3話 親に紹介するって難しい?
本日(2023/03/10)は、二話投稿します。
前話からの続きの場面です。
夕食が終わって部屋に戻る途中、圭介は母親を呼び止めた。
「なあ、母ちゃん、桜子と付き合うことには、賛成してくれるのか?」
「あんたが好きだと思う子と付き合えばいいだけの話よ」
「ええと、そういうことなら、今度桜子に会ってもらってもいい?」
母親が怪訝そうに首を傾げる。
「どうして?」
「ほら、おれ、向こうの両親ともう顔を合わせてるのに、母ちゃんに会わせないのもどうかと思って」
「顔を合わせたって、まだ付き合う前の話じゃないの? 友達として遊びに行っただけでしょ?」
「付き合い始めてからも、あっちのお父さんとは何度か話してるんだよ」
(……あれ? でも、改めて『付き合うことになりました』って、あいさつはしてなかったっけ……)
桜子の方から話があったのか、この家で音弥に会った時にはすでに付き合っていることを前提として話をしていた。
もっとも付き合い始め直後から妃那や王太子のことでゴタゴタとしていたので、振り返ってみても落ち着いて『付き合っている』という時期があまりなかったようにも思える。
そんな圭介をよそに、母親は驚いた顔で「えー」を繰り返していた。
「なに?」
「普通に驚くでしょ? だって、あんた、生きてるから」と、母親は真顔で言う。
「それ、どういう意味?」
「あの子とやっちゃったんでしょ? 普通にぶっ殺されない?」
「だから、そういう関係にはなってねえって言ってるだろうが!」
「……真面目な話なの?」と、母親はまじまじと圭介を見つめてくる。
「大真面目な話だよ」
「あんた、身体は大丈夫? 女親だから、そういうのを聞くのはどうかと思うんだけど」
「わざわざ聞く必要はねえ! 普通に元気だ! たまたま不運が重なっただけで――」
「あら、そう……」と、母親はどこか憐れんだ目を向けてくる。
「まあ、でも、そういうことなら、清いお付き合いを続けた方がいいかもしれないわね。あんたと別れた時に人知れず始末されちゃいそうだし。娘の過去を消去って」
「怖いこと言うなよー。一応、付き合いは認めてもらってるし、そういうことがあってもおかしくない、くらいには思ってるんじゃないか?」
とはいえ、家に上がり込んだ時のことを思い出すと、圭介も自信がなくなってきた。
母親の華の方には知られてしまったが、その後、音弥と二人で出かけるまで隠れているように言われたのだ。
つまり、見つかったら殺されるまではいかなくとも、ぶん殴られるくらいは覚悟しなければならなかった。
今回の王太子の件でも、音弥の桜子に対する溺愛ぶりはよくわかったので、傷モノにしてしまった暁にはそれ相応の制裁はあると思われる。
(お父さん、そういう時は何気に怖いしな……。やっぱり、結婚するまで一線は越えない方がいいのか?)
