23話 ケーキは何のため?
この話は桜子視点になります。
2時15分前、藍田家のキッチンは調理器具でごった返していた。
オーブンからは砂糖の焦げた甘い香りが漂ってくる。
そんなキッチンに、桜子の悲痛な叫びが響き渡った。
「どうしよう! もう圭介を迎えに行かないと、間に合わないのにー!」
お茶用にフルーツタルトを作っていたのだが、レシピ通りにタルト型を焼いたはずなのに、生地がふくらみすぎてやり直し。
おかげで早めに始めたはずが、ずいぶん遅れをとってしまった。
しかも、上に乗せるフルーツも予想していた量では足りないので、追加で買いに行かなくてはならない。
「桜ちゃん、心配しなくても大丈夫だよー」
キッチンで何をするわけでもなく、イスに座って桜子のお菓子作りを眺めていた薫子が言った。
「瀬名さんなら、あたしが迎えに行ってあげるし、足りないフルーツもついでに買ってきてあげる。なるべく時間稼ぎしてあげるから、桜ちゃんはその間に、今あるフルーツを切って並べていればいいよ。そしたら、すぐに仕上がるでしょ?」
「そ、そう? お願いしていい?」
「桜ちゃんのお願いなら、なんでも聞いてあげるよ」と、薫子はニコっと笑った。
「……その割には、全然手伝ってくれなかったわね」
「あたし、料理できないもーん。それに、せっかく愛情たっぷり込めてるのに、余計な愛を入れてほしくないんじゃないかなーと思って」
「もう、なにをバカなこと言ってるのよ」
「だって、桜ちゃん、すごい気合い入れて作ってるんだもん。たかがお茶菓子に」
「せっかく来てもらうなら、おいしい方がいいじゃない」
「そもそも瀬名さん、桜ちゃんに会いに来るわけじゃないでしょ? 目的はお父さん。お茶とおせんべいで充分だよ」
(……そういえば、あたし、どうしてケーキなんか用意しようと思ったんだろう)
圭介が今日家を訪ねてくるのは、『カレシを紹介する』ためではなく、『父親に会わせる』のが目的だ。
『紹介する』と『会わせる』では、似ているようでいて、ずいぶんニュアンスが違う。
(あたし、カレシを親に紹介するのとごっちゃになってる?)
そもそも友達を家に呼んだからといって、ケーキを用意して待っていた経験もない。
おやつはお手伝いの春代に持ってきてもらうくらいだ。
どうもこの頃、頭が勝手におかしな行動をさせる。
「――とにかく、作り始めちゃったんだから、ちゃんと仕上げて、圭介に食べてもらうの。薫子は早く迎えに行って。フルーツ買うなら、圭介に好きなものを聞いてね」
「はーい」と、元気よく返事をする薫子を見送って、桜子は今度はきれいに焼きあがったタルト型にカスタードクリームを流し始めた。
次話は圭介を迎えに来た薫子とのお話です!