12話 悪い夢はもう終わり
本日(2023/02/28)、二話目になります。
前話からの続きですが、桜子視点です。
桜子は幸せな気分だった。
『王太子との婚約が白紙になった』
そんなニュースが届くのをずっとずっと待っていて、それがようやく叶ったのだ。
これで障害はなくなった。
後は圭介にもう一度会えば、きっと取り戻せる。
なのに、聞こえてくる声は、ずっと謝っていた。
「桜子、ごめん」と、何度も繰り返している。
その先に続く言葉を知っているから、桜子は聞きたくなくて、耳をふさいだ。
「これでお別れ。さよならを言いに来たんだ」
(そう、これは悪い夢。圭介がこんなことを言うはずがないんだから)
「信じてくれたのに、裏切ったのはおれ。ごめんな」
(ウソよ。圭介に裏切るなんて言葉、絶対似合わないもん。だから、謝ったりしないで。ただひと言言ってくれればいいの。
『全部、冗談だよ。驚いた?』って。
そうしたら、あたしは『もう!』って怒った顔をするけど、『驚かせないでよ!』って、すぐに笑うから。
なのに、どうして謝り続けるの? あたしは『ごめん』よりずっと聞きたい言葉があるのに)
傷つけて、ごめん。
辛い思いをさせて、ごめん。
悲しませて、ごめん。
約束を破って、ごめん。
許してくれるまで、何度も謝るよ。
そんな『ごめん』ばかりしか聞こえない。
ウンザリするほど『ごめん』が繰り返され、桜子はこれはどんな悪夢なのだろうと思い始めた。
(もう、ガマンできない!)
桜子はかっと目を見開き、怒鳴っていた。
「だから、もう謝らなくていいって言ってるでしょ! あれは何かの間違いだったって言えば、それで済む話なの!」
視線の先に最近すっかり見慣れてしまった病院の天井が映る。
(……なんだ、夢か。ていうか、どこから夢でどこから現実なんだろう。王太子の件、あれも夢だったの……?)
薬が効いているせいか、頭がぼんやりとする。
「桜子、目が覚めたか? うなされてたみたいだけど、先生を呼ぼうか……?」
聞き間違えようのない圭介の声が近くに聞こえる。
ずっと聞きたかった声。ずっと待っていた声。
声のする方に視線を向けるのが怖い。
見たら消えてしまう。
そんな夢を何度も見てきたのだから。
それが幻だと知って、どれだけ落胆するのかもわかっている。
それでも、確かめずにいられなくて、そんなことを繰り返すのだ。
(だって、ずっと待ってたんだもん)
桜子は恐る恐る視線をずらし、窓の方を見た。
ずっと目を閉じていたせいか、光が目に痛い。逆光になってしまって、黒い影にしか見えない。
「圭介なの……?」
ぎゅうっと手を握りしめられた。
「おれがわかるか?」
やはり圭介の声が聞こえる。桜子はうなずいて、目が光に慣れるのを待った。
(これは夢じゃないの?)
ようやく見えた圭介の顔は泣いていた。
桜子の手を頬にあてて、涙をぽろぽろと落としていた。
「よかった」と、何度も繰り返している。
指を動かすのも億劫だったが、どうしてもそこに圭介がいるのを確かめたくて、指を伸ばして、頬に触れた。
ちゃんと触れられた。
温かい感触が冷たい指先を温めてくれる。指に温かい涙の感触がある。
「夢、じゃないの……? 圭介、本当にそこにいるんだね」
「うん。ごめんな。こんなにつらい思いをさせて」
「……もう謝らないで」
「でも、それくらいしかおれは言えなくて……」
「もう聞き飽きてるから、他のことにして」
「聞き飽きてるって言われても……」
圭介は困ったように桜子を見てくる。
(……まさか、ただのお見舞い? 単に別れたカノジョが入院して、心配になって見に来ただけとか? もしかして、妃那さんともう婚約しちゃったとか? で、本当に謝りに来ただけなの?)
