17話 いろいろ説明するのが難しい
圭介視点です。
週明け――。
月曜日の登校時、妃那の機嫌は最高潮に悪かった。
その左頬がかすかに赤くなっている。
そして、『お父様のバカ』を連発中。
圭介は触らぬ神にたたりなしよろしく黙っていたのだが、そうもいかないのかと思い始めていた。
昨夜、圭介の寝るころになっても妃那は帰って来なかった。
朝も早くから出かけていったので、彬と一緒にいることは簡単に想像がつく。
念のため、戻ってきていた運転手に聞いてみると、その通りだった。
――が、その夜、何の因果か、父親である智之がめずらしく様子を見に妃那の部屋を訪問。
10時過ぎてもまだ帰ってきていないということが発覚して、大騒ぎになってしまった。
スマホは電源が落ちているのかつながらないし、運転手も行先を口止めされているので、死んでも口を割らない。
圭介もコッソリ彬の方に連絡してみたが、こっちも留守電。
さすがの圭介もこんな時間まで二人で一緒にいるのかだんだん不安になってきて、部屋の中をウロウロとしてしまった。
そして、12時過ぎても戻ってこないようなら誘拐かもしれないと警察に連絡をすることになった。
が、その直後、妃那から運転手の方に迎えの連絡があって、彼は出かけて行った。
戻ってきた妃那は普通に元気で、智之や圭介が出迎えに玄関まで出てきても、キョトンとするだけだ。
「ただいま。何かあったのかしら?」
そう言った妃那に智之が無言で頬を張った。
「お父様、いきなり何をするの!?」
「こんな時間まで何をしていたんだ!? 連絡の一つもよこさず、心配するじゃないか!」
「何って――」と、妃那が言おうとするので、圭介は人差し指を自分の口に当てて黙らせた。
「何かあったんじゃないかと心配で……!」
智之はクマのような大きな身体を震わせ、それから妃那を抱きしめた。
「よかった、無事で……」
妃那はわけがわからないといったように突っ立っていたが、顔が痛いのか頬を押さえてぷうっとふくれている。
「妃那、今は余計なことは言うな!」
圭介がコソッと言うと、妃那はじいっと圭介をにらんでから、ふくれた頬を戻した。
以来、朝になっても妃那は機嫌が悪い。
「最近突然やさしくしたり、怒ったり、お父様のしていることの意味が全然わからないわ! この『知る者』であるわたしを叩くなんて、お父様でも許されないわ!」
「妃那……悪いのは全面的におまえだ」
圭介がため息をつきながら言うと、妃那はキッとにらんできた。
「叩かれたのはわたしよ! どうしてわたしが悪いの!?」
「まあ、うちは門限みたいなのはないけど、夕食がいらない時とか、遅くなる時は家に連絡するものなんだ。
特におまえみたいな若い女の子が夜にフラフラしていると危険だし、連絡がなければ何かあったんじゃないかって親は心配する」
「ホテルの部屋にずっといるのに危険なはずないでしょう。移動はすべて車なのだし」
「だから、それはおまえがきちんと安全を確保していて、危険ではないと判断しているだけであって、伯父さんやおれからしたら、わからないことだろ?
おれだって、もしかしたら二人でホテルを出て、何かの事件に巻き込まれたんじゃないかって思って心配したよ」
「圭介も? わたしのことをわかっているのに」
「万が一ってこともあるだろ? そのための連絡なんだ。遅くなるなら何時ごろになるとか一本電話する。
予定していた時間になっても帰って来なかったら、何かあったってすぐにわかるだろ?
昨夜だって、あれより少しでも遅くなっていたら、警察を呼ぶところだったんだ」
「わかったわ。でも、やっぱりわからないわ。どうしてお父様は怒るの? 心配していたのではないの?」
「ああ、うん、その辺りはおれも上手に説明できないんだけど――」
「圭介でもわからないのなら、お父様はどこかおかしいのね」
「そうじゃなくって……」と、圭介は脱力してしまう。
「すっごい心配して、心配して、おまえが無事に帰ってきたことにほっとしたんだけど、おまえがあまりに状況がわかっていないから、腹が立ったって感じかなぁ」
「叩いた後に抱きしめるのは、なんだか変だわ。……ああ、わかったわ。イヤなことをしても、嫌われないように喜ぶことをしてあげるのね」
「なんだ、それは?」
「最近、教えてもらったのよ。もしも嫌われるようなことをしても、後でいっぱい喜ぶようなことをしたら、嫌われずにすむって」
妃那はどこか誇らしげに説明する。
「……そうかもしれないけど、この場合は違うぞ」
「違うの?」と、妃那は眉根を寄せる。
「人間の感情は複雑だから、いろんな思いが同時に起こることもあるんだよ。うれしいのに悲しいとか、泣きたいのに笑ってしまうとか。
昨夜の伯父さんの中にはおまえが無事で安心して抱きしめてやりたい気持ちと、心配させたことを怒りたい気持ちが同時にあったんだと思うよ」
「そんなのわたしには難しいわ」
「今はそうかもしれないな。これからいろんな人と接していく中で、おまえ自身がそういう感情を味わうことを経験して、初めてわかることなんじゃないかな」
「わかったわ。では、これからは夕食に間に合わない時は、ホテルにいるから心配するなと連絡すれば、お父様は怒ったりしないのね」
「ええと、それは、どうかなぁ……」
「圭介がそう言ったのよ? 心配しなければ、怒ったりもしないのでしょう?」
「いや、まあ、そうなんだけど、そのホテルってのがマズいかなと……」
「どうして?」
「おれも子供いるわけじゃないから確かなことはわからないんだけど、親ってのは子供がそういうことをするのに神経質だと思う。
おれも桜子を家に連れ込んで、何もなかったけど、母ちゃんに怒られたことあるし。桜子の家に行った時も親がいきなり帰ってきて、見つかったら殴られるところだったし。
女の子の親は特に気を遣うんじゃないかな」
「なんだかよくわからないけれど、ホテルに行っていることは言わない方がいいのね」
「それはまあ、相手がおまえの恋人で親に紹介したりして、公認の仲になれば別の話だけどな」
「それはわかったわ。圭介とは公認の仲だから、わたしたちがホテルに行ったと聞くと、逆に喜ぶという意味でしょう?」
「うーん、直接的にはどうかわからないけど、仲良くしていることは喜ぶんじゃないかな」
「けれど、彬とは恋人同士ではないから、親に認めてもらう仲ではない。だから、彬と性的関係があることを知ったらお父様は怒るのね。恋人とセックスフレンド――いわゆるセフレの違いがわかったわ」
「それだけじゃないと思うけど……」
説明が難しいな、と圭介は首を傾げてしまった。
次話、【説得編】の最終話になります。
こちらもお説教をされた後の彬で……。
 




