9話 どうして、自分を選べなんて言ったの?
本日(2023/01/27)は、二話投稿します。
前話からの続きの場面です。
「時間はまだ大丈夫そうね」
妃那はスマホをちらりと見て言った。
「全部聞かせてもらうまで、何回でも延長するよ」
(……て、僕がお金を払うわけじゃないんだけど)
「その時間ではないのだけれど」と、妃那はくすりと笑う。
「違うの?」
「今はどうしてわたしを選ぶように言ったかの話ではないの?」
「うん、そうなんだけど」
また話が脱線するところだったらしい。
(結局、僕が余計なことを聞きすぎるせい?)
「昨日話していた通り、あの二人を元に戻すための計画を用意してきたのよ。
ただ、確率でいったら圭介はわたしの方を選ぶはずだから、その選んだ先の計画になるの。
だから、いきなり圭介に桜子を選ばれてしまったら、わたしの用意した計画が使えなくなってしまうでしょう? だから、圭介にそう言ったのよ」
「それで、圭介さん、わかってくれるの?」
「わかるでしょう。そもそも圭介はそれを聞きたくて、電話をかけてきたのだから」
「……待って。僕、全然ついていってない。あの電話で圭介さんは姉さんを選んだよね?」
「いいえ。圭介は最初からどちらも選んでないわ」
「いやいやいや、まさか」
「彬、そばで聞いていて気づかなかったの? あの電話は圭介からのSOSだったのよ」
「それくらいは気づいていたよ。どうも王太子と一緒だったみたいだし。
君の命か姉さんか、どっちか選べって突き付けられていたんだよね? だから、悩んで君に相談してきたんじゃないの?」
「そうではないわ。そんな悩み、当人のわたしに相談してどうするの? わたしを選ぶように言うのが普通でしょう。
逆に桜子を選ぶと言われたら、わたしは当然命乞いを始めるわ。
それでは、余計に悩んでしまうではないの」
「……確かに、そういう悩みなら、第三者に相談するよな」
彬は納得してうなずいた。
「逆に桜子を選ぶと結論が出ていて、わたしに謝りたいと思って電話をかけてきたとしたら、今である必要はないでしょう?
あなたと一緒にホテルにいることを知っていて、わざわざわたしに電話をかけてくるかしら?
わたしが今ここで処刑されるのならともかく、急ぐ必要はない話だもの」
「君が何か計画を立てているの、圭介さん、実は知ってたの?」
「話すヒマがなかったわ。昨夜は遅かったし、昼間は学校。放課後はあなたとの約束が入っていたし」
「……あのさ。今さらだけど、僕との約束より、圭介さんに計画を先に話しておいた方がよかったんじゃない?」
「いやよ。過程の段階で嫌われるかもしれないって、あなたが言ったのでしょう。
いきなり圭介に話をする勇気はないわ」
「僕もまだ聞いていないから、何とも言えないんだけど……」
「わたしとしては計画通りに圭介がわたしを選んでくれれば、その先の計画は用意してあるわけだから、急いではいなかったのよ」
「ところが、圭介さんが王太子につかまって、選択を迫られる事態になってしまったと」
「その事態は想定していたので、いつ電話がかかってきてもいいように準備はしていたのよ」
「なるほど。それで、君の想定通り、電話がかかってきたわけだ」
「ええ。圭介では悩んでみたところで選べないでしょう。わたしに頼ってくる可能性は高かった。
こんな事態になってしまったんだけれど、助けてくれないかと。
交わすわずかな言葉で、わたしなら圭介の言いたいことを理解できると思っただろうし――」
妃那はそこまで来て、ふと口をつぐんだ。
「どうしたの?」
「わたし、間違えていたみたいだわ」
「え、君でも間違えたりするの?」
妃那は彬の顔を見上げて、くつくつとのどを鳴らして笑い出した。
「そうよ。圭介は選べなかったわけではないわ。あの時、もうすでに決断していた。
確かに圭介は桜子を選んでいた。同時に、何らかの方法でわたしのことも助けようとしていた。
助けられないかもしれないと言っていたのは、桜子を選んだ上で、助けられない可能性があると、わたしに伝えたかったのよ。
確実にわたしを助けるために電話をしてきたんだわ。
つまり、圭介は最初から両方選ぶと決めていたのよ」
「両方って……」
「圭介って、ずいぶん欲張りよね?」
妃那は面白そうにクスクスと笑いながら目を輝かせている。
彬もつられて笑っていた。
(なんか、そういうところが圭介さんなんだよな……)
選べと言われたら、まずどちらか選ぶことを考える。
どっちも取ることを真っ先に思いつくあたり、すごいと思わずにはいられなかった。
「それで、その方法はあるの?」
「それが用意してきた次の計画ではないの。すべてを元通りにする計画」
「圭介さんはそれを知らなかったのに、君に頼ってきたんだ」
「わたし、ずいぶん信用あるみたいだわ。あなたはわたしのしたことが嫌われることだと言っていたけれど、圭介は嫌わないと言ってくれた。
圭介はどこまでやさしいのかしら」
うふふと幸せそうに笑う妃那を見て、彬はむっと口をとがらせた。
「言っとくけどねえ、こんなこと続けてたら、いくら圭介さんでもいつか嫌いになるんだからね。心してかからないと」
「わかっているわ。これ以上マイナスを増やさないで、圭介の喜ぶことを続けていけば、ずっとわたしのことを好きでいてくれるということでしょう? やさしくしてくれるのでしょう?
今はまだマイナスではないのだから、簡単なことよ」
(なんだ。僕が言ったこと、ちゃんと理解してくれてたんじゃないか)
「……まあ、そういうこと」と、彬はうなずきながら、顔がほころぶのを感じた。
「ねえ、なんだか話すぎて、のどが渇いたわ。お水を飲んだら、休憩しましょうよ」
妃那は立ち上がると、冷蔵庫からペットボトルの水を二つ持ってきて、一つを彬に渡した。
「ありがとう」と受け取って、一口飲む。
「今頃、騒ぎが起こっているパーティの真っ最中なのに、のんびりしていてもいいのかな」
妃那はコクコクと水を一気に半分ほど飲み干し、ふうっと満足げな息をついてから口を開いた。
「どうせ急ぐことではないわ」
「ならいいけど。で、パーティの席で二人は別れて、姉さんは婚約発表して、それからは? まだその先の計画を聞いていないんだけど」
「それは1回した後でもいいでしょう?」
「休憩って、そっち!?」
「入口に書いてあるわ。『ご休憩』と」
真顔で言う妃那に、彬は思わず笑っていた。
ようやく同じ時間まで追いつきました。
次話でパーティ会場にいる圭介の方に話が戻ります。
お時間ありましたら続けてどうぞ!




