12話 奇跡の生還しました
本日(2023/04/25)、二話目になります。
前話の前半部分の続きです。
彬視点です。
薫子が出ていった後、彬はベッドの上で壁に寄りかかりながら、いれてもらったお茶をゆっくりと飲んでいた。
脇に置いたスマホが震えていることに気づいたのは、そのマグカップが空になる頃だった。
のぞき込むと、妃那からだった。
心臓がばくんと跳ねる。
もう結論が出たのだろうか。妃那は父親と話をすると言っていたが、すでにそれは終わったのか。
(パーティの最中に?)
主催者である社長、主役の妃那がそろって、パーティをそっちのけで話し合っていたとも思えない。
最後にさよならを言った時、妃那は泣いていた。泣いてすがってくれた。
圭介が会った時も泣いていたらしい。
今でも泣いているのだろうか。電話を取る手がためらわれる。
取り上げようとして、電話のコールは止まった。
かけ直そうかと思った時、もう一度電話が鳴った。今度は出た。
「もしもし」と。
『あ、彬? 今、どこにいるの?』
「家に戻ってるけど」
妃那の声が明るい。いつもと変わらない。
(その理由は……)
『ああ、よかったわ。最初の電話に出ないから、もう死んでしまったのかと思ったわ』
「一応、まだ生きてる」
『彬、死んではダメよ。お父様が認めてくれたのだから、今までと何も変わらないの。わたしたち、これからも会えるのよ』
興奮しているのか、妃那があまりに早口で言うので、彬はその意味を考えるのに時間がかかってしまった。
「……認めたって、ほんとに?」
『ええ。わたし、一生懸命お父様に話したわ。わたしにとって彬がどれだけ大切で、幸せでいるためにはどうしても必要なのだと。
そうしたら、お父様はわたしがそれを大事だと思うなら、彬くんとそういうことはしてもかまわない、と言ってくださったの。
ねえ、素晴らしいニュースでしょう?』
頭の中で絶対にありえないと言われ続けていたことが起こってしまって、彬は気持ちの方がついていかなかった。
「……お父さん、僕のことについては何か言っていなかった?」
『ええ。今日のあれで紹介されたことにするから、二度と紹介しなくていいと言っていたわ』
「……それは遠回しに二度と顔を見せるな、という意味だよね?」
『そうなるのかしら? そうそう、お父様が条件を出してきたの』
(条件……)
彬はごくりと息を飲んだ。
「なに?」
『わたしたちの関係を人に話す時は、恋人同士と言いなさいと。『カレシ』と『カノジョ』という言葉を使って、相手のことを『セフレ』と言ってはならないそうよ。
それから、話すのはお互いに家族の中だけにすること、と言っていたわ。それだけは譲れないというから、わかったと言っておいたけれど』
「それだけ……?」
『ええ。わたしは人にウソをつくのが嫌いだから、恋人同士などといって、わたしたちに当てはまらない関係に名前を付けるのはイヤだけれど、仕方ないと思ったわ。彬はイヤかしら?』
「全然いいよ。もともと薫子以外には、君のこと『カノジョ』って言ってたんだから」
『なら、問題はないわね』
全身に安堵が広がって、緊張が消えていく。
力が抜けて、そのままベッドに転がり込んだ。
「じゃあ、僕は君を失わずにすんだんだね? これからいつでも会えるんだね?」
『ええ、そうよ。先ほどから何度も言っているではないの。あなた、本当に人の話を聞いているのかしら』
「あのねえ! 信じられない話っていうのは、何度も聞いて確認しないと、気持ちがついていかないんだ! それくらいわかってよ!」
『わかったわ』
「……本当に?」
『ええ。わたしは何度も言われなくても信じられるし、わかるもの。それで、彬、今夜は出てこられるの? これから会いましょう』
「え、これから? もう10時になるよ」
『だって、今日はクリスマスでしょう? 恋人たちがデートをする日よ。わたしたちも『恋人同士』になってしまったのだから、クリスマスを一緒に過ごさなければならないわ』
「……ウソの関係なのに?」
『誰かに聞かれて、クリスマスをカノジョと過ごさなかったと答えたら、どうして、何をしていたのか、などといろいろ面倒な質問をされるわ。けれど、過ごしたと言えば、あなたはパーティに行って、わたしと夜を過ごした。それ以上のことは聞かれない。ウソをつくのなら完璧にしておかないと』
「そのために会うの?」
『もちろんセックスもしたいわ。今日はとても物足りなかったもの。もっといっぱいしたいと言ったでしょう? 彬は違うの?』
「君が会いたいっていうのなら、いいよ。一番優先なんだから」
『では、30分後には車で迎えに行くから、支度をして裏門の前で待っていて』
「うん、じゃあ、後で」
電話を切って、彬は枕に顔をうずめた。
今の気持ちにタイトルを付けるのなら、『奇跡の生還』だった。
血が通い始めたように全身が温かくなって、幸せというものが戻ってくる。
(よかった……)
この決断を下した妃那の父親のことに、ようやく思いをはせることができた。
圭介から聞いた話も、あの絶望のただ中では、きちんと理解することも考えることもできなかった。
妃那のことを叩いて、嗚咽をもらしていた人。
あんなに悲しい声は聞いたことがなかった。
娘をとても大事に、愛しているのだ。
こんなわけのわからない関係を持つ男などに触れさせたくない。
それが当然の父親の想いだと、今さらながら思う。
それにもかかわらず、彬に妃那を託してくれた。それがどれだけ苦渋の選択だったとしても、彬の存在を認めてくれたのだ。
それが妃那のためになると信じてくれた。
彬ならなんとかできるのかもと期待してくれた。
彬は妙にうれしくなってしまった。
自分の存在を家族以外に認めてもらう。
広い世の中でちっぽけだった存在から、一つの存在に格上げされる瞬間。
初めての経験だ。
(ああ、付き合いを認められた時って、きっとこういう感じなんだろうな)
もっともウソの恋人同士でしかないので、意味合いは違う。二度と顔を見せるなと言われている現状、進んで認めてくれたわけでもない。
しかし、こんな関係であるからこそ、もっと認められるのは難しいと思う。
それを認めてもらえた。それを誇らしく思って何が悪い。
彬はわき上がる興奮に、ベッドの上でじたばたしてしまった。
「……あ、こんなことをしている場合じゃない」
あわててベッドを下り、もうスーツはいらないので、セーターとジーパン、コートに着替えた。
部屋を出たところで、ばったり会ったのは薫子だった。
「どうしたの、彬くん!?」
「あ、僕、これから出かけるから」
「ちょ、ちょっと待ってよ! こんな時間からどこに行く気!?」
「デート。クリスマスだし。カノジョが会おうっていうから行ってくる。遅くても朝までには戻るよ」
「ちょーっと、待って! カノジョって何!? デートって何!? あたしがどんだけ心配したと思ってるのよ! それがなに、けろっとした顔で朝帰り宣言!?」
「ごめん、ごめん。じゃあ、メリークリスマス」
まだ何かをわめいている薫子を残し、さっさと家を出た。
次回は彬と妃那のクリスマスパーティ(?)になります。
二話同時アップ、お楽しみに!
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