11話 第一印象は大事です
本日(2023/03/24)は、二話投稿します。
桜子視点でスタートです。
日曜日――。
朝から、桜子はパニックに陥っていた。
圭介の母親に紹介される日。
場所は青山のカジュアルレストラン、ランチの席になる。
そんなわけで、3日前から今日のためにニットワンピースを用意していた。
清楚に見せるために色は白。下品だと思われるのであまり胸元が開いていないもの。ひざを覆うくらいのスカート丈。
これで第一印象は完璧と用意していたのだが、出がけに着ようとした時、まさかの虫食いを発見。
去年買ったものなのに、すでにダメになっていた――。
「いやあ! 間に合わなーい!」
広大な藍田邸の敷地全体にも響き渡る叫び声を上げてしまった。
あわててクローゼットをかき回し、代わりになる服を探す。
「もう、桜ちゃん、何の騒ぎ?」と、薫子が顔を出す。
「服がーっ! 用意しておいた服、着られなくなったの!」
「えー、今さら? 他に代わりになる服ないの?」
「あるわけないよ。これが一番だと思って選んだんだもん」
「じゃあ、ブラウスとスカートにカーディガンくらいは? こんな感じで」
薫子が代わりに服をそろえて出してくれる。
白いブラウスと赤いタータンチェックのひざ丈巻きスカート、オフホワイトのだっぽりカーディガンのセットだ。
「カーディガン、カジュアル過ぎない?」
「じゃあ、こっちのベージュのジャケット」
「うーん……及第点?」と、思わず首を傾げてしまう。
「あとは帽子かぶっていつものメガネで、図書館風コーデ」
「意味わかんないけど……。とりあえず着てみるから」
「別にそんな気合入れる必要ないと思うけど。向こうは桜ちゃんなんて、テレビですでに見ていると思うし。そもそも第一印象って、すでに終わってるでしょ?」
「それを挽回するための第一印象なんじゃない。だいたいあの時、あたし、子供っぽいTシャツとハーフパンツで、パジャマみたいな格好してたんだから」
神泉家の門を乗り越えたことを思い出して、頭がずーんと重くなる。
「でも、テレビはほとんどドレスだったし、退院の時はカジュアルだったけど、それなりに清楚な格好してたし、問題ないと思うよ」
「だからって、今日、適当な格好をしていっていいという理由にはならないでしょ?」
「まあ、そうだけどー」
桜子は着替え終わって、薫子の前に立った。
「どう?」
「いいと思うよ。なんか、どっかの学校の制服みたいだけど」
「……休日じゃなかったら、学校の制服でよかったのに!」
「ダーリンはうちに来た時、休日なのに制服だったねー」
「今ならわかる、その気持ち。迷ったら制服。学生ならどこでも許される」
桜子は髪を整え、顔がてからないようにファンデーションをはたき、グロスを塗った。
あとはベレー帽をかぶって出かけるだけだ。
「ああ、もうギリギリじゃない! 間に合わないかも!」
「遅刻した方が第一印象、最悪だよねー」という薫子の声を背後に聞きながら、桜子は玄関を飛び出した。
*** ここから圭介視点です ***
今日のために選んだイタリアンレストラン。
カノジョを紹介するのにかしこまった料亭や高級レストランより、カジュアルの方がいいだろうと、母親が選んでくれた。
ランチはコースでも割安で、明るくモダンな店構えは桜子も気に入りそうだ。
個室では圧迫感がありそうなので、席は目立たない壁際。
でも、周りの声が邪魔にならないように、席の周囲を広めに空けてもらった。
そのような気遣いが圭介にできるかというとまったく無理で、母親がすべて采配を振るってくれたのだ。
思ったより道が空いていて、約束の10分前には着いていた。
母親と二人並んで、席で桜子を待つ。
『先に店に入って待ってる』と、メッセージを送ると、『ギリギリ着けそう』と返ってきた。
「桜子、もうじき着くって」
「あら、そう。一杯飲んで待っていちゃいけないのかしら」
「……終わったらゆっくり飲みに行ってくれ」
「なんだか高校生の席なんて、お酒も飲めないから、つまんないわね」
「せめて今日はガマンしてくれ」
「せっかくのお料理なのにー」と、母親は口をとがらせている。
母親はカジュアルなスーツを着こなし、一見マダム風に見えるが口を開けば違うとわかってしまう。
桜子は母親が水商売をしていたことを知っているので、驚くことはないだろう。
(……ほんとに? うちの母ちゃんの物言いとか、驚かない?)
