14話 会いたいけど、会いたくない
本日(2023/03/03)、二話目になります。
桜子視点です。
病室の中、桜子は圭介と共に穏やかな1日を過ごした。
圭介は今までにあったことを桜子の体調を気遣いながら、ゆっくりと話してくれた。
言った通り、たくさんキスもしてくれた。
妃那が原因ですべてが始まったと思うと、はらわたが煮えくり返りそうだったが、怒鳴りつけてやるのは体力がマックスに回復した時だ。
今は圭介との失った時間を取り戻すほうが先と、ムダなエネルギーを使うのは控えておいた。
そして、夕方、圭介は明日の放課後にまた来ると帰っていった。
その後、母親が病室に顔を出したのは、就寝時間寸前だった。
「桜子、どう具合は?」
「あ、お母さん。今、仕事帰り?」
「そう。桜子が元気になったって薫子から電話をもらってね。普通に元気って言われてもわからないから、直接見に来たのよ。本当に元気じゃない」
「まあ、病気じゃないし」
「まったく心配かけて」
母親はあきれたように笑いながらイスに座った。
「ごめんね。ああでもしないと、あの王太子、あきらめてくれないと思って」
「結果よければすべてよしよ。圭介くんはもう帰ったのね」
「うん、夕方。また明日来てくれるって」
「幸せそうな顔して」
母親は笑って桜子の頬をなでる。桜子もエヘヘと顔をほころばせた。
「食事もこの夕食から、流動食にしてもらったの」
「食べられた?」
「うん。胃薬とかも飲んだりしたけど、普通に。でも、おいしくなかった! うちのご飯が食べたい!」
「それはしばらくガマンね」
「ねえ、圭介も言ってたんだけど、しばらくは退院できないの? あたし、普通にご飯食べられるようになったら、退院してもいいでしょ?」
「何言ってるの。2週間以上も寝たきりで、元気なら明日からリハビリよ」
「……あたし、もしかして歩けないとか?」
「明日、自分で確かめてみることね。だいたいそんな病人みたいな顔して、何が退院なの」
「え、あたし、そんなにひどい顔してる?」
「自分で見てみなさいよ」
母親はバッグをごそごそ探って手鏡を取り出すと、桜子に渡してくる。
その顔を見た瞬間、桜子は「ひっ」と声を上げて鏡を落とした。
げっそりとこけた頬に、くぼんで隈がはっきりと浮き出ている目元。髪もつやがなくボサボサ。
どこの幽霊が映っているのかと思った。
「なにこのひどい顔ー! 完全にお化けじゃない!」
「大げさな。だから言ったでしょ?」
「どうしよう、お母さん。あたし、こんな状態だと思わなくて、圭介に顔見せちゃったよ!」
「別に気にすることないでしょ。入院しているんだし。半分病人よ」
「ヤダー! 恥ずかしい! 20日ぶりに合わせる顔がコレなんて。こんな化け物にいっぱいキスしてとか言われて、きっとイヤイヤしてたんだ!」
「けど、圭介くんはあんたの顔で好きになったわけじゃないでしょ?」
「そういうわけじゃないと思うけど、外見も好みだって言ってたもん」
「他にも好きな部分はあるわけだし、一時的にそうなってることくらい気にしないわよ」
「お母さんにはわからないよ。お母さんみたいに熟年夫婦ならともかく、あたしはまだ結婚前なんだよ?」
「あら、失礼ね。あたしだって、好きな男にはいつまでも魅力的だって思われたいんだから、気合入れてるわよ。男に尻尾振られなくなったら、女として終わりなんだから。……あら、言っていることが矛盾しているかしら」
母親はとぼけたように言う。
「……お母さーん」
(ていうか、お父さんって犬なの? そういえば、『待て』とか『おあずけ』とか言われてるっけ……)
母親のそばをうろうろ、そわそわしている父親はどこか犬のようなものなのかもしれない。
「ま、ともかく、内心イヤイヤだったかもしれないけど、あんたに気づかれないレベルではしてくれたんなら、いいってことよ」
「……やっぱ、明日来てもらうのはやめる。もうちょっとマシな顔になるまで待ってもらう。それまで電話だけ」
「そんな、かわいそうに」
「だってえ……」
会いたいけど、会いたくないという葛藤に悩まされるとは思ってもみなかった。
「あ、そうだ。明日、王太子が病院に来るんだけど、あんた、どうする? 元気なら会う?」
「何しに?」
「明日帰国するから、正式な婚約破棄を伝えて、お別れを言う、という名目」
「せっかくなら最後に恨み言を言ってあげよっかなー。あんたのせいで圭介とめちゃくちゃになるところだったって」
「あんたがそうしたいなら構わないけど」
母親は肩をすくめて言う。
「なんて、冗談。会わないよ。だって、このニュースを聞いた途端に元気になったなんて知ったら、さすがに怒るでしょ。重い病状だからそっとしておいてくれたのに、実は半分仮病だったなんて。知らせるのもかわいそうかなと」
「わかったわ。あんたはまだ人に会わせる状態じゃないって言って断っておく」
「ごめんね、いろいろ面倒をかけて」
「まあ、仕方ないんじゃない? 藍田の娘なら、半分宿命よ」
そう言って、母親はあっけらかんと笑った。
(お母さんも婚約絡みで大騒ぎになったことあったんだもんね……)
「音弥は? もう来たの?」
「今日は見てないよ。家に帰ってるんじゃない?」
「そう。てっきり会いに来ているかと思っていたけど。あれだけ心配していたんだから、ひと目くらい見に来ればいいのに」
「お父さんにも心配かけたね。何にもしてくれなかったけど」
「そんなこと言わないの。あたしも言ったのよ。さすがにこの状況なら助けるべきじゃないかって。
でも、子供で解決できる問題なら見守るって。心配しすぎてベルトの穴が一つ縮まったって文句言ってたわ。あたしとしては最近出かかったお腹が引っ込んでくれてうれしい限りだけど」
「お母さんてば……」と、桜子はあきれた笑いをもらしていた。
「だって、音弥ってばあたしがちょっといないと不摂生して、帰ってきたころにはお腹出始めてるんだもの」
「もうオジサンなんだから」
「イヤよ。あたしだって頑張ってるんだから。いつまでも美しい男でいてもらわないと」
「お母さん、ほんと面食いだよねー」
「あ、そういえば、変なこと言ってたわね。音弥が聞いてきたの。子供用の車で公道を走ってる子供がいたらどうするかって」
「そんなの助けるのが当たり前でしょ?」
「けど、それをゴールまで助けちゃいけないって言われたら、どうするのかって」
「んー。なんかのナゾナゾ? 心理テスト? お母さんはなんて答えたの?」
「助けちゃいけないなら、公道に交通規制をかけるって」
「ああ、なるほどー」
「音弥も納得してたけど、何だったのかしらね」
「お父さん、時々変なこと言うからね」
ぷははっと二人で笑い合った。
お父さんが実は裏で何をしていたかは、ご想像にお任せします!
次話は桜子の退院の日、【実践編】及び第5章の最終話です。
よろしければ、続けてどうぞ!




