7話 すべては誰のせい?
本日(2023/01/24)は二話投稿します。
前話からの続きの場面です。
一族を滅ぼせなどという遺言を妃那に残したのは、彼女の兄だった。
その人が、善悪の区別もつかない、精神的にも幼い妃那にひどい所業を強いた。
「……なんで、お兄さんはそんな遺言を残したの?」と、彬は聞いた。
「お兄様がお父様の子ではなかったことが発覚したのよ。
お母様は神泉の分家の出の人で、それほど血が濃くなかった上、本当の父親は一族の者ではなかった。お兄様は神泉の一族としてすら認められない。
その出自が発覚して、おじい様に勘当を申し渡されたの。後継者になるべく頑張っていたのに……。
その夜、お兄様は死んだわ。すべてを失って、もう自分ではできないことをわたしに託して」
妃那の顔からはいつのまにか表情が消えていた。
瞬き一つしない、人形になっていた。
「それは昔の話じゃないよね? どうしていきなり出自が発覚したりするの?」
目が覚めたように妃那は顔を上げ、くすりと冷たい笑みを浮かべた。
「それは杜村貴頼が仕組んだこと。桜子を手に入れるために、圭介を使ったことは知っているでしょう?」
「なんか、監視していたとか」
「貴頼は誰を使うのが一番いいかと考えた時、お兄様の情報を使ったの。入手経路はわからないけれど、それを利用した。
お兄様は後継者としてふさわしくないのだから、当然新しく探すことになる。圭介にすぐ目を付けると確信していた。
圭介はわたしのイトコだから、結婚もできるし、しかもその半分は直系の血。こんな理想的なわたしの伴侶を神泉が見逃すはずがないわ。
だから、貴頼は圭介を選んだのよ。
桜子に恋しようが、二人が付き合おうが、神泉がそれを許さない。そう見込んでね。
もっとも貴頼は、そのせいでお兄様が死ぬことまでは考えていなかったとは思うけれど」
「結果、同じじゃないか!」と、彬は思わず声を荒げていた。
「たかが姉さん一人を自分のものにするために、一人の人生をめちゃくちゃにしていいわけがない! そのお兄さんが死んだせいで、君にまで辛い思いをさせているじゃないか!
やっぱりあいつは許せない。僕が一生かけてでも、不幸に陥れてやりたい!
君は平気なの? 貴頼を恨んだりしないの?」
妃那はかすかに首を傾げた。
何を聞かれているかわからない、そんな感じだった。
「その代りにわたしは圭介と出会えたから。
お兄様はわたしを愛してくれなかったけれど、圭介は愛してくれる。とても大切にしてくれる。
お兄様のことは時々思い出すけれど、圭介がいればもう不要の存在。この幸せが続くなら、わたしは貴頼などどうでもいいわ」
「僕はどうでもよくない!」
「おかしいわ。別にあなたが何をされたわけでもないのに」
「あいつは昔っから気にくわなかったけど、姉さんと圭介さんが出会ったのはあいつのせいなんだから。
それで、姉さんは特別な一人を決めることになったんだから、余計にムカつくよ。
そんな一人、一生見つからなくていいって思ってたのに」
「あなたの方がよほど子供っぽいわ」と、妃那はクスクスと笑う。
そんな妃那の表情はどこか固く、目はうつろだった。
「……ねえ、なんで、お兄さんは君にそんなことを頼んだの?」
「それは当然、わたしがお兄様のいうことを聞く人形だったからよ」
「本当に、人形……?」
そう聞きながらも、それは疑いの余地のないことだった。
道端に座り込んでる妃那を迎えに行った時、ゼンマイでもついているのかと思ったくらい、人間とは思えなかった。
圭介がいる時しか、しゃべることもないし、自分で歩くこともしない。
人形以外の何物でもなかった。
「今頃わたしがこんな風に生きているなんて知ったら、お兄様はきっと驚くわ」
(そのお兄さんは、人形の君に何をしたの?)
その答えはもうわかっていたから聞かなかった。
妃那の最初の相手は誰だったのだろうと、彬は気にはなっていた。
もしかしたら、一緒に暮らしている圭介がうっかり手を出してしまったのかもしれない。
だから、付きまとわれているのかも、などと思っていた。
友達も知り合いもいないようだし、圭介以外に妃那の周りに相手になるような男が見当たらなかった。
残るは父親や祖父だか、あまり考えたくなかったし、従業員がお嬢様に手を出すとも思えない。
結局、それを問いただすような関係ではないので、あえて聞いたりはしなかっただけだ。
「君は人形でいる間も、何をされているかわかるんだよね……?」
「たいていの場合は完全に思考を閉じているから、周囲には鈍感になるわ。
でも、抱かれている時は別だった。声を出してはいけないとわかっていても、声を上げたくて仕方なかった。すごくガマンしていたわ」
「なんか、それはわかったりするんだけど。嫌がったりしないの? お兄さんが好きだったの?」
「大好きだったわ。抱かれるのも。でも、愛されていたわけではないと知って、今はあまり思い出したくないわ」
「……そんなの当たり前じゃないか」
兄にとって妹は都合のいいおもちゃでしかなかったんだから、愛などあるわけがない。
妹を本当に愛していたら、そんな傷つけるマネはしない。
妃那の身体は大人かもしれないが、中身は幼い子供だ。
そんな子供に身体の関係を強要するのは、虐待以外の何物でもない。
兄弟という近親で許されることでもない。
妃那の中にどれだけ見えない傷があるのだろう。
本人のわからないところで、その傷からどれだけの血が噴き出しているのだろう。
彬はそんな傷を癒してやりたくて、妃那をそっと抱きしめた。
子供をあやすように、やさしく頭をなで、頬ずりをした。
「……なんだか、あなたにそんなことをされると、気持ちが悪いわ」
彬はガクリと頭を落として、妃那を離した。
「君も感傷に浸らせない人だよね」
「あなたほどではないわ」
「お互い様ってことで。もういいから、とりあえず、今回の件の話に戻ろうか」
次話もこの続きの話になります。
お時間ありましたら、続けてどうぞ!
 




