15話 規制線の向こうの世界へ
本日(2023/03/03)、三話目になります。
【実践編】及び第5章の最終話になります。
圭介視点です。
翌朝、圭介は桜子からのメッセージを受け取った。
『ごめんね。しばらくは会えないの。夜に電話するね』と。
(ええー、なんで急に? せっかく会えるようになったのに、しばらくっていつまで?)
ニュースで今日の午前中、王太子が病院を訪問すると言っていたが、圭介が行くのは放課後なので、問題ないと思っていた。
(せっかく楽しみにしてたのに……)
「どうしたの、圭介。元気がないわ」
登校中、後部座席の隣にいた妃那が聞いてきた。
「今日の面会が中止になったからがっかりしてる。そういうおまえはつやっつやした顔しているな」
「そうね。昨日いっぱい性欲発散したから、今日はお肌の調子がいいみたい」
半分冗談で言ったのに、妃那に真顔で答えられた。
「まあでも、いっか。おまえ、顔色悪かったもんな。ずっと日にも当たらない生活して、食事もあんまりとらなくて」
「そういえば、そうね。最近、前よりずっと食べるようになった気がするわ」
「健康的になったってことだ。よかったな」
圭介はやさしく妃那の頭をなでた。
まだまだ妃那は常識も欠けているし、危なっかしいこともしだす。
それでも、出会った頃の無表情でうつろな目をした人形が、笑ったり怒ったりするようになったのだ。
その頃に比べたら、よほど人間らしくなっている。
いつのまにか成長してくれたことが、圭介は純粋にうれしいと思った。
***
王太子は予定通り帰国し、それに関する話題も徐々に下火になってきた。
世の中はどんどん移り変わり、新しいニュースが入ってくる。
それでも桜子の退院の日、病院前には報道陣が集まっていた。
圭介も一応は花束を持ってきたのだが、周辺には規制線が張られ、その外には桜子の姿をひと目見ようとする人たちが詰めかけている。
人ごみの中で押し合いへし合いしながら、圭介も頑張って病院の玄関の方を見ていた。
(……これは渡せそうにないな。あとでもいいか)
口々に退院おめでとうと言われる中、すっかり元通りの身体になった桜子は両親とともに高貴な笑みを浮かべて姿を現した。
「桜子さん、体調はいかがですか?」
「婚約はやはりつらいものがあったのでしょうか」
「セレン殿下が近々結婚されることについてどう思われますか?」
婚約発表の場以来、桜子は公の場に姿を見せなかった。
その間、緘口令が徹底的に敷かれていたせいもあって、あやふやな情報しか流れていなかった。
それがついに姿を現したのだ。報道陣の興奮が手に取るようにわかる。
桜子はたくさんの質問を投げかけられても、笑みを絶やさずうなずき、二言三言交わしながら階段の上に立った。
そして、立ち止まって穏やかに話し始めた。
「殿下には大変失礼なことをしてしまったと、申し訳なく思っています。わたしのような未熟者では殿下の妻として分不相応だと再三申し上げたのですが、それでもとおっしゃってくださる懐の広い方でした。
わたしの体調が戻るのを寛大にも待っていていただいたのですが、このようなことになって、大変驚いています。もちろんわたしも陰ながら殿下のご多幸をお祈りするつもりです。どうか生まれてくるお子様と幸せになってもらえますようにと」
「桜子さん、今後の予定は?」と、リポーターらしき女性にマイクを向けられる。
「ようやく体調が戻りましたので、週明けには学校に戻るつもりです。こう見えて、わたしは普通の高校生なんですよ。せっかくですから、今はこの青春を満喫したいと思っています」
桜子はそう言ってふんわりとした最高の笑顔で辺りを魅了した。
圭介の周りでも男どもが切ないため息をついて、うっとりとしている。
「桜子さーん」と叫んで手を振っている。
というか、そもそも花束を持っているのがほとんど男だ。
新聞、ネット、テレビ、あらゆるメディアで紹介された桜子は、いつのまにかその辺りのアイドルよりファンがたくさんできていた。
付き合うようになっても相変わらず圭介は、規制線の外でボケっと見とれているだけだ。
それでもよかった。
前に映画の試写会で桜子を見た時とは気分が全然違う。
あの時はまだただの片思いで、手の届かない遠い存在に見えて切なかった。
そんなみじめで苦しい思いをした時に比べれば、規制線の外でも、桜子との心の距離は格段に縮まったのだ。
それに、今日は元気そうな桜子の顔を見られるだけでよかった。
なにせ、ひどい顔だから絶対見せたくないと、圭介は面会を禁じられていたのだ。
『しばらく』は結局、退院の日まで続いた。
つまり、面会は最初の1回だけ。
電話で毎日話してはいたが、会えなければ会えないで、やはりどの程度回復したのかわからず、不安になったりもする。
おかげで何度も「まだ会っちゃダメなのか?」と聞いていた。
「そろそろかなーとは思うんだけど。ああ、ダメダメ。まだちょっとウエストが!」
――といった繰り返しだった。
そんなこんなで、桜子はどこまで完璧を求めていたのか、圭介にはさっぱりわからなかったのだが、今、目に映る桜子は一言で美しかった。
青蘭に入学した日、教室で初めて見た時と遜色なく『えらい美少女っぷり』を披露してくれた。
圭介もその時と同じ顔をしているだろうと思った。
この世のものとは思えない超絶美少女の登場に思わずうっとりと見とれた瞬間と――。
そんな桜子が階段を下りてくる。
そして、圭介と目が合うと、桜子は花を咲かせたような笑顔を浮かべ、手を振りながらまっすぐに圭介のところへ駆けてきた。
「圭介ー! 来てくれたの!?」と、叫びながら。
差し出される手に花束を渡す。
そのまま圭介は規制線を一歩またいで桜子を抱きしめた。
「退院おめでとう」
ようやくこっち側に一歩入ることができた、記念すべき日になった。
第1章の4話、第2章-2の9話あたりの思い出(ずいぶん前ですね……)も含めた最終話となりました。
王太子の件も片付いたところで、あとは二人の婚約に基本反対姿勢の神泉家の皆様の説得ですね。
次回より【第6章 みんなからの祝福、いただきます。】が始まります。
パート1は【母ちゃん編】。二話同時アップ、お楽しみに!
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