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【本編完結】監視対象のお嬢様にうっかり恋をしたら、高嶺の花すぎた――けど、あきらめたくないので、テッペン目指そうと思います。  作者: 糀野アオ@『落ち毒』発売中
第6章-2 みんなからの祝福、いただきます。~妃那&彬編~

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9話 恋より重い愛はある

本日(2023/04/21)は、二話投稿します。


前話からの続きの場面になります。


圭介視点です。

 圭介は彬を乗せたタクシーを見送った後、そのまま塀に寄りかかって、両手で口を覆って息を吐いた。


 それまでの緊張が一気に解放され、全身から力が抜けていく。


 妃那が『彬が死んでしまう』と言っていた時、彬が傷ついているのは確かだと思ったが、大げさだと思った。

 妃那のボキャブラリーは単純かつ明快。

 何か端折(はしょ)って『死ぬ』を使っているのだろう、くらいにしか思っていなかった。


 それがまさか、あそこまで危うい状態だったとは――。


 道に座り込んでいた彬は、うつろな目をして、どこか(はかな)さを漂わせていた。今にも命の炎が燃え尽きてしまいそうに見えた。


 こんな状態で放置していたら、本当に死んでしまうと、圭介は震撼(しんかん)した。


 そして、声をかけた圭介に彬が向けてきたのは、間違いなく憎しみだった。

 声を荒げ、怒りのままに言葉をぶつけてきた。


 憎まれる理由は、智之に告げ口をしたことだけではなかったと思う。

 話の中で、ようやくその意味が分かった。


 彬は確かにイイ子のフリをしているところはあるし、藍田家の子息としてふるまっていかなければならないこともある。

 それは確かにストレスとして苛立ちや怒り、時には憎しみのようなものとしてわき上がってくるものだ。特に自我が確立する反抗期では顕著(けんちょ)だ。


 圭介も身に覚えはある。

 意味のない苛立ちが襲ってきたり、混とんとした頭を抱えて、だれかれ構わず怒鳴りたくなったり。


 そんな時、圭介は部活に集中した。

 身体を酷使(こくし)し、肉体が疲れ果てると、そんな感情も抑えることができる。


 彬もスポーツをしている。理性的な人間なら、そういう場でストレスを発散しようと思うだろう。


 でも、思春期の煩悩(ぼんのう)というのは、スポーツをしたからといって必ずしも払えるものではない。

 コントロールのきかない性欲に振り回される。


 だから、彬が妃那に誘われて、関係を持ったのはある意味普通のことだと思う。


 しかし、どれだけ性欲に振り回されたとしても、自分で処理するだけのこと。

 すっきりすれば、煩悩は払える。


 しかし、彬はそんな煩悩に伴う何かを抱え、それを吐き出さなければならなかった。

 それは何だろうと考えた時、ようやく一つの答えに行き当たったのだ。


 都合のいい関係。


 それは時間のことを言っているのではない。立場のことを言っていたのだ。


 妃那が振り向いてくれない圭介に好意を寄せていたように、彬もまた手に入らない誰かに好意を寄せていた。


 互いが身代わりになれる対等な関係。

 妃那はそれを知っていて、彬に話を持ちかけたのだろう。


「桜子には言わないでね」と、妃那は圭介に口止めした。


 薫子ならいい、親でもいい。桜子だけには口止め。


 桜子だけには知られたくない理由はたった一つ、嫌われたくないからだ。


 恋人でもない相手との関係を知られて、幻滅されたくない。

 汚いもののように扱われたくない。


 わかっていても、その関係に甘んじてしまうのは、自分の欲がそのまま桜子に向いて、最悪な結末を迎えるよりはマシだった。

 そういうことだ。


 誰にも恋をしない桜子の一番近くにいた彬は、きっと弟でかまわなかった。一番大事な男のポジションが自分にさえあれば。


 それは圭介も同じことを思っていたから、よくわかる。

 カレシを作らないのなら、『友達』という立場で、桜子の一番近くにいる。それを満足に思う時期が確かにあった。


 その桜子がたった一人を決めてしまった時、彬は行き場のない憎しみを圭介に向けたのだろう。

 大事な人を奪われたのだ。弟の自分ではどうやっても桜子を奪い返すことはできない。


 どれだけ悔しい思いをしたことだろう。

 そんな思いを顔に出すこともできず、煩悩に振り回され、気が狂わんばかりだったと思う。


 妃那の提案に乗ったのは、そんな苦しみから解放されると思ったからに違いない。


 妃那が圭介の前でイイ子でいられるように、彬も桜子の前でいい弟としてふるまえる。

 二人とも性欲さえ伴わなければ、それができるとわかっていたからだ。


 互いに必要とする関係、それなしには幸せでいられない関係。

 相手がいなくなってしまったら、すべてを失う。

 まるで命綱のように二人はつながり合っている。


 どこまで危ういんだろう。


 妃那も命というものを大切にできなかった。

 彬もまたすべてを失ったら、どうでもいいと命の重さを忘れる。


 そんな崖っぷちにいる二人だから、余計に相手を大切にできる。

 最優先で駆けつける。

 それぞれが相手の命を守っているのだから。


 それは単なる恋の話ではない。

 恋よりもっと重い、他人同士でありながら親が子を守るように、命までかけた愛なのではないだろうか。


 今にも死んでしまいそうな彬をこちら側へ引きずり戻すために、圭介は必死だった。


 隠そうとしても隠しきれない憎しみを自分に向けてくる相手に、一生懸命言葉を選び、理解を求めた。


 感情的になって話を聞いてもらえなかったら、取り返しのつかないことになる。

 そう思うと、緊張と恐れで何度も吐き気さえもよおした。


 だから、今、納得できた。

 ここで彬に何かしてやれるのは自分ではなく、今すぐ必要だったのは妃那だったのだと。


 妃那を抱いて、気持ちを落ち着かせれば、人の話にも耳を傾けられる余裕ができる。

 こんな苦労をしなくても、簡単に理解し合える。


 ましてや、憎まれている自分が何を思いあがったことをしようとしていたのか。


 圭介はもう一度息をついて、空を振り仰いだ。


(結局、おれのせいなんだから、やっぱり責めてくれてよかったんだよ。けど、おまえにどれだけ憎まれようが、おれにも譲れないものがある)


 許してくれとは言えない。

 だから、せめて妃那との関係がこれからも続けられるように支えてやる。

 それで彬が幸せだと思えるのなら、どこまでも応援する。


(クリスマスパーティどころじゃなくなっちまったなあ……)


 圭介はすっかり冷えた身体を抱えて、足早に家に戻った。

次話はシリアスからは少し離れて、パーティ会場に話が戻ります。

お時間ありましたら、続けてどうぞ!

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