3話 どっちを選ぶ?
本日(2023/01/17)は、二話投稿します。
前話からの続きの場面です。
「もしもおれが桜子と別れたとして、妃那に手出ししないという確約は?」
圭介は顔を上げて、改めて王太子に向かい合った。
「罪に問わないことを書いた書面に僕が署名する。
万が一、他の者がこの情報を手に入れても、それがあれば罪に問われることはない」
「なら、それをすぐに用意してください」
「別れる気になったのか?」
「それを見ながら考えます」
「いいだろう」
王太子は席を立って、デスクに向かった。
さらさらとペンを走らせる音が聞こえてくる。
腕時計の秒針が規則正しく時間を進めていく。
こうしている間にも刻一刻と時間は過ぎていくのに、何の解決法も見つからない。
冷静に考えたくても、焦りで頭の中がただただ真っ白になってしまう。
「書面だ。英語で書いてあるから、読めるだろう」
圭介は顔を上げて差し出された書面に目を通した。
内容に間違いはない。
署名もきちんと入っている。
「少々意外だったな。君のことだから、もっと簡単に別れると言うかと思っていた」
「桜子の相手があなたでなかったら、即決でした」
「なんだか、君は殺したいくらいに憎いな。君たちは互いに理解し合って、深く結びついている。
桜子を手に入れても、君のことは忘れないかもしれない。どこかで生きていると思えば、しぶとく思い続けるかもしれないな」
「桜子のおれに対する気持ちはわかりませんけど、桜子は1度決めたらまっすぐ突き進みますからね。
あなたが無理やり連れていっても、這ってでも泳いででも戻ってくるかもしれません。
それくらいなら、おれを殺しておきますか?」
「そんな挑発には乗らないよ。そもそも一国の王太子が手を汚す必要などない。
君のような子供ひとり、人知れず殺す方法はいくらでもある」
「殺されたくて言っているわけじゃないですよ。
本当は死んだ男の方が忘れないって言いたかったんです。
フラれた男は結局、それなりの幸せを見つけて生きていくものですから、逆に忘れるものだって。
おれの命乞いです」
「桜子を失うくらいなら、死んでも構わないとは言わないのか?」
「おれが死んだら、妃那も死ぬ。それじゃ、ここで桜子と別れる意味ないですから」
「あの娘はそこまで君を愛しているというのか」
「そうなのかもしれない。そうじゃなかったら、あいつはこんな計画、最初から立てていない。
結局、妃那のしたことは、あいつの気持ちに気づけなかったおれの責任です。
桜子と別れるならもっと早くすべきだった。
そうしたら、桜子はただ新しく好きな相手を見つけるだけでよかった。
内戦も起こらなかった。そのせいであなたの国が壊されることもなかった。
後悔しても過去は変えられない。責任を感じても、おれに取れる責任もない。
自分の選ぶ道はいつも間違った方へ行ってしまう。情けないです」
圭介は言葉をつづりながら、音弥から言われた言葉を思い出していた。
『16歳の君に何ができるの?』
(そういうことだよな……)
「泣き言はそれで充分か?」
「泣き言ついでに、電話かけてもいいですか?」
「桜子にか?」
「妃那に」
「別れる前に恨み言でも言うのか? それとも命を救えなくて謝るのか?」
「それはすでに決断した後の答えでしょう。時間はあるんですから、焦らないでくださいよ」
「僕が聞いていても構わないというなら、かけてもいい」
「スピーカーにしろと?」
「そういうことだ。余計なことを言えばすぐに切る」
「出てくれればいいんですけどね……」
彬と一緒にいるので、昨日のように電源を切っている可能性はある。
圭介はポケットからスマホを取り出して、妃那に電話をかけて、テーブルの上に置いた。
少なくともコールはしている。
『圭介?』
「妃那、彬と一緒なのか?」
『そうよ。今シャワーを浴びたところ』
「ちょうどよかった。おまえが電話に出てくれて」
『どうしたの?』
「妃那、おまえがしたこと、王太子に聞いた。ごめんな。助けてやれないかもしれない」
圭介の言葉に妃那は黙った。
束の間の沈黙が流れる中、王太子はじっと圭介を見つめている。
『わたしを捨てて、桜子を選ぶの?』
「おまえのしたことは許されないことだ。どんな形であれ、罪は償わなくちゃいけない。亡くなった人のためにも。
そんな罪を犯したおまえを助けるために、桜子を不幸にすることはどうしてもできない」
妃那が急に笑い出した。
甲高く、狂ったように聞こえてくる笑い声は、思い返してみても初めて聞くものだった。
『なんて素敵なの? ねえ、圭介、あなたはやっぱり素敵だわ。
この計画を考えた時、失敗する確率は0.1%以下と算出したのよ。
圭介がわたしを選ぶと信じて疑わなかったわ』
「初めてのデートより、確率が低いじゃないか」
『そうよ。だって、実際に失敗したんだもの。もっと精度を上げなくてはならないでしょう?
なのに、圭介は見事にわたしの計画を失敗させるのね。素敵すぎて笑ってしまうわ』
「それは謝った方がいいのか?」
妃那は笑いを収めてまた沈黙した。
『ねえ、圭介。わたしのしたことを全部知って、嫌いになった?』
「嫌いにはなれないよ。半分はおれの責任だし。
おまえにこんな計画立てさせて、実行までさせたのは、おれのせいだから。
もっと早く気づいて、おまえの気持ちに答えてやれば、こんなことにならなかったのにって後悔している」
『圭介、そんなふうに責任を感じているのなら、今からでも桜子と別れて、わたしを選んで。わたしの計画を完遂して。
そうしてくれたら、わたし、圭介をもっと喜ばせてあげられるわ』
「おまえの気持ちはうれしいよ。まだもう少し時間があるから、考え直してみることにする」
圭介はそう言って通話を切った。
「あの娘、狂人か? もっとも他国に争いの火種をまく時点で、すでに普通の人間ではないが」
王太子を見ると、あきれたような顔をしていた。
「妃那はただ愛を欲しがる子供です。おもちゃがほしくて、駄々をこねて、わめいて、なりふり構わない。善悪もわからない。人の気持ちにも疎い。
頭がいいだけに扱いは難しいけど、大人が正しく導けば、決して間違ったことはしない子です。
そういう大人が身近にいなかった、かわいそうな子なんです」
「そういう娘に同情して、桜子と別れる決心をしたのか?」
圭介は息をつきながら、小さくうなずいた。
正直、これが正しい選択なのか、自信はない。
それでも――。
「子供の責任は親にありますからね。まあ、おれは本当の親ではないけど、妃那の面倒をずっと見ていましたから」
「それで桜子が不幸になってもいいと?」
「あなたに任せます。どんな桜子であっても、幸せにするつもりなんでしょう?
そういう人がいるのなら、必ずしも桜子が不幸になると今決める必要はないですから。
妃那にはおれしかいないんです。
見殺しにするにはどうしても幼すぎる。そんな幼い子の未来は奪えない」
圭介は言って、ぐったりとソファに寄りかかった。
もうそろそろ時間だ。
覚悟を決めなくてはならない。
桜子を見て、別れを告げる覚悟を――。
たぶん一生見たくないと思っている顔をするだろう。
そんな桜子を見て、自分を保っていられるのだろうか。
非情にもノックの音が聞こえてくる。
「さあ、お迎えだ。行こうか」
圭介はうなずいてソファから立ち上がった。
次話、この続きの話になります。
王太子と一緒にパーティ会場に行った圭介は桜子と会うわけですが……。
よろしければ、続けてどうぞ!
 




