5話 父さん、怖いです
本日(2023/02/17)は二話投稿します。
前話からの続きの場面です。
桜子が処置室から病室に運ばれてから、彬は薫子と一緒にベッドの脇に座っていた。
桜子は点滴を付けて眠りについている。
食べていない上、ほとんど眠っていなかったらしい。体力もすでに限界に来ていたのだ。
今は少しでも休んだ方がいいと、薫子と二人で桜子の顔を眺めていた。
「彬くん、もっと早くあのドアをぶち破ればよかったね……」
桜子が無事と知って落ち着いたのか、薫子はポツリとつぶやくように言った。
「うん……。あんなにひどい状態になってたなんて。あんなになるまで一人でつらい思いして……」
「あたしたちには何にもできなかったね……」
「でも、これから何かしてあげられることがあるかもしれないし。入院中も元気づけてあげないと」
「うん。でも、桜ちゃんが元気になる方法なんて一つしかないのに……。きっと他に何を言っても元気になってくれないよ」
「そうだな……」
(圭介さん、本当にわかってたのかな。あの時、本当にあの人の方を助けていたら、姉さんがこんな風になるってこと)
別れを言われてたった二日で、桜子の状態はここまでひどくなっている。
確か最初のシミュレーションでの入院の日は3日後だった。
あと1日過ぎていたら、今は軽い血糖値の低下もさらに低下して命の危険にもさらされていたかもしれない。
きっと何もしなくても救急車を呼ぶ事態になっていたのだ。
「桜子はどう?」と、父親が静かに入ってくる。
「点滴打ちながら寝てる」
「やっと夢も見ないで眠れているのかな」
「きっと。あんまり寝てなかったみたいだし」
「彬、ちょっといいか?」
父親に手招きされて、彬は一緒に病室を出た。
「何?」と、聞いた瞬間、父親に壁に押し付けられた。
この壁ドン状態で間近に見えた父親の顔は、殺されるのかと思うほど怖かった。
こんな父親は今までに見たことがない。
基本的にいつもご機嫌で家族と過ごしていた父親とは別人だった。
思わず「誰?」と聞きたいくらいに、彬はビビった。
「おい、あのお嬢さん、桜子に何やった? 入院させるために何かしただろ?」
父親の低くドスのきいた声に、彬はさらに震えあがった。
「……く、薬飲ませただけ……」
「何の?」
「睡眠薬」
「それを本気で信じたのか?」
彬はコクンとうなずいた。
「このバカが! 睡眠薬なんて偽って、本当は血糖値を下げる薬だったんじゃないのか? 量を間違えたら、最悪、桜子は死んでたんだぞ。わかってるのか!?」
父親は怒鳴ったが、彬はきっと顔を上げた。
「絶対違うよ! これは姉さんたちがうまくいくように立てた計画なんだ! 姉さんが死んで終わるなんて、予定にない!」
「万が一ってこともあるだろ?」
「そんな失敗の予定、絶対ない。だいたい姉さんが入院するのは決まってたんだ。それを使って計画しただけで、入院だって、何もしなければ明日には救急車を呼ぶ事態だったんだ。
あの人はそれを一日早くしてくれた。そうじゃなかったら、姉さんはもっとひどいことになってた!」
彬がわめくと、父親はふっと目元をゆるめて息をついた。
なんだか憐れみを込めたような目をしていた。
「なんだか、おまえ、いいように利用されてない?」
「そんなことないと思うけど」
「あっちはおまえの数百倍も頭の回転が良くて、知識も豊富。おまえを手玉に取って操るくらい、造作もないんだぞ?」
「そうかもしれないけど。あの人、基本的に子供みたいに素直だから、言うことをちゃんと聞いてくれるし。それに、圭介さんに嫌われるようなことは絶対しないから」
「けど、桜子が死んだら、圭介くんはあのお嬢さんのものだよな?」
「それはどうなるか、もうわかってるんじゃないかな。手に入れても二度と圭介さんはやさしくしてくれないってこと」
「で、おまえはこの計画の詳細まで把握しているのか?」
「流れだけ。その場その場で必要なことは教えてくれるって」
父親はいいかげん呆れたようなため息をついた。
「まったく……。じゃあ、今頃お嬢さんが裏で何やってるか、全然知らないってことだろ?」
「そう言われるとそうなんだけど……」と、彬は口ごもった。
「少なくとも桜子を診た医者は買収されている。てことは、わざわざこの病院に搬送してもらわなければならない。救急隊の誰かも関与しているということだ。
そういうこまごまとしたことをおまえも圭介くんも知らされていない。犯罪まで行かなくても犯罪まがいのことは計画に入っていて、それを裏でお嬢さんが仕切ってるってこと忘れるな」
「うん。気を付ける……」
そこでようやく父親は壁ドンを解除してくれた。
「ていうかさあ、あのお嬢さん、子供なんだから誰かちゃんとした大人が操縦しないと危なっかしいのに、なんで子供同士なわけ? 足けり車で公道を走るようなもんだぞ?
手は出さないとは言ったものの、ゴールまでたどり着けるか、こっちはヒヤヒヤして仕事も手につかないじゃないか」
彬は自分が子供用のおもちゃの車で、車のばんばん通る道を走っているのを想像してしまった。
いつ車と接触するんじゃないかと、その脇でオロオロ、ハラハラ見ている父親の姿も――。
「……ごめん」
「とりあえず華も今夜には帰ってくるから、ちょっと気は抜けるけど」
やれやれといったように父親はため息をつく。
「母さん、帰ってくるの?」
「さすがに2日目も閉じこもったままだったし、心配だからって。その前に桜子、入院になっちゃったけど」
「ああ、なんか今わかったかも。あのドアぶち破るの、きっと母さんだったんだ」
父親と思わず目を合わせて、うなずいた。
あの人ならやりかねないと、意見が一致した。
次話は圭介の様子とそれを心配する妃那の話になります。
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