「母ちゃん、どういうスタンスで会うつもり?」
「どういうもこういうも、あんたの母親でしょ?」
「あんまり下品なこと言うなよ」
「やあね、わたしのどこが下品だって言うのよ」
「普通に下ネタ振ってくるだろ。それのどこが下品じゃないと言える?」
「生命の神秘について語っているのよ。お上品でしょう?」
真顔で言ってくる母親にがっくりと頭を落とした。
店の入口を見ていると、桜子は時間通り、店に入ってきて、帽子とコートを預けた。
それから、ウェイターに案内されて席までやってくる。
「お待たせしてすみません。改めまして、藍田桜子です」
桜子は丁寧に頭を下げる。最近見慣れてきたメガネに三つ編み姿。
圭介と母親も立ち上がったが、いつになく清楚で可憐な桜子にボケっと見とれてしまった。
(うわ、おれ、夢みたい。カノジョなんて紹介していいのか!?)
「あ、桜子。紹介するな。おれの母ちゃん」
あわてて言った瞬間、母親にぺしっと頭を叩かれた。
「紹介するにももう少し言いようってものがあるでしょ! わたしのしつけがなっていないみたいじゃない!」
「カッコつけたところで、桜子の前じゃ意味ないだろ。逆に恥ずかしいよ」
「TPOってものがあるって言ってるのよ。ともあれ、改めて圭介の母です」
母親はそう言って桜子を見た。
――しかし、長い。
まるでスキャナーかと思うくらいに、上から下までじいっと眺めている。
おかげで桜子の方が居心地悪そうに目をキョトキョトとさせていた。
「母ちゃん、不躾に見るのはよせよ! 恥ずかしい!」
「だって、テレビで見るよりずっときれいじゃないの。やっぱり有名になっちゃって、変装とかしないと外を歩けなくなっちゃったのかしら」
「あ、いえ、これは……」と、桜子があわててメガネを外す。
「立ち話もなんだから、座りましょうか」
母親がそう言って、ようやく席に落ち着き、料理を運んでもらった。
「あの、今日は時間を作ってくださってありがとうございます。神泉家の方々にはわたしの軽率な行動で重ね重ねご迷惑をおかけしたみたいで。改めてお詫びします」
桜子はずいぶんよそ行きの話し方をしている。緊張しているのか、表情が硬い。
(……母ちゃん、にらんでるのか?)
チラリと隣の母親を見やると、まっすぐに桜子を見ていた。
「わたしは別に迷惑かかっていないけど、うちの方はそういうことに神経質だから、これからは気を付けた方がいいのは確かね。でも、今日はわざわざそのことを謝罪しに来たわけじゃないんでしょう?」
母親がかすかに笑みを浮かべると、桜子はキリッと顔を上げた。
「はい。外ではわたしもそれなりに場に合ったことを言いますし、心にないことも言います。でも、今日はわたしという人間を知ってもらいに来ました。この短い時間の中でどれだけのことができるかわかりませんが、お母様に圭介とのお付き合いが真剣だということ、きちんと将来を考えていることを知ってもらいたくて来ました」
「じゃあ、本日のタイトルはついたから、とりあえずお食事にしましょう。ここの料理、値段も手ごろで評判もいいのよ。お口に合うといいけれど」
「いただきます」と、桜子は気合を込めたような笑顔を向けた。
(……タイトルって必要なのか? ていうか、それをいうなら『テーマ』だと思うけど……)
次話、この続きの場面になります。
桜子と圭介の母親、どんな話になるのか。
お時間ありましたら、続けてどうぞ!




