6話 結論はもう少し先でいいんじゃないですか?
本日(2023/03/14)、二話目になります。
「伯父さんの推察通り、妃那には性的関係を持つ相手がいます。不特定多数ではなく、一人だけですが」
圭介は智之の様子をうかがいながら、努めて穏やかに言った。
推測が事実だったからといって、この程度では智之も驚いた様子はない。
「妃那はその相手と付き合っているというのか?」
「いえ、恋人同士というわけではないようです。おれにも二人の関係が実際にどういうものなのかは想像がつきませんが、妃那の様子を見たり、話をしたりする限り、大切な存在であることは間違いないと思います」
「圭介くん、君はそれを知っていて黙っていたのか? あわよくばその男と妃那がくっつけばいいと。君からすれば妃那は邪魔だろう?」
まさか自分に火の粉が飛んでくるとは思わなかった。誤解されてはたまらない。
「違います。その関係を続けることが、妃那にとって必要なことだと思ったからです」
「なにをバカなことを。恋をして付き合っているというのならまだしも、そんな身体だけの関係が必要? 今時の若者の考えることはわからないが、少なくとも私が許すはずがないだろう!」
智之は怒りに任せてテーブルを叩いた。
その音に圭介はびくりと震えたが、ここで怯んでいたら大事なことは伝えられない。
智之がとりあえずの激情を収めて座り直すのを待ってから、圭介は続けた。
「お怒りごもっともです。おれの感覚でも、正直理解しきれないことがあります。でも、伯父さんもお気づきでしょう。妃那は性に対して奔放なところがある。精神的に幼いから興味を持つ部分もあるかもしれませんが、本当のところは葵の影響です」
「葵……?」
突然出てきた名前に智之は怪訝そうに眉をひそめた。
「伯父さん、葵は伯父さんの子ではなかったかもしれませんが、それでも20年以上葵の成長を見てきたんですよね? 伯父さんの目から見て、どのような子供時代を過ごして、どのような人でしたか?」
「葵は……私は忙しくてあまり時間を取ることはできなかったが、その分母親に厳しくしつけられていた。礼儀正しく、ここの長男だという自覚もあった。勉強も熱心で、後継者になるべく頑張っていたことは知っている。
妃那に障害あったから、よく面倒を見ていたらしい。どうも母親は妃那には無関心だったからね」
「お母さんの方も……」
「今思えば、葵が私の子ではなかったから、もう一人息子が欲しかったのだろう。妃那が男として生まれていれば、葵も命を落とすことはなかったかもしれない。その葵が何か?」
「妃那が人形のようにしゃべらないことをいいことに、葵に好きなように遊ばれていたんです。性交渉も含めて」
智之は青い顔で絶句した。
「それは……いや……」
「これは妃那本人から聞いたことなので、間違いありません。ただおれは葵に会ったことがないし、亡くなっているので知ることもできない。葵がどういうつもりで半分血のつながった妹にそんなことをしていたのか、本当のところはわかりません。
妃那が嫌々相手をしていたわけではないので、虐待とまでは言わないのかもしれませんが、それでも幼い頃から毎日のように男に抱かれていた身体は、普通とは言い難いものがあるかと」
「だから、身体をなぐさめるために男が必要だというのか?」
智之は苦渋に満ちた声で言って、拳を額に当ててうつむいた。
「それだけではありません。妃那は恋や愛というものが本当の意味でわからないんです。先日も言ったように、妃那は肉親の愛情を知らない。でも、葵のせいでそういう愛情と性的なものがごっちゃになっているんです。
だから、やさしくしてくれるおれに対して、すぐに性的な関係を求めてきました。おれは好きな女がいますから、できることじゃない。それに、おれからすればそれこそ肉親の情でしかなくて、それ以上の関係を求めていないので――」
「しかし、君なら妃那の相手をすることもできただろう? かわいそうに思うなら、そうやってなぐさめてやることだってできなかったわけではない。どこかの知らない男に比べたら、よほど妃那のためになるじゃないか」