「まさか、他に言いたいことがないなんてことは……ないよね?」
「話したいことはいっぱいあるんだけど、どこから話していいか……。慌てて来ちまって、あんまり考えてなかったというか……。言っていいのか悪いのか、いろいろ悩んだりして……」
「何でもいいから、早く言って」
束の間、圭介は黙っていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「とりあえず、キスしていい?」
キスをしてもいいか聞いてくるということは、圭介の中にちゃんと桜子を想う気持ちが残っているということ。
妃那との婚約話が本当に進んでいるとしたら、圭介はそんな不実なことはしたりしない。
桜子がうなずいたらしてくれるということは、今でも圭介は自分のものなのだ。
ためらう必要など一ミリもない。
桜子はコクンとうなずいた。
圭介はほっとしたように微笑むと、ベッドにかがみこんで桜子に口づけた。
温かくてやわらかい感触が伝わって、今まで冷たく凍っていた身体の隅々まで血が巡り始める。
すっかり屍と化していた身体がよみがえった。そんな感じだった。
うれしくて涙があふれてくる。
「圭介……。ずっと待ってたの」
涙で声がかすれてしまう。
圭介はやさしく頬をなでて、涙をぬぐってくれた。
「待たせて、ごめん。ずっと、ずっとおれも会いたかった。今日が来るのを待ってた。今も変わらず大好きだよ。あの時はウソついてダマして、ごめん」
「圭介はウソが下手だから、あたしは信じたりしなかった。だからもう、謝らなくていいって言ったでしょ?」
「けど、泣かせるようなことはしないって約束したのに……」
「悪いって思っているならいっぱいキスして。会えなかった分も合わせて」
圭介の笑顔に桜子のすっかり固まってしまっていた頬の筋肉がゆるむ。
いつのまにか自分の顔に笑顔が戻っていた。
*** ここから彬視点です ***
病室のドアの隙間からのぞいていた彬と薫子は静かにドアを閉めた。
「眠り姫も王子様のキスで目覚めて、めでたし、めでたし?」と、薫子がおどけたように言う。
「うん。後は王太子が帰国して、姉さんの体力が回復すれば計画終了。予定通りのハッピーエンド」
「……ていうか、桜ちゃん、普通に元気じゃない? 普通に話してるよ」
「確かに……。圭介さんの顔を見れば、元気にはなるとは思ってたけど」
「ねー。それってちょっとずつ笑顔になったり、元気を回復していって元に戻るって意味でしょ? あれじゃ、もともと元気だったみたいだよ」
「てっきり心を閉じちゃったのかもって思ってたけどなあ。もしかして、あれ、わざと?」
「絶対そうだよ。最初はショックでご飯食べられなかったかもしれないけど、その後は単なるハンスト。
下手にしゃべったら、回復の兆しありってことになって、婚約話が消えてくれないから、だんまりしてたんだよ」
「そういや、姉さんってはかないお姫様には程遠いキャラだったよな。見た目はともかく」
「うん。みんな、ダマされたね」
「あぶない、あぶない。やっぱり姉さんが本当のことを知ったら、病院飛び出して、圭介さんに会いに行っちゃうところだったよ」
「桜ちゃんならやるねー。で、そのまま駆け落ちとか」
二人で顔を見合わせて、ぷぷぷっと笑っていた。
「じゃ、僕は約束あるから行くよ。せっかく圭介さんと一緒にいるの、邪魔したくないし」
「あたしも帰る。なんか、疲れたー。だいたいお父さんたちも来ないし」
「圭介さんが来るのがわかってたら、わざわざ仕事抜け出してまで来ないよ」
「薄情なんだか愛情いっぱいなんだか、よくわかんない親だよねー」
そんなことを話しながら、薫子とは病院の前で別れた。
圭介&桜子が元サヤになったところで、次回は三話同時アップで【実践編】及び第5章が完結となります。
桜子の退院までもう少しお付き合いください!
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