「そっちの話はさておき――」という母親の声に、圭介ははっと我に返った。
「あんたたち、本当に付き合いを認めてもらってるの?」
「それは確か。『お父さん』って呼ばせてもらってるし」
「婿に入る気、満々なんじゃないの。あんた、そんなにちゃっかりした性格だったかしら。あの大グループ企業のトップに立ちたいの? そこまで野心家だとも思わなかったけど」
「別にそういう類の野心はないし、自分がそんな器だなんて大それたことも思ってねえよ。けど、桜子が好きだし、将来を考えたらそれは避けられない道だから、頑張んないと、とは思ってる」
「それ、本当に頑張って何とかなることなの? それこそ妃那さんと結婚した方が楽じゃない? なんだかんだいって、兄弟みたいに仲いいし。悪い話じゃないでしょ?」
「母ちゃんまでジイさんみたいなこと言うなよ」と、圭介はむっとして言った。
「意味が違うわよ。息子にわざわざ苦労だとわかっていて苦労させたい親なんていないでしょ」
「けど、付き合いには賛成って言ってくれたじゃないか」
「それは高校生の恋愛の話。恋人くらいできたっておかしくないし、その相手がたまたま、なんでかよくわからないけど、今でも信じられないけど、藍田桜子さんで、楽しくやっている分には賛成って言ったの。
それが親にまで認められているなんてことになったら、将来の話が絡んでくるんだからまた別問題でしょうが」
「おれにとってはその方がずっといい。だって、将来的にも桜子と一緒にいられる可能性が高くなるんだから。お父さんに認めてもらえるってことは、その先の桜子との未来を考えても許されるってことだろ? いずれ別れる時が来るかもしれないなんて思いながら付き合っていくのは絶対にイヤだ」
「だからって、今からそんな苦労を背負い込むことはないって言ってるの」
「仕方ないじゃないか。出会っちゃったんだから。好きになっちゃったんだから。
もっと後になって出会って、その頃にはもう桜子に決まった相手がいた、なんてなったら、よっぽど自分の運命を呪うよ。なんでもっと早く出会えなかったのかって。苦労する時間が多少増えたとしても、今出会えたことに感謝する」
母親は頭をかきむしって、大きくため息をついた。
「いいわ。桜子さんとは会う。一度きちんと話した方がよさそうだし。どういうつもりであんたと付き合っているのか、ちゃんと自分で確認したいから」
「……母ちゃん、桜子に意地悪言う気? 前に会った時もひどいこと言ったんだろ?」
「ひどいことって、頭冷やしなさいって言っただけじゃない」
母親は心外だと言わんばかりに眉を寄せる。
「会いたいって言ってるのに、会わせてくれなかったし」
「それとこれとは話が違うでしょう? あの時のあんたたちは、二人とも気持ちが揺れてたじゃない。ちょっと離れたくらいで不安になって、めちゃくちゃなことをしてでも会おうとして。
その先のことも考えられない子供でしかなかったの。わたしに何か言われたくらいで、すごすご尻尾まいて逃げる程度の想いだったのよ。気づいてる?」
「今は全然違うよ。離れててもちゃんと信じられるから」
「だから、会うって言ってるんでしょう。本当のところ、桜子さんに王太子妃の話が出た時、あんたはもっとアタフタするんじゃないかって見てたの。それくらいなら、傷つかないうちに終わりにした方がいいって思ってた。
けど、あんたは変に余裕で、今思えば、その話が破談になることを知っていたみたいだったわ。それで、あっちのお嬢さんも退院と同時に当たり前のようにあんたの所へ駆けてくる。ようやく本気で付き合うようになってたんだってわかったのよ」
「そうだよ」と、圭介はうなずいた。
「けど、それはさっき言ったように、ただの恋愛であんたたちが楽しくやっている分には構わないし、別にわたしに紹介してもらう必要もない。もしかして何年も付き合っていくうちに、それでもお互いに必要となれば結婚もあるかもしれない。それくらいにしか思っていなかったの。
でも、あんたは本気で将来を考えているみたいだし、そういうことなら早いうちに桜子さんに会った方がいいと思う。意地悪だと思われるようなことを言うかもしれないけど、わたしが知っておきたいことなんだってわかってもらって。その上で会ってくれるというのなら、会いましょう」
「……わかった。桜子と相談して決める」
「じゃ、わたしはでかけるから」と、母親は玄関の方に歩いていく。
「これから?」
「飲みに行ってくる」
「あ、そう。あんまり飲みすぎんなよ」
母親を見送って、圭介は自分の部屋に戻った。
なんだか急に母親らしい、まともなことを言われてしまい、圭介はどこか落ち着かない気分だった。
母親はいつも冗談ばっかりで、すぐにからかってくるし、笑い合うのが当たり前。
母と息子という親子より、兄弟のような関係に近い気がしていた。
だから、母親に桜子を紹介するのもなんとなく簡単なことで、「おれのカノジョだよ」で終わり。後はそれなりに楽しく茶話をしてすむのかと思っていた。
それがこうまで重い話だとは――。
(桜子、それでも会いたいって言ってくれるかな)
なんだか、会わせたいのか会わせたくないのかわからなくなってしまった。
次話は藍田家のほのぼの日常、退院後の桜子の話です。
よろしければ、続けてどうぞ!




