17話 『お礼』を一括清算中
本日(2023/04/04)、二話投稿します。
その週の半ばの放課後、圭介はいつものように藍田兄弟三人と一緒に下校。
桜子たちとは乗換駅の渋谷で別れ、圭介はそのまま次の駅まで行き、折り返して渋谷に戻ってきた。
改札口を出ると、そこには薫子が待っている。
桜子に内緒でプレゼントを用意したいので、薫子に付き合ってもらうことにしたのだ。
薫子なら桜子の趣味がよくわかっているし、気に入ってもらえるものが選べる。
そんなわけで、こんな面倒な待ち合わせとなった。
「悪いな。面倒かけさせて」
薫子と連れ立って駅の地下道を歩いて行った。
「いいってことよー。その分、『お礼』がどんどんたまっていってくれれば。現在、貯金中」
「そろそろ一括清算の時期だけど、何がほしいか決まったのか?」
「うーん、何にしようか迷ったんだけど、やっぱダーリンに物をもらうのはどうかなーと思ったので、おいしいものでもごちそうになろうかと。行ってみたいお店があるんだけど、あたしのおこづかいじゃ行けないし」
「いいよ、それでも。クリスマス前だけど、今夜行く?」
「ほんとにいいの?」
「おれの方は夕食断るだけだから」
「なら、予約確認してみるー」
薫子は歩きながらスマホで調べている。そして、駅を出る頃に、「よし、取れた」と顔を上げた。
「で、ダーリン、お店は決めてるの? それとも全然アイディアなし?」
「一応、アクセサリーかなと思ってるんだけど。指輪とかでもいいのかな。それとも、最初のプレゼントはネックレスくらい?」
「それなら、ネックレスの方がいいんじゃないかな」
「なんで?」
「ほら、話が進んで婚約ってことになれば、当然指輪は贈るでしょ? それって、そう遠くない未来のことだと思えば、連続で指輪になっちゃうし。ネックレスなら婚約しても付けてられるでしょ?」
「なるほど」
「ネックレスなら、桜ちゃんはやっぱり清楚にホワイトゴールドかなあ。ゴテゴテしてなくて、シンプルで飽きのこないデザイン。
ほら、うちは貧乏性だから、流行ものより長く使えるものの方が喜ぶの」
「ふんふん。店は?」
「やっぱ公園通りのお店かな。桜ちゃん、通りがかるたびにじいっと見ていくから。デザイン的に気に入っているのかも」
「ほうほう。じゃあ、まずそこへ行こう」
薫子と連れ立ってそのまま公園通りの方に向かって歩いていった。
「ダーリン、桜ちゃんの気に入るものを買うなら、一緒に買いに行けばいいのに。クリスマスパーティの前とか。その方が確実だよ?」
「それは思ったんだけど、桜子ってすぐに遠慮しちゃって、気に入ったのがあっても、値段で選びそうで。それくらいなら、内緒で用意しておいた方がいいかなと」
「ほんと、桜ちゃんは昔っからそう。みんなからの貢ぎ物、ぜーんぶ断っちゃって」
「おまえはちゃっかりもらってるのか?」
「相手によってはもらう。例えば、ダーリンとか」と、薫子はニッと笑う。
「おれかよ。けど、いつもお礼だから、貢ぎ物って感じじゃないんだけど」
「充分、貢ぎ物だよ。だって、あたしが無理やり押し付けてる親切、全部お返ししてくれるんだもん」
「そう? おれはおまえの気遣いにいつも感謝してるし、助かってるから。言われなくても礼をしたいと思うじゃん。これがいいって言われた方が、おれも楽でちょうどいい」
「ダーリンはそういう人だから、もらいやすいんだよ。貢ぎ物にしろ、お礼にしろ、たいてい裏には意味があるものだからねー。あたしが誰かにこれをほしいって言ったら、みんな買ってくれる。でも、その見返りはお父さんからの援助だったり、協力だったりする。もらうと後が面倒だから、もらわないだけ」
「そっか」
「おかげで家族以外からプレゼントをもらう習慣ってないんだよ。お父さんや彬くんはバレンタインのチョコくらいはもらってるけど、変な話『借り』ができないように、ホワイトデーにお返しして、チャラにしておくの。彬くんなんて、毎年ホワイトデー用に涙ぐましい貯金しているんだよ」
薫子はそう言って笑った。
「あいつ、いっぱいもらうから、大変だろ」
「そうなの。毎年バレンタインデーは変な意味でドキドキしてるよね。いっぱいもらいすぎたらどうしようって」
「おれ、バレンタインって、義理チョコしかもらったことないんだけど……。ものすごい格差を感じる」
「桜ちゃんだって、義理チョコしかあげたことないよ」
「そ、そうだよな……。おれ、来年こそ期待していいのかな」
「いいと思うよー。カノジョからの手作りチョコ」
「それは長年、妄想の中の話だった……。ああ、現実に起こりうる時が来るとは」
そんなことを想像すると、頭の中がとろっと溶けてしまう。
「まあ、そんなわけでダーリンの判断はある意味正しいけど、桜ちゃんはダーリンからもらえれば、誰かからの初プレゼントということになるので、要はなんでもよかった、というお話です」
「でも、おまえ、わざわざ来てくれたじゃん」
「それは、ダーリンに『何でも大丈夫』なんて答えたら、悩む姿が想像できたし。どうしても桜ちゃんが気に入るものにしたいというその気持ちに沿ってみました」
「おまえって、すごいよな」
「なにが?」と、薫子は首を傾げる。
