1話 今は『ご学友』ということにしておこう
本日(2023/03/07)は二話、投稿します。
【第6章-1 みんなからの祝福、いただきます。~母ちゃん編~】スタートです!
圭介視点からになります。
桜子の退院した翌日、圭介は土曜日ということもあって、午前中はテレビを見て過ごしていた。
『藍田桜子さん、無事退院。ご学友に出迎えられて満面の笑顔』
それがトップニュースで、先ほどから同じ映像が何度も流されている。
「しつこいほど同じことをやっているけれど、見ていて飽きないのかしら?」
ソファの隣でスマホを見ていた妃那があきれたように言った。
「いやあ、おれが公共の電波に乗るなんて、人生初のことだからなー。録画しておこうかな」
まさしく病院前で桜子に花束を渡した時の映像なのだ。
やじうまにまっしぐらに駆けていく桜子。
大勢の男が花束を差し出す中、たった一つを受け取り、その男と抱き合うシーン。
それが他の誰でもない自分であるから、圭介は何度見てもウヘ、と顔が崩れてしまうのだ。
(自分で思ってたより、なかなか絵になってるじゃないかー)
そして、妃那から冷たい視線を向けられるたびに顔を引き締める――という繰り返しだ。
「圭介って、意外とミーハーだったのね。昨今、ネットに個人情報を流されて迷惑している人がたくさんいるというのに。圭介は違うのかしら」
「テレビの情報は誰でも垂れ流すネットと違って、ちゃんと放送規制があるんだから、問題ないだろ」
「そうやってテレビに出るから、個人情報が流されるのよ。ご学友の中学時代の友人が卒業アルバムを載せたりとか」
「……まさか、すでにおれの情報が垂れ流されていたり?」
圭介は慌てて自分のスマホを取り上げた。
昨夜からものすごい数の『いいね』やメッセージ等、今までの知り合いから入ってきている。
「青蘭の生徒は迂闊なことはしないでしょうけど、ご学友の庶民のお友達はそんなことは気にしないでしょうから」
(おれの変な過去が暴かれていたり……?)
SNSなど一通り見ていったが、それほど悪いことが書かれているわけではなかった。
『おれ、こいつと同中だったー』とかそんな程度だ。
そこまで話題になるほど、有名だったわけでもなし、悪いことをしたわけでもない。
あまりに平凡過ぎる過去なので、当然といえば当然かもしれない。
逆に桜子の関係を知っているくらい親しい友達関係は、直接連絡してきている。
王太子との婚約発表の時に桜子とは別れたことにしておいたので、こうなったからにはやはり詳細が気になるらしい。
『別れたんじゃなかったのかよ?』
『ご学友って、カレシの間違いじゃないのかー』などなど。
その他の人にとってはしょせん『ご学友』なので、つまりどうでもいいらしい。
『恋人』なら扱いは違うのかもしれないが。
「おお、おれもちょっとした時の人?」
「ともあれ、『ご学友』でよかったのではないかしら。あの場でキスでもしていたら、ものすごいスキャンダルでしょう? 王太子相手に略奪愛などとなれば」
「いや、それは逆だろ? あっちが略奪しようとして、おれが取り戻しただけなんだから」
「それはさらに面白そうな情報ね。王太子を悪者扱いにして、外交にも響きそうで。
それに圭介の名前が出ていないだけマシでしょう? いいところ、みんな『瀬名』だと思っている。
同族婚の『神泉』の名前が知られたら、それこそ『令和のロミオとジュリエット』などとさらに騒がれたかもしれないわね」
妃那の淡々と語られる言葉に圭介は徐々に顔から血の気を失った。
「よかった……。あの場でキスしなくて」
実際、抱きしめた勢いでキスするところだったのだ。
ものすごい勢いでシャッターが切られ、フラッシュを浴びていることに気づいて思いとどまったのだが。
(だって、あの時の桜子、ものすごくかわいかったから……)
結局、後からやってきた両親が桜子を連れていって、圭介とは「また学校でね」とバイバイをして別れた。
「これからは気を付けた方がいいと思うわよ。桜子と外でキスするとか」
「うん、気を付ける。ていうか、桜子、あまりに有名になりすぎて、外を普通に歩けない状態」
「だから、お休みなのにデートしないの?」
「……うん。もうちょっと騒ぎが落ち着くまで待とうって。それに退院してすぐだから、今週末くらい家で家族とのんびりしたいだろ。
おまえは? 出かけないのか?」
「もう少ししたら、お父様と上野の美術館に行くの。圭介もヒマなら一緒に行く?」
「なに観に行くの?」
「近代彫刻展」
「彫刻……。絵ならいいかなと思ったけど。それに、親子水入らずを邪魔しちゃ悪いから、予定通り午後から家庭教師にする」
「そう」と、妃那は特に残念がる様子もなかった。
「最近も伯父さんと出かけているのか?」
「そうね。たいてい週に1回はどこかに遊びに行ったり、食事をしたりしているわ」
「楽しい?」
「ええ。お父様はやさしくしてくれるから。よく笑うし、楽しいわ。でも、性に関する話をすると、ものすごく怒るのよ」
「……それ、当たり前だろ。ていうか、彬の話をしたりしないだろうな?」
「しないわ。だって、お父様に紹介するような関係ではないのでしょう?」
「もちろんそうなんだけど……」
(ちゃんと意味わかって言ってるのかなー……。そういう関係を持つこと自体、普通は怒られるんだけど。そうじゃなくても、箱入りのはずなのに)
「だから、もうしたりしないけれど。でも、時々わたしの知的好奇心が満たされなくてつまらないわ」
「……例えば?」
「先日、動物園に行った時に、チンパンジーが交尾の最中だったの。一般的に挿入時間が10秒だというから、時間で計っていたのよ。そうしたら、お父様がそんなものはじろじろ見てはいけないと、わたしを引きずっていったの。
絵画展に行った時も、中世の絵画に描かれる男性性器が身長に対してずいぶん小さく描かれているので、その仮説についてお父様に話してあげたら、人前でやめなさいと、やっぱり違う絵のところへ連れていってしまうの」
圭介は黙って聞いていたが、その時の状況が目に浮かぶようで、「伯父さん、かわいそうに……」とつぶやいていた。
それでも、娘の常識はずれなところは少しは気づいてもらった方がいいのかもしれない。
それに、少なくとも怒られて、そういう話題を振らなくなるのなら、それはそれでいい。
部屋のドアがノックされる。
「どうぞ」と声をかけると、伯父の智之が顔をのぞかせた。
「妃那、準備はできているのか? 出かけるよ」
「ええ、お父様。今行くわ。では、圭介、またあとで」
妃那は「楽しい」と言っていただけあって、ウキウキとした様子で部屋を出ていった。
テレビを観て喜んでいる圭介ですが、神泉家の方は?
次話はこの夜の話になります。
お時間ありましたら、続けてどうぞ!




