1話 王太子に呼び出された
本日(2023/01/13)は、二話投稿します。
第5章パート2、【計画編】スタートです!
圭介視点です。
放課後、圭介はトボトボと一人、青蘭学園から伸びる坂道を下っていた。
「今日は彬と約束しているから、圭介は電車で帰ってね。電車通学、好きでしょう?」と、妃那は彬を迎えに行ってしまった。
(おれが電車で帰りたいのは、桜子がいるからなんだけど……)
昨日の今日でまた会っている二人の関係は、いったいどうなっているのかと思ってしまう。
(なんか、淋しいなあ……。娘を嫁に出した父親ってこんな気分?)
親離れしてくれてうれしいのが半分、淋しいのが半分。
やはり複雑な気分だった。
今日は桜子の家に王太子が滞在していると、また寝耳に水なことを聞かされるし、さんざんな一日だ。
(桜子、あんまりストレスためてなきゃいいけど……)
一つ屋根の下に住みながら、迫ってくる人間を撃退し続けるのはかなり大変だ。
それは圭介が身をもって知っている。
男でもそんな状態なのに、女だったら、あっという間にやられてしまう。
(疲れ切って、『もういいや』なんて思いませんように……)
黒い車が追い越していったと思ったら、圭介の歩く少し先でピタリと止まった。
助手席のドアが開いて、中から黒スーツにサングラスの男が出てくる。
「神泉圭介様ですか?」
「そうですけど……」
圭介は警戒しながら答えた。
「セレン殿下がお話したいとおっしゃっています。我々に同行していただけますか?」
車のナンバーをちらりと見ると、外務省のものだとすぐにわかる。
王太子が呼んでいるのは間違いないらしい。
「話って何ですか?」
「個人的なお話かと思います」
(……て、聞くまでもなく、桜子のことだよな)
そもそもそれ以外で、王太子が圭介に話があるわけない。
「わかりました。行きます」
車の後部座席に乗せられ、てっきり滞在している藍田家に行くのかと思いきや、都心に入って高級ホテルのエントランスで止まった。
「ここにいるんですか?」
「本日、パーティがありますので、殿下はすでにお部屋の方にいらしています」
(もしかして、桜子も来るのかな)
そんなことを考えながら、圭介は黒スーツの男に案内されて、エレベーターで最上階まで上った。
降りてみれば、ドアが一つしかない。
その前にはSPと思われる男が、何人もウロウロしている。
(もしかして、これが俗にいうペントハウスって奴か? 1泊何十万とかする)
そのまま豪華極まりない部屋に通されて、圭介は思わずキョロキョロ見回してしまった。
洋風な神泉家、和風な藍田家と違って、モダンな家具が並んでいる。
そんな部屋の中、王太子はすでに制服から白い民族衣装に着替え、窓際に立っていた。
いかにも絵になる姿で、まるで写真でも見ているような気分になる。
「わざわざ来てもらって悪かったね」
「いえ。話があるとか」
「座って」と、ソファに示され、圭介はそこに座った。
向かいに座る王太子の顔は、間近で見ても彫像のように美しく整っている。
(……なんか、芸術品みたいな人だな)
うっかり見とれてしまってもおかしくないが、これから始まるのは単なる茶話でない。
圭介は覚悟を決めて顔を引き締めた。
「単刀直入に言うと、君には桜子をあきらめてもらいたい」と、王太子は切り出した。
どうやらムダに世間話すらする気はないらしい。
「そう簡単に『はい』とは言わないって、わかっていますよね?」
「どうも桜子は僕に心を開いてくれない。君のことに固執してしまって、少しも僕を見ようとしてくれない。
君の方から別れてもらえれば、桜子もあきらめざるを得ないだろう?」
「理論的には正しいですけど、おれと桜子が別れたからって、桜子があなたを好きになるかどうかは別問題だと思いますけど」
「祖国から離れた遠い異国で、家族とも離れ、恋人からも捨てられた桜子はたった一人になる。僕が寄り添って、淋しさを埋めていけば、僕だけを愛してくれるようになる」
「すべてを失った抜け殻のようなあいつが欲しいんですか?」
「そこへ新しい愛と幸せを与えるのは僕だ。必ず幸せにする」
(……桜子が言ってた『頭がおかしい』っていうのは、こういうことなのか?)
「ええと、おれからすると、それはもう桜子じゃないんですけど。そんな桜子に出会っても、おれは好きになったりしないですよ。
あなたはそんな桜子のどこが好きなんですか?」
「僕の気に入ってるのはあの目だよ。女王の目。君も知っているだろう?
あの目に見つめられると逆らえなくなってしまう。ひざまずいてしまう。あんな目をした女性とは、なかなか出会うことはできない。ただ恋しくて恋しくて自分だけを見つめてほしくなる」
(……この人、マゾなのか? ていうか、女王の目って何?)
「……おれにはわからないんですけど」
圭介がボソリとつぶやくと、王太子はどこかバカにしたように笑った。
「そうだな。君のような出自の者には縁のないものだ。国や大企業を牛耳るトップ階級の女性に特有のもの。人を支配することのできる女という意味だよ。その辺りに転がっているものではないからね」
「はあ……」
圭介はいまいちピンとこなくて、気の抜けた返事をしてしまった。
「やはり君のような凡庸な男に、桜子はもったいない。
桜子はきっとカン違いしているのだな。勝手に美化して、自分の理想の男として頭の中で想像しているだけなのかもしれない」
王太子はようやく納得がいったというように満足げな顔をする。
「ああ、それは同意します。桜子と付き合えるなんて、おれからしたら奇跡ですから。
まあ、最近はカン違いでもなんでもよくなりましたけど。桜子の気持ちを信じて、ただ受け入れていれば、幸せだって気づいたんで」
「そんな奇跡が起こって、わずかなりにも桜子と付き合えたわけだ。いい思いができたのだから、君の人生がここで終わっても悔いはないだろう?」
「おれを殺す気ですか?」
「まさか」と、王太子はあきれたように肩をすくめる。
「桜子が君の人生のすべてなら、彼女を失った時点で、終わりということだろう。後の人生、桜子との思い出に浸って生きていっても、おつりが来るんじゃないか?」
「そうかもしれません。もしも桜子がおれ以外の誰かを好きになって、そいつと一緒にいた方が幸せだと判断するなら、おれはそれでも仕方ないと思っています。それこそ、おれは死ぬまで桜子を忘れずに生きていくだけです。
でも、その相手はあなたではないと断言します」
「失敬な」
王太子のきれいな眉が不機嫌そうに寄るのが見えた。
「少なくともあなたにはチャンスがあったはず。桜子と話をして、互いに理解する時間があったはずです。
でも、桜子はあなたに惹かれたりしなかった」
「それは君が存在しているせいだろう?」
「いいえ。桜子があなたと一緒にいて居心地いいと感じられたなら、少なくとももっと自然な表情を浮かべている。恋でなくても、友達としてでも、好意は持つはずです。あんなに疲れた顔はしない。
一生懸命気を使って、ストレスためて、笑顔を必死で貼り付けて……。
もしかして、あなたが今のように桜子を追い詰めていけば、いつかあなたのものになるかもしれない。あなたは抜け殻でもいいと言っていた。そんな桜子でも愛すると言っていた。おれにはできない芸当です。
おれが好きな桜子は笑ったり泣いたり怒ったり、いつも忙しい奴なんです。そういう感情を作り出すのは、彼女を取り巻く家族だったり、友達だったり、将来の夢だったり、彼女にとってかけがえのないすべてのものなんです。
どれか欠けてもおれの好きな桜子ではなくなってしまうから、おれは全部守りたい。守れる男になりたい。要は、おれはあなたよりずっと欲張りで、ワガママなんです」
王太子は苛立った様子で圭介をにらんでくる。
――が、考えることがあるのか、すぐに反論はしてこない。
この程度で納得してくれるような相手だったら、桜子も手こずったりしていない。
だから、圭介は相手の出方を待っていた。
圭介と王太子の直接対決。
次話もこの場面が続きます。
お時間ありましたら、続けてどうぞ!