「なんていうか、気遣い? 必要な時に必要なだけ人のために動けるあたり。度が過ぎれば親切の押し売りになるし、足りなければ的外れになる。その絶妙なバランスを取れる当たり尊敬に値するよ。もっとも桜子のことに関してだけみたいだけど」
「あたしをほめても何にも出ないよー」
「何にもいらん。メシをおごるのは、そもそもおれだし」
「そうでした」
てへ、と薫子は笑う。
目当ての店に到着して、ネックレスの並ぶショーケースをのぞいた。
「……なんか、落ち着かない。こういう店、初めて入った」
圭介はあたりを見回し、意外と男が多いということに気づいた。
クリスマス前にカノジョのためのプレゼントを買いにきているということなのか。
「そうなの?」
「縁がなかったし。やっぱ、おまえに来てもらってよかった。緊張して変なもの選びそう」
「大げさだなー」と、薫子は笑う。
「あ、ダーリン、この辺りは?」
薫子の指さす辺りをのぞき込んだ。
いくつか種類はあったが、先ほど薫子が提案していたものに近いものがそこにあった。
ホワイトゴールドのスクリューチェーンが光にきらきらと反射している。
トップは小さな四つ葉のクローバーにジルコニアがはまったもの。
「このクローバーの?」
「そう。よくわかったね」
「お取り出ししますか? せっかくですから、つけてみてください」
いつの間にかショーケースの向こうに立っていた女性がガラスを開けて外に出してくれる。
台にのったそれを手に取り、薫子に見せる。
「どう思う?」
「いいんじゃないかな。かわいいし、シンプルだし」
「カノジョさんにお似合いですよ」と、定員に笑顔を向けられるので、薫子と顔を見合わせた。
「これ、カノジョの妹で……」
圭介はあわてて否定した。
「あら。『ダーリン』って言っているのが聞こえたから、てっきり」
「おまえがまぎらわしい呼び方するから。カン違いされるだろうが」
「もう慣れちゃったんだもん。桜ちゃんのダーリン」
ぺろっと薫子が舌を出す。
「じゃあ、これ、プレゼントにしてください」
「はい。かしこまりました。お支払いは」
「カードで」
「お、やっぱりブラックカード持ってるんだねー。さすが坊ちゃん」と、薫子が横からのぞき込む。
「坊ちゃん言うなよ。ジイさんに渡されたんだ。持ってると便利だよ」
「上限ないんでしょ?」
「たぶん。大きいものを買う時は事前に言えって言われたけど、そこまで高いものを買うことはないから、いちいち言わなくてすんでる。藍田家では持たされてないのか?」
「うちは今でも現金おこづかい制。小切手は持たされてるけど」
「そういや、桜子も持ってたっけ。そもそも何のために? 店とかじゃ使えないだろ?」
「急に人とご飯食べに行ったりした時、手持ちが足りないと誰かに払ってもらわなくちゃいけないでしょ? そういう時、ごちそうにならないように小切手で渡してくることになってる」
「ああ、なるほど。徹底してるなー」
「て、そんな機会そうそうないし、あたしも使ったことないけど。おまけに使ったら、自分の貯金から払うことになるんだから、結局使えないんだよ」
「どっかの家とは違うな……」
月に30万も使って「どうでもいい」と言ってしまえる神泉家の感覚は、まだまだ圭介にはついていけない。
「桜ちゃんも、どーんとダーリンに甘えちゃえばいいのにねえ。いまだにワリカンとかありえないよ」
「おれもそう思う……。けどまあ、おれの稼いだ金じゃないから、おごってやるにしても、プレゼント買ってやるにしても、自分の力って感じがしないんだよな。かき氷おごってやった時の方が、よっぽど胸張れた」
「今となっては懐かしいねー。あの頃まだ二人は付き合ってなかったんだもん。映画の試写会の次の日でしょ?」
「そういえばそうだったな。もうずいぶん昔の話のような気がするけど、あれから半年も経ってないんだよな」
そんな思い出話をしている間にプレゼントが包まれ、紙袋に入れて渡された。
「予約って、何時に入れたんだ?」と、店を出ながら薫子に聞く。
「6時。あんまり遅くなってもって思ったから」
「店は? 何食うの?」
「もう向かってるよ。カニしゃぶ懐石、カニ食べ放題コース」
「カニ? ああ、でも、ちょうど季節か」
「カニが好きで、一度思いっきり食べてみたかったんだ。そしたら、食べ放題やってるところ見つけて」
「そんなに食えるもん? おれ、あんまり食ったことないかも」
「ごめん、確認しなかったけど、もしかして好きじゃなかった?」と、薫子が心配そうに聞いてくる。
「そんなことはないと思うけど。……あれ? カニカマってカニじゃないよな。もしかして、おれ、まともに食ったことないかも。カニシュウマイくらい? 神泉に行っても食べることなかったし」
「よし、じゃあ、今日は思いっきり食べよう」
ご機嫌な薫子に案内されて着いたのは、思ったより高級感漂う和風な店だった。
学生同士で入る雰囲気はない。
とはいえ、そんなのはまったく気にするような薫子ではなく、食べ盛りの高校生と中学生二人、物も言わずひたすらお替りをして食べてきた。
そして翌日、二人ともカニの食べ過ぎで青い顔をしていて、みんなに心配をかけたのだった。
薫子とはデートにならないということで……。
次話は神泉家の点灯式。少し家族らしいほのぼの感をどうぞ!