「それでは葵の二の舞です。おれは妃那にちゃんと誰かを好きになることを、家族でない誰かから愛されることを知ってもらいたい。あいつは全然わかっていないんです。
妃那はおれを好きだという。結婚したいという。だから、性的な関係を求めてきても、ある意味普通です。
けど、おれが相手をしなければ、別の相手で性欲を発散する。おれのことが本当に好きだったら、他の男と進んで関係を持ったりしないものでしょう。隠すのならともかく、おれが偶然知ってもその関係を続けている。好きな相手に嫌われるようなこととは思っていないんです。
もしかしたら、わかっているかもしれない。それでも、逆に性的関係を求めなければ、おれは妃那に対して普通に接するので、この今の関係に満足している。おれとはスキンシップで充分幸せだという。
おかしいでしょう? 本当に好きな相手なら、たとえ外で性欲を発散したとしても、やさしくしてもらえるだけで満足したり、幸せに思ったりしない。どうしても近づきたくなってしまう。それが恋ってものじゃないですか? 妃那がわかっていないと言ったのはそういうことです」
「だからといって、こんな関係を続けさせるのか? 結局のところ、ただの性欲発散でしかないだろう」
「最初は妃那がそれで幸せならいいと思ってました。おれも何のためらいもなくやさしくしてやれるし、それで満足というのなら。でも、同じ相手と関係を続ける中で、妃那が今まで知らなかったことを知っていくようになったみたいなんです。おれではどうしても教えてやれない、他人に対する愛って奴です」
「そんなの妃那がかわいそうじゃないか。それこそ相手の方は性欲発散の相手としてしか見ていないのに。愛しても愛されない関係にしかならない」
「まあ、客観的に見て、相手の男にしてみても、そうやって妃那が金を払っているということは、ホテル代はかからないし、好きな時に呼び出して抱ける女ですから、喜んで相手すると思います」
「当然だろう」
「けど、どうも違うみたいなんです」
「どう違う?」
「あの二人、ただ性欲発散しているわりには長時間一緒にいるんですよ。そのホテルの明細を見ても、明らかに毎度毎度延長して、下手すると丸一日でも一緒にいる。性欲発散が目的なら、すっきりすれば帰るだけだと思うんですけど。
それって、普通に『デート』って言いません? 場所が場所だけに奇妙ですけど、お互いに好意がなかったら成立しないことをしているんです」
「では、結局のところ、二人は付き合っているということか?」
「おれから見れば。けど、さっきも言ったように妃那は恋や愛というものが理解できていない。その好意が『恋』というものに該当するのかどうかもわからない。
だから、おれは見守っているんです。これからこの二人の関係がどう変わっていくのか。変わらなくても、相手の男から知っていく何かがそこにあるんじゃないかって期待しているんです」
「私にも黙って見守れと?」
「それはおれが口出しすることではないです。おれはおれの立場として、そうしているだけですから。伯父さんは妃那の父親として、妃那にとって何が一番いいことなのかを考えて、結論を出せばいいことだと思います」
智之はむうっとうなった。そのしぐさが源蔵にそっくりで笑ってしまいそうになる。
「そうは言われても、私はまだまだ新米の父親で、娘にとって何がいいことなのか、正直なところ、まだ手探りなんだ」
「焦ることはないんじゃないですか? これからそういう関係が始まるというのならともかく、すでにもう何か月か過ぎて、少し先に結論を出したところで、あまり影響はないと思いますから。それより、その結論を出すまでの間、伯父さんが父親として成長する方がより良い結論にたどり着けると思います」
智之がうなずくのを見て、圭介はほっと息を吐きながら緊張を解いた。
「ところで――」と、続く質問が来るまでの短い時間だったが。
次回もこの場面が続きます。
相手は誰か? という話になりますよね。
週が明けて学園生活スタートの一日と合わせて、二話同時アップ、お楽しみに!
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