8話 だから、この人はイヤなんです
本日(2023/04/18)、二話目になります。
前話からの続きの場面です。
「終わって、もういいのか?」
圭介に問われて、彬はどちらとも答えられなかった。
「おまえが妃那じゃなくてもいいって言うなら、かまわないよ。もともと、おれら家族でなんとかしていかなくちゃいけない問題だと思うし。
さっきも言ったように、おまえにとって重荷だと思うようなものは、知っていて負わせることはできないから」
「終わりたくないって言ったら、何とかなる問題なの?」
「終わらせたくないのか?」
「当たり前のこと、聞かないで。僕にはあの人が必要なんだ。失いたくない。これからも僕が幸せを感じているためには、どうしても」
「……それはまるで恋の告白のようなんだけど」
「違うよ。恋なんかじゃない。都合のいい時に求め合うだけの関係。お互いに都合がいいから関係を続けているんだよ」
「なあ、それって本当に都合がいいか? ヒマで手持ち無沙汰で、やることないから呼んで一発やるか、みたいなのが、都合がいいって言わないか? おまえ、実は何よりも妃那と会うことを優先してたりしない?」
「そんなこと……」
「会ってる回数は多いし、ホテルの明細見れば、毎回延長して、下手すれば一日いる。おまえ、ヒマなの?」
「べ、別にそこまでヒマじゃないけど……」
「だよな。妃那はともかく、学校の勉強だって、宿題だって、習い事だってある。なのに、この間の中間、成績落ちたんだろ? 習い事も時々サボってるみたいだし。
普通に考えて優先順位はそっちだろ? 大事じゃない? それとも、思春期の性欲におぼれた?」
「それはないとは言わないけど……。
言われた通り、あの人を優先してるよ。だって、僕が必要だって思った時、いつでも助けてくれるんだから。あっちが必要って思って僕を呼んだら、行くよ。何かあったんじゃないかって、心配だから。
そりゃ半分以上は性欲発散目的だけど」
「どういう理由で必要になるんだ?」
「僕は感情のはけ口だけど……。イイ子やってると疲れるし。ドロドロしたものが蓄積してくし。
あの人に全部吐き出して、すっきりするとまた気持ちが楽になるから。だから、失ってしまうと、行き場のない感情でおかしくなる」
「まあ、妃那も似たような理由か。おまえのおかげでおれに迫らなくて済むって。そうすれば、おれがやさしくしてくれるって。そっか」
圭介は納得したようにうなずく。
「……何が、『そっか』なの?」
「ほら、おれは妃那からはいろいろ聞いてたんだけど、おまえが本当のところどう思っているかわからなかったから。ずっとこんな風に話したいと思っていたんだ。妃那のお守りを押し付けて、迷惑かもしれないって。
ほら、あいつ、押しが強いから、断るに断れなくて、変な理論でなし崩しに納得させられてるかも、とか、いろいろ心配しちゃって」
「迷惑だなんて思ってたら、そもそも会ったりしないよ」
「うん、だから、ほっとした」
「……結局、だから何だって言うの? お父さんに知られて、追い出されて、二度と会わせてもらえないでしょ? 結論は変わってないじゃないか」
「大丈夫だよ。伯父さん、本当に妃那を大事にしてくれようとしているから。妃那がちゃんと話をして、伯父さんを納得させられれば、認めてくれるよ」
「認めるって、こんな変な関係を?」
「最初に言った通り、伯父さんもどうしていいかわからないんだ。妃那がどうしてもおまえが必要で、一緒にいるのが幸せなんだということを伯父さんが理解できれば、それが変な関係と一般的に言われても、二人にとっては大切な関係だと認めてくれる。
実際、妃那は本当によく笑うようになったんだから。命を大切にできなかった妃那が、幸せというものを考えるようになった。成長しているということはきっとわかると思うよ」
「けど……」
「あのさ、正直に言って、今日のことは気にする必要ないと思うよ。たとえ、おまえが愛し合ってる恋人でも、伯父さんは同じことをしたと思う。
まだあいさつもしたことのない男が、パーティが始まってすぐに娘を連れだして、部屋でやってたなんて。普通にショック受けるよ。殴られなかっただけ、マシくらいに思わないと。
伯父さん、充分理性的だったと思うよ」
そこにいると思った瞬間にカッとなって、彬を引きずり出して殴りつける。そんなこともありえたのだ。
それが、『何をするのかわからないから、今は帰れ』と言っていた。
圭介の言うとおりだと思った。
あの時、隠れたのは卑怯だったのか。きちんと姿を現して、制裁を受けたほうがよかったのか。
どちらが正解だったか、考えてみてもやはりわからない。
「いっそ殴ってもらった方がすっきりしたかも……」
「伯父さんがもともと理性的かどうか、という問題もあるけど、あの場で殴ってしまったら、おまえにかけている期待も台無しにしてしまうと思ったんじゃないかな、とおれは思う。
ほら、殴った後に、『やっぱ、妃那をお願いしていい?』とは頼めないだろ?
だから、今は帰れと。落ち着けば、何も言わないから。そういう意味だったんじゃない?
二度と会うなとは言われなかったんだろ?」
「けど、あの人、壇上から僕をにらんでたし……」
「それはまあ、仕事柄、藍田家に恨みがあったりとか、おまえに関係ないところで、嫌われてしまう要素もある。あれがかわいい娘を奪った相手かと思うと、憎々しい気持ちになってしまうという嫉妬もある。だからって、ただ愛してやることしかできない自分に何ができるのだろうと腹が立つ。初めて顔を見た時は、いろいろな思いが交錯するものじゃないか?」
「じゃあ、僕はあきらめなくてもいいの……?」
彬はぽつりとつぶやいた。
「妃那がきっと連絡してくるよ。ものすごい心配してたから。あいつ、彬が死んじゃうって大騒ぎしてた」
圭介は大げさに思ったのか、笑っていたが、実際にさっきまで死の淵にいたような気がする。
地獄に落とすのがこの人なら、がけっぷちにいた自分を救うのもこの人。
だからイヤなのだ。
毎度毎度、桜子の相手として、自分の敗北を認めて、圭介のことを認めなければならない。
そして、嫉妬して、妃那に吐き出す。
この人が桜子のそばにいる限り、それは一生繰り返されるのだ。
「……圭介さんはずるいよ。僕のことをカッコいいとか言って、ほんとは違うのに」
「うそじゃないよ。見た目もだけど、中身も充分イイ男だと思うぞ。じゃなかったら、妃那のおもりなんてできないって、おれが一番よく知ってるから。
しかも、おまえにそれを押し付けてるおれは、ずるいどころかひどい奴だろ」
そう言って、圭介はやっぱり笑った。
(だから、この人はイヤなんだ)
急に寒さを感じて、彬はぶるっと震えた。
そういえば、コートもマフラーも忘れてきてしまった。
さっきまで寒さなんて感じなかった。
外の寒さより、身体の中が凍り付いて、何も感じることができなかった。
ようやく今、全身に血がめぐり始める。
大事なものを失わずに済んだのかもしれない。その希望だけでまだ生きていられる。
「あれ、おまえ、震えてない? コートは?」
「忘れて……」
「うちに戻るか? 風邪ひくぞ」
「さすがに今戻るわけには……」
「じゃあ、コート取ってきてやるから、ここで待ってろ」
「あと、マフラーも……」
「了解」と、圭介は足早に去っていった。
次回は圭介視点に戻って、パーティのその後の様子などになります。
二話同時アップ、お楽しみに!
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