2話 取引の条件
本日(2023/01/13)、二話目になります。
前話からの続きの場面です。
「どうしても別れないというのか?」
王太子は考え込むようにしばらくの間黙っていたが、ややあって聞いてきたのは、それだった。
「ちゃんと聞いていました? 桜子があなたを好きになるのなら、あきらめると言いましたが」
「そんな桜子が僕を好きになることはないんだろう? つまり、君は別れないと言っているのと同じではないか」
「ちょっと違うんですけど。今のあなたでは無理ですが、あなたがこれから自分を磨いて、桜子と再び話をして、その時に気を変える可能性はゼロではないと言いたいんです」
王太子は乾いた笑いをもらした。
「これ以上、僕をどう磨けと? 王位継承者で、誰もが美しいというこの容姿、女性に声をかければ、皆ひざまずく。僕に不満など感じる方が間違っているだろう」
「……それはすごいと思いますけど。1番欲しい人が不満に思っているんだから、変えるしかないじゃないですか」
「君はどう変えるべきだと言うんだ?」
「おれにそれを聞くんですか?」と、圭介はあきれたため息が出ていた。
「『敵に塩を送る』というんだろう?」
「よく知っていますね……。では、一つだけ」
「言えるものならいくつでも言え」
圭介はお言葉に甘えて、ここまで王太子を見てきた印象を遠慮なく言わせてもらった。
「殿下、人の話を聞いていないでしょう。
あなたの耳に都合のいいところだけを聞いて、都合の悪いところは素通りさせる。理解しようとしない。
人の言葉は時として、耳に痛いことの方が大切だったりするんです。
あなたがきちんと桜子と話をしていたのなら、その話の中でいくらでもヒントはあったはず。
どういう人間が桜子にとって好ましいのか。
どうやったら桜子にとって好ましい人間になれるのか。
それを知らないということは、桜子が聞いてほしいことを聞いていないということになります。
そういう相手を尊重しない態度を取るような相手は、桜子も同じように尊重することはないでしょう。
それに、おれが今言っていることも、きっとあなたの耳には届いていないと思います。
自分の欠点をいくつもあげられるのは、精神的にやられます。
たった一つの欠点でさえ、そう簡単に克服できるものじゃない。
それを『いくつでも言え』というのは、いくつ言われても変える気がない。
そういう意味でしょう?」
「君は無礼だな」
言葉のわりに王太子の表情は涼しげだった。
(結局、聞いてねえし!)
「言えと言ったのはそちらです。でなければ、聞きもしない話を長々したりしません。
ですから、前置きはもういいです。そろそろ本題に入ってもらえますか?
おれに桜子をあきらめさせる何かを持っているんでしょう? あるいは条件」
王太子の目に初めて圭介に対する好奇の光が浮かんだ。
「察しが早くてうれしいよ」
そして、王太子はニヤリと笑った。
言葉で説得できない相手だというのは、最初からわかっていた。
それは相手も同じだったに違いない。
このままでは互いに平行線をたどり、ただただ消耗するだけだ。
この場は引き分けで終わらせることもできるが、王太子の用意してきたものが起爆剤としてうまく働けば、一気に逆転できる。
失敗すれば、全部失う。
諸刃の剣だとわかっていても、桜子の疲弊状態を見たら、早く解決するためのきっかけはほしくなる。
「で、それは何ですか?」
「神泉妃那。君のイトコだよね」
桜子に関わることだと思っていたので、妃那の名が出たことが意外だった。
「そうですけど。妃那が何か?」
「我が国の内戦は知っているだろう」
「もちろんです」
「内戦はもうじき終結する。議会派の金脈が尽きて、すでに消耗戦に入っている。まもなく王政派がすべてを制圧するだろう。
その議会派に資金提供し、決起を持ちかけたのが神泉妃那だ」
圭介はぶるりと全身に鳥肌が立った。
「それは確かな証拠があって言っているんですか?」
「当然だ。議会派への金の流れは、もう調べがついている。内戦終結後は軍事裁判が開かれ、審議も行われる。
議会派の人間はもちろん、首謀者にも出頭してもらう」
「まさか……妃那は処刑されるんですか?」
「刑罰は裁判次第だが、年齢を考慮しても、終身刑は免れないだろう」
「それで、おれが桜子に別れを言ったら、妃那はどうなるんですか?」
「この情報は闇に葬ってやる。そもそも過激な議会派は一掃したいところだった。
外国人の首謀者がいたところで、王政派にとってその後の脅威になるものではない。
つまり、我々としてはその娘が死のうが生きようが、どうでもいいということ。君の返事次第というわけだ」
圭介は自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。
唇が震え、恐怖に身体が震える。
そんな顔を見せるのは悔しくて、顔を覆ってうつむいた。
妃那のやったことは、間違いなく罪だ。
藍田音弥が神泉家を訪れた夜、源蔵と智之にもたらされたのは、この情報だったのだろう。
このことが表に出ないように、彼らがなんらかの取引をしたことは簡単に想像がつく。
しかし、それはもともと隠し通せる情報だったのか。
(妃那、なんてことをしたんだ……)
たかが圭介と桜子を別れさせるために、妃那は自分の命まで危険にさらした。
彼女の命までつきつけられたら、圭介は桜子と別れる選択しか取れない。
妃那の無事は確保され、桜子は王太子と結婚。
妃那の望み通り、圭介は妃那のものになる。
それを全部計算してやってのけたのかと思うと末恐ろしい。
それとも、命をかけても圭介をほしいと思ったのだろうか。
きっとそうだと思って、圭介は泣きそうになった。
もともと妃那は圭介がいたから生きていると言っていた。
自分の命に執着していなかった。
だから、自分の命を秤にかけたのだ。
圭介が妃那を選ぶなら、これからも生きる。
そうでないのなら、死んでもいいと。
すべての選択を圭介にゆだねた妃那をずるいと思った。
せめてこの王太子に桜子が惹かれる何かがあったのならまだ救いなのに、桜子が不幸の道をたどることしか予想できない。
誰よりも幸せであってほしい桜子が不幸になるとわかっていて、この王太子に渡すのも圭介だ。
「……考える時間をもらえませんか?」
「残念だが、ここで決めてもらおう。パーティが始まるのは6時。桜子も来る。
別れるのならその場がいいだろう」
圭介は自分の腕時計を見た。
今は4時半。
あと1時間半で決断しなければならない。
次回もまだまだこの場面が続きます。
圭介の出す結論は?
二話同時アップ、お楽しみに!
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