24話 ニセ彼女のお迎え
圭介視点に戻ります。
圭介は同じ私鉄線沿いにある藍田家の最寄り駅で電車を降りた。
そのまま待ち合わせ場所である南口に出ると、桜子の代わりに薫子がそこで待っていた。
「あれ、瀬名さん、学校に用事でもあったの?」
薫子にキョトンとした顔で言われ、制服を着ていた圭介は恥ずかしくなった。
初めて見る私服姿の薫子は、ボーダーのカットソーにだぼっとしたハーフパンツ。
ほっそりとしたスタイルの良さと整った顔を除けば、どこにでもいる普通の中学生の格好だった。
「……他に着てくる服がなかったんだよ」
圭介の言葉に薫子はぷははと笑う。
「そんなにかしこまって来ることないのに。ちゃんとした格好で来なくちゃいけないなら、桜ちゃんがちゃんと言ってるよ。瀬名さんに恥かかせるわけないもん」
「普通の格好で来いって言われても、おまえらの父親に会うと思えば、『普通』になんて来られるわけないだろ」
「なんだか、うちのお父さんのことをずいぶん曲解してるみたいだけど……。
まあ、会ったことないから仕方ないか。うちはこの商店街を抜けたところだよ」
駅の南口からまっすぐに伸びる商店街は、昔ながらの商店と新しく参入したコンビニやファストフードの店が入り混じっていて、生活するには便利そうなところだった。
特に古い店は薫子も顔なじみなのか、「こんにちは」と店の主人に明るくあいさつをして歩いている。
「桜子は家で待ってんのか?」
「桜ちゃんに迎えに来てほしかった?」
薫子に図星を突かれて圭介は一瞬言葉に詰まった。
「そ、そうは言ってねえけど」
「瀬名さんってほんとわかりやすい。帰りは桜ちゃんが送ってくれるよ。桜ちゃんは今、瀬名さんのためにケーキを製作中」
(おれのためにって……)
理性では抑えようもないくらい、圭介の心は勝手に踊ってしまった。
生まれて初めての手作り菓子。これで喜ばない男がいるのか。
しかも、他でもない自分が恋している相手が作ってくれるというのだ。
(とはいえ、『カレシ』じゃないんだよな……)
「おれ、おまえの言葉に乗せられて、いつか痛い目見そうで怖いんだけど」
「未来のことをクヨクヨしたってしょうがないでしょ。今を満喫しないと、人生損するよ」
「そりゃ正論かもしれんが――」
「あ、ちょっと待って。フルーツ買っていかなくちゃ。瀬名さん、何が好き?」
薫子は果物屋の前で足を止め、店先に並ぶ果物を見始める。
「果物に好みはないけど」
「そうなの? なら、あたしの好みで決めちゃおうっと。
お、あたしの好きなアメリカンチェリーが出てる。あとは桜ちゃんの好きなブルーベリーでしょ。
桜ちゃん、ベリー系が好きなんだよ。知ってた?」
「いや、食い物の好みまでは……」
「いっこ勉強になったでしょ? あとは彩りにキウイとオレンジかなー」
「そんなにいろいろ買ってくのか?」
「ちょっとずつね。フルーツタルトに乗せるんだって」
「おじさん、これくださーい」と、薫子は誰もいない店の奥に向かって声をかける。
「お、薫ちゃん、お使いかい? えらいねえ」
『おじさん』というよりは腰の曲がった老人が出てきて、薫子の差し出したカゴを受け取った。
「もう中学生なんだから、子供のお使いとは違うんですよーだ」
「で、そちらさんは薫ちゃんのこれかい?」と、店主が時代遅れの親指を立てると、薫子は満面の笑顔でうなずく。
「うん、そうなのー。最近付き合い始めたばっかなの。カッコいいでしょー」
「そりゃ、薫ちゃんのお眼鏡にかなう男とありゃ、いい男には違いねえ。ほら、レモン1個おまけだ。初恋は甘酸っぱいレモン味ってな」
「おじさん、座布団1枚っ」
きゃははと笑う薫子と店を後にして、圭介は意外な思いで隣を歩く薫子を見た。
「おまえ、よくあんなおやじギャグに付き合ってやれんな。普通に寒いだろ」
「そう? それでおじさんが笑顔になれるなら、安いもんでしょ。奥さん、重い病気で入院しちゃって、最近が元気なかったの。あたしはレモンをおまけしてもらって、いいこと尽くしじゃない?」
圭介は思わず笑って、薫子の頭をくしゃりと撫でた。
「おまえ、実はいい奴なんだな」
「ひっどーい。気づいてなかったの!?」と、薫子は頬をふくらませる。
「いやー、今気づいた? だから、おまえの言ってることは信用して、これから先のこと、少し期待してみる気になれた。サンキューな」
『一網打尽』の座右の銘も、薫子一人が得をするという意味ではないのだろう。
その網に引っ掛かったものすべてが得をするように、薫子は考えて行動する。
それは人の上に立つ資質。
たとえば、大勢の社員を抱える大グループのトップにも立てる器の持ち主。
藍田音弥に1番近いのは、薫子なのかもしれない。
圭介はそんなことを思ってしまった。
「ねえ、瀬名さん。あれからイトコは何か言ってきた?」
「あれからって?」
「桜ちゃんとキスしてから」
「語弊のある言い方すんなよ。あれは事故ってことで片付いただろ」
「イトコにもそう報告したの?」
「別に何も言っちゃいねえよ。そもそも登下校時に起こったことについては報告義務ないし」
「つまり、向こうも特に変わった様子はなかったと」
薫子はそうつぶやいたきり、何かを考え込むように口を閉ざしてしまった。
藍田家は駅から歩いて10分はかからないと聞いていた割に、商店街を抜けてからずいぶん歩いているような気がする。
時計を見れば、かれこれ30分近くが経っていた。
「おい、おまえんちって、本当にこっちで合ってるのか?」
薫子が考え込んだきり黙々と歩いているので、圭介は不安になって尋ねてみた。
「え? 家に帰るのに迷うわけないじゃない。だいたいもう着いてるし」
右は白壁が延々と続き、左は車道。反対側の道はオフィスビルが並んでいるだけで、見たところ家らしい家はない。
「どこ?」
「ここ」と、薫子の指さしたのは右側の白壁だった。
「ここって……。この先まだ1キロぐらい続いてるみたいだけど?」
「そんなにあるわけないじゃない」と、薫子は笑った。
(いや、冗談抜きにあるぞ?)
「まあ、うちの敷地がバカみたいに広いのは確かだけど、もう正門に着くよ。
駅から来るなら裏門から入った方が近いんだけど、瀬名さんは初めてだし、きちんと正門から入ってもらった方がいいかと思って。ちょっと遠回り」
振り返れば、ずいぶん長いこと歩いてきたことがわかるほど、過ぎ去った道に白壁は続いている。
(ここ、全部藍田家なのか?)
『正門』なる純和風の大きな門をくぐり、どこかの寺の参道を思わせる木々の茂った小道を抜け、大きな池に面した大邸宅を目にするまで、圭介は同じ感想しかなかった。
(これが個人宅ってウソだろ!?)
そんな間抜けなことしか思いつかないほど、圭介は驚きすぎて言葉も出ず、きょろきょろと辺りを見回しながら、薫子に続いて邸の玄関に入った。
次話、いよいよお父さんとご対面です!