけがえのないものになってしまっていた。
このことを知っても、妃那の存在を突き放すこともできない。
(ああ、こういうの『骨抜き』って言うんだ……)
「ごめん、姉さん。僕のせいで……」
深刻な状況に一転してしまいましたが、続きは……。
次回、3話アップで、【妃那&彬編】完結です。
二人の関係の行きつく先をぜひお楽しみに!
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