7話 手放してもらわないと困るんだけど
本日(2023/03/17)は、二話投稿します。
前話からの続きの場面です。
「ところで、相手の男というのは誰なんだ?」
ここまで話したら当然抱くだろう疑問を智之は投げてきた。
(やっぱ、それを聞いてくる? おれ、答えていい? 親に紹介する関係じゃないって言ったのに)
「ええと……」と、圭介は目を泳がせてしまった。
「ホテル代を全部妃那に出させているところを見ると、まさかうちの金目当ての男ではないだろうな? 実は妃那からこづかいをもらっているといったような」
「いえ、それはないと思います……が」
そんなことは考えてもみなかったので、圭介は返事に困った。
「別に君が黙っていたところで、調べればすぐにわかる」
「そうですよねー……」
もともと興信所を使えばすぐにわかってしまうことだった。そのための金を惜しむ家ではない。
(ここはムダ金を使わせないということで……)
圭介がその名を言うと、智之はうめいた。
「また藍田か! 毎度毎度、うちに絡んできて、何か恨みでもあるのか!?」
「いやあ、恨みはないと思いますよ。運命って奴ですかね……」
「いや、それもこれも藍田社長のうちをのっとる企てと思えばうなずける。息子をそそのかして、妃那を陥落させて、いずれむりやり婿に押し付けてくるのかもしれない」
「それは考えすぎですよ。中学生の息子にそんなハニートラップみたいなことさせられないでしょう」
「あの人ならやる」と、智之は怖い顔で断言してくれる。
「もしかして、伯父さんも藍田社長が怖いんですか?」
「正直、あれに目を付けられたら、うちだってひっくり返される。それだけの財力と人脈、経営手腕を持っている。日本にごまんと経営者と呼ばれる者がいて、私もその一人だが、そもそもの資質が違う。あんな化け物とはつかず離れず良好な関係を保って、波風を立てない方がいい。それなのに、妃那が余計なことをするから――」
「ああ、怒らせちゃいましたもんね……」
「おかげで、内密にすることを条件にかなりの株を取られた。このまま順調に増やされていったら、経営にも口出ししてくる。実質乗っ取られるということだ」
「そういえば、業務提携拡大の記事が新聞に出ていましたね。じゃあ、これ以上、怒らせるようなことは控えないと」
青蘭の生徒がどうして桜子をちやほやするのか、ようやくわかったような気がした。
きっと親から耳が痛くなるほど、こんな話を聞かされてきたのだろう。
何か粗相があったら、会社をつぶされてしまう。親しくなれば、恩恵があると。
(おれ、そういう環境で育ってこなかったからなあ……)
「圭介くんは怖くないの? 後継者の話が出るってことは藍田氏とも面識があるんだろう?」
「後継者の話はそもそもないですけど、あの人はおれの憧れですから、すごいことをするとすごいと思ってしまう人です。でも、冗談も多くて楽しい人だと思いますよ」
「へえ……」と、智之が疑いのまなざしを向けてくる。
(あ、信じてないな)
「ねえ、圭介くん」
「はい」
声をかけてきた智之はいつの間にか穏やかな顔をしていた。
「もともと父は妃那の伴侶として君を孫と認めたけれど、今でも君を妃那の相手にと言っているのは血のためだけではないんだよ」
「ほかに理由でもあるんですか?」
「もちろん妃那と仲良くしているのもあるけれど、父は君を気に入っているんだ。単に手放したくないんだよ」
「……そうですか?」
「父は家族には無関心で必要なこと以外は話をしない無口な人だ。だから、感情を表に出すこともあまりない。けど、圭介くん相手にはよくイライラしたり、怒鳴ったりしているから、無関心ではいられないんだよ」
「それ、喜んでいいことなんですか? おれに不満があって、感情を出したくなるほどムカついているわけでしょう?」
「感情を持つのは、そこに何かしらの想いがあるということだ。自分が期待していることが思い通りに行かないから、イライラするし、怒りたくもなる。何かを期待されるというのは、無関心に扱われる人間からしたら、ずっとうらやましいことだ」
「それは……なんとなくわかります」と、圭介はうなずいた。
「君を見ていると、昔の百合子を思い出すよ。私も上の妹も父の顔色をうかがって、従順な子供だった。けど、百合子にだけは本当によく怒鳴っていたんだ。父に対しても物怖じせずに話をするし、いたずら好きで、父に怒られてもどこ吹く風でまた繰り返す」
「なんか、母ちゃんらしいというか……」
圭介のつぶやきに智之は笑った。
「本当にデキの悪い妹だと思っていたが、ある日気づいたんだ。父の目がいつも百合子を追っていることに。何をやらかすか心配で放っておけない、そういう目だった。私も妹もそんな風に気にかけてもらったことがなかったから嫉妬したよ。父の気を引くためにわざとやっているんじゃないかって勘繰ったりもした」
「母ちゃんはそういう人間じゃないと思いますけど」
「その通りだよ。百合子はただ人の気持ちがわかる子だったんだ。わかるから人の懐にすっと入り込んで、感情を持たせるんだと気づいた。私や妹の結婚でもめていた時も、私たちは父に従ってそういうものなのだと受け入れていたが、代わりに1番怒ってくれたのは百合子だった。それがきっかけで家を出ることになって、ずっと音沙汰はなかったが、水商売をしていたと聞いて、百合子らしいなと思ったよ。そういう百合子なら接客業に向いていたんだろうと」
「まあ、高卒で子供もいて、他に仕事が見つからなかったっていうのもあったかもしれないですけど。親父、遊んでばっかだったし」
圭介が久しぶりに思い出してうめくと、智之はやはり笑った。
「君は本当に百合子に似ているよ」
「おれ、いたずらして怒られたこと、ほとんどないですよ?」
「そうなの? 百合子は自分のことを棚に上げて、息子には厳しくしつけたのかな。けど、君の話し方とか、人への接し方は本当によく似ているよ。だから、父が手放したくないと思っているのも、私にはよくわかる」
「手放してもらわないと困るんですけどね……」
「そういう私も君のそういうところは気に入っている。ここまで妃那に気をかけて、わかってやれる君なら、ぜひ妃那の相手になってほしいと思うよ。
……あ、別に君の恋を邪魔したいと言っているわけではないから、気を悪くしないでくれ。いずれ君の気が変わる時があったらの話」
「はあ……」
(て、さりげなく、邪魔はしないけど、そう簡単には手放さないって言われたような気がするんだけど)
「まあ、でも、あのお嬢さんが相手では、なかなか難しいのかな」
「そうですよ。あんまり期待しない方が、後でガッカリすることも少ないはずです。早めにあきらめることをお勧めします」
圭介が真面目に言うと、智之はぷっと笑った。
(いや、ほんと、冗談抜きで、あきらめてもらわないと困るんだよ)
圭介はそんなことを思った。
次話は週明けの登校日になります。
久々、学園ラブコメ的な雰囲気が戻るでしょうか。
よろしければ、続けてどうぞ!




