13話 最後の最後まで振り回されてます
本日(2023/03/03)は三話投稿します。
彬視点です。
午後、彬は約束の時間に妃那と落ち合ってホテルまで行ったが、やることはいつもと変わらない。
計画の成功を祝ってパーティをする、などということもなく抱き合うだけだ。
桜子も精神面ではまったくもって問題ないので、圭介がいればもう彬の出る幕はなかった。
そう思っても、いまだに嫉妬と憎しみがちりちりと胸を焦がす。
どうして自分じゃないんだろう、と――。
自分は意識をなくしている桜子にしかキスできなかったのに、圭介は桜子に笑顔をもらっていた。
少し恥ずかし気で、でもうれしいから顔がほころんでしまう。そんな笑顔だった。
本当にキスする前なら妄想の中で、いくらでもそんなシチュエーションを描けたのに、実際にしてしまった今、その時の罪悪感しか頭に思い浮かばない。
引き裂かれてつらい思いをしている二人を元通りにするように頑張った。
それが1番いい形だとわかっていたから。
しかし、実際に二人がうまくいってしまうと、逆にこんなことに協力なんてしなければよかったと後悔している。
そんな胸に渦巻く感情や矛盾は、全部妃那に吐き出すしかなかった。
指先一つ動かしたくなくなるまでエネルギーを使い果たして、何の夢も見ない、深い深い眠りの中に吸い込まれる。
なんだかこのまま死んでも悔いはないような気がした。
隣で動く気配に彬ははっと目を開いた。
「ヤバ。ほんとに寝てた……」
「5分も寝ていないと思うわ」
隣を見ると、妃那がじいっと彬を見つめていた。
「なんだ、そんなもんか……」
「いつ目を覚ますのかと思って、待っていたのだけれど」
「……もうちょっと休憩させてもらっていい?」
「わかったわ」と、妃那がこくんとうなずくので、ほっとする。
(僕、体力は自信ある方なんだけどなあ……)
正直、朝まで目を覚まさなくてもおかしくないくらいに身体は疲れていた。
この程度の仮眠で復活は難しい。
その代わり、頭を悩ませるめちゃくちゃな感情は、すっきりさっぱり、どこかに消え失せていた。
「ねえ、彬」
「うん?」
「今朝、圭介に計画が早まったと言ったら、すごく喜んでいたわ。ちょっと乱暴だったけれど、髪の毛がぐちゃぐちゃになるくらい頭をなでてくれた。あなたのおかげよ」
妃那はその時のことを思い出すのか、うっとりとしたように口元に笑みを浮かべている。
「そんな、たいしたことしてないよ」
「圭介に笑顔を向けられるのが好きだわ。やさしくしてもらうのも。そういう時って、『幸せ』というのでしょう?」
「そうだね」
ずいぶん当たり前のことを言っているが、彬はうなずいた。
「でも、あなたのおかげで圭介がそうしてくれるのなら、それはあなたに幸せをもらっているということなのかしら」
「大げさに考えることないと思うよ。お互い様だから」
「そうね。わたしのおかげでけっこう幸せでいられると言っていたわね」
妃那の穏やかな顔がどこかはかなげでそのまま消えてしまいそうだった。
彬はだるい腕を伸ばして、妃那の頭をなでながら、そこにいることを確認する。
「ねえ、あの二人が元通りになったら、君はどうなるの?」
「どうなるとは?」
「あの二人が別れるのが条件で、君の罪は見逃してもらったんだよね? 王太子が別の女性と結婚する場合はどうなるのかと思って」
「クーデターの首謀者として捕まるかもしれないわね」
妃那は静かに言った。
「それ、わかってて今回の計画を立てたの?」
「わたしがどうなるかは、その計画とは関係のない話でしょう?」
「ちょっと待ってよ……」
彬は手が震えてくるのを感じた。妃那は不思議そうな目で見つめてくる。
「なんで? 僕のためにも死なないって言ったよね? どうして、もっとそのことを考えなかったの? 僕、本当に君を失うわけにはいかないんだからね!」
彬は妃那をぎゅっと抱きしめていた。
このまま消えてしまわないように。失われないように。誰にも奪われないように、きつく抱きしめた。
しばらくして気づくと、妃那は嫌がるように彬の腕の中でもがいていた。
力をゆるめると、妃那はぷはっと息を吐きながら顔を上げる。
「……もう、なに、いきなり。苦しいわ」
「だって、君がわかっていないから!」
彬は起き上がって妃那をにらみつけた。
「怒っているの?」
「怒るよ! 約束したんじゃないの? 死なないって。僕のそばにいてくれるって」
「したわ。だから、いるでしょう」
「けど、君が捕まったら――」
「別にあなたが気にすることではないでしょう」
「何言ってんの!? 気にするよ!」
妃那は困ったように首を傾げる。
「意味が分からないわ」
「どこが? 君にはひとの気持ちがわからないから、そうやって理解できないの?」
「そうではないと思うのだけれど。わたしは死なないと約束したので、死ぬようなことはしないわ。もしもクーデターの件で捕まったとしても、死なずにすむ方法を考える。
その計画にあなたが関与するとは思えないので、気にする必要はないと言ったのだけれど。それともわざわざ計画に関わりたいのかしら?」
彬はくらりと倒れそうになった。
「ねえ、僕の頭悪いから君の思考についていけないのかな?」
「そうね。1から10まで細かく説明しないと理解してもらえないようだから」
「……君の言いたいことは理解した。カン違いで大騒ぎしただけ。忘れていいよ」
彬はゴロリと横になって妃那に背を向けた。
そもそも妃那なら、どんな計画でも立てて、実行することができる。
彬が心配しなくても一人でやり遂げられる。
きちんと彬との約束を守って自分の命を大切にしてくれるのなら、何の文句もない。
「まだ怒っているの?」
「君にはもう怒ってない。自分のバカさ加減に腹が立ってるだけ」
「やっと認めたわ」
妃那はふふふっと笑って、彬の顔を上からのぞき込んできた。
「そういう顔されると、また怒りたくなるよ」
「そうなの? でも、わたしは好きだわ」
「僕に怒られるのが?」
妃那はきょとんとした顔をして、それから首を傾げた。
「何が好きなのかしら……。よくわからないけれど、なんだか楽しいわ」
言葉通り楽しそうに目をきらめかせている妃那は、どこかいたずら好きな子供のようだった。
(僕もまあ、なんだかよくわからないけど、楽しいかも?)
彬の心配が完全に杞憂だとわかったのは、それから数日後。
「圭介もすっかり忘れていたらしいのだけれど――」と、妃那が教えてくれた。
圭介は桜子と別れる条件に、妃那に罪を問わない旨を記した書面を王太子から手に入れてあったのだ。
(そんな大事なこと、普通忘れる!?)
――と思ったが、それだけ圭介も桜子を心配して、他のことに頭が回らなかったのだろう、ということにしておいた。
次話は桜子側のエピローグになります。
よろしければ、続けてどうぞ